自警団の倉庫は、街の中で二番目か、三番目に大きな建物である。
 王都から派遣された騎士の絶対数が少ない点を考慮して、街の警護の大半を担っている彼らが屯するのだから、敷地が広いのは当然かもしれない。一応自警団が使用する場所ではあるが、申請さえすれば多少なりの使用許可は得られる。
 そんな、芝生を一面に広げ、練習用の木人形を幾つか並べただけの簡素な訓練場に、アンジェラとクラーク達勇者パーティは向かい合っていた。ウォンディは使用申請をしただけに留まったのか、この場にはついて来ていないようだった。
 アンジェラに見せつけるように銀髪を整えるクラークと、冷たい目で彼を見つめるマリィの関係は変わっていない。一方でアンジェラは、限りなく無関心な態度だ。

「それじゃ早速、始めよっか。ルールは……」

 早々に終わらせたい様子で両手を叩いたアンジェラの言葉を遮り、クラークが言った。

「分かってるって。俺達のうち、誰か一人でもアンジーに攻撃を当てられれば、事件調査の補佐として認めてくれるんだろ? ついでに賞賛のキスでも頂けると嬉しいぜ」
「クラーク、貴方……」

 これまでどれほど甘い顔と言葉で女性を落としてきたかは知らないが、クラークのウインクにアンジェラはさして反応を示さなかった。凄まじい表情で彼を非難するマリィでなくとも、クラークが彼女に一目惚れしているのは明らかだった。
 今更彼女面をするマリィもマリィだが、彼女の視線などちっとも彼は見ていない。

「あー、はいはい。分かってるなら、いつでもかかって来てくれていいわよ」

 あからさまにいいところを見せたい彼に、アンジェラは両手を開いて彼らを受け入れる姿勢を取った。剣すら抜かない彼女だが、勇者パーティは遠慮なく最大限の攻撃を行う。

「オッケー、それじゃあ俺達のフォーメーションを見せてやれ!」
「じゃあ遠慮なく! ジャスミン、いつものでいくよ!」
「りょーかいっ! マリィは援護して、パトリスは彼女を守ったげてねっ!」

 前衛を担当するサラとジャスミンが、拳と一対の剣を構えて一気に駆けだした。今のようにあまり離れていない位置であれば、人数が多い二人の方が有利である。
 しかも、アンジェラの視界になるべく入らないように、左右から攻撃を仕掛けたのだ。ジャスミンの赤紫の髪すら目に入らないのだから、斬撃や拳撃は目に入らないだろう。
 これだけでも十分な速度と威力を持つが、勇者の戦術はそこに保険をかける。

「は、はい……!」

 二人の指示通り、パトリスは背負っていた盾を勢いよく地面に突き刺し、マリィの正面を防護した。ゴブリンに襲われていた時と違い、彼女の防壁は今や強靭に成長した。腕力も一層強くなり、魔物の突進にも耐えうる才覚を目覚めさせた。

「分かったわ、『風障壁』(ウィンド・ウォール)!」

加えてマリィは杖を振り、呪文を詠唱して魔法を繰り出す。マリィの役職である魔法使いは、大気中のエネルギーを変換し、自然現象に近い事象を発生させられる。
 彼女が起こしたのは、文字通り強烈な風を巻き起こし、アンジェラの視界を遮る魔法だ。魔力で構成された風は騎士の目を晦まし、前衛の攻撃を見せなくする。これで対応を遅らせれば、風が解けた時には反撃する間もなく殴られ、切り刻まれているのだ。
 これが勇者パーティの必勝手段。仮に魔法が効かずとも、別方向から繰り出すサラの連撃と、ジャスミンの斬撃は並の冒険者では避けられない。

(同時攻撃に加えて、目晦ましの黄金パターン! こりゃ、俺が出るまでもねえな――)

 マリィ達の後ろで腕を組むクラークは、勝利を確信した。
 放たれた風魔法が解かれた時には、既に前衛の攻撃がアンジェラ目掛けて振り下ろされていた。自分の出番がないのが些か残念だと、内心クラークは思っていた。

「――えっ?」

 だが、果たして、彼の予想通りとはならなかった。
 フォン達と出会って何度目になるか分からないが、クラークは己の目を疑った。
 なんとサラの拳とジャスミンの二振りの剣、どちらもがアンジェラによって防がれていたのだ。しかも彼女は盾も剣も使わず、掌だけで完全に受け止めていた。
 剣は中指と人差し指、薬指の間で掴まれ、拳は掌に包まれている。どちらも万力のようなとんでもない力で締め付けられ、動かそうとしてもちっとも動かないのに焦るサラとジャスミンを前にして、アンジェラは汗一つ流さず、面倒くさそうにため息を漏らす。

「魔法で視界を遮って攻撃。戦術と呼ぶにはワンパターン過ぎないかしら?」

 勇者パーティきってのアタッカー二人に対しての評価と興味は、アンジェラの中から完全に消え失せていた。そうなると、彼女の次の行動は決まっていた。

「なんで、私の剣が素手で!?」
「ぬ、抜けない!? 拳が掴まれて、え、うわああぁッ!?」

 アンジェラは大振りに体を捻ると、ぐるぐると二人を振り回す。動けず、しかし風車のように動かされる彼女達を待つのは、ただ一つ。

「んごぼッ!?」
「ぎゃびッ!?」

 彼女は加速した二つの物体を、思い切り地面に叩きつけた。
 サラとジャスミンは等しく地面に頭を叩きつけられ、一瞬で意識を奪われた。