「初めまして、アンジー。俺はクラーク、このパーティのリーダーを務めている勇者だ。おっと、先ずはあいさつの握手だな」

 クラークはまだ会って間もないはずの相手を気さくな調子で呼び、笑顔で握手を求めかけた。反面、アンジェラはどうにも乗り気でない様子で、握手に応じた。

「はあ……」

 掴んだ掌はねっとりとしていて、男性特有の性的願望が混ざっているように思えた。
 薔薇が枯れたような表情を隠し切れず、嫌悪感からアンジェラはさっと手を離した。ちょっとがっかりした顔の勇者の後ろにいる面々が、次いで挨拶する。

「私はマリィ。魔法使いとして、皆のサポートと魔法攻撃を担当しています」
「サラだ。目の前の障害を全部ぶっ潰す武闘家だ、よろしくな」

 栗毛の少女と筋肉質な赤髪の女性。いずれもそれぞれの役職に熟達しており、且つ腹に一物抱えているのを、アンジェラは見逃さなかった。サラは傲慢で、マリィは冷酷だと。

「ジャスミンだよ! 二刀流のギルディア最強剣士ってのは私のこと!」
「あの……パトリスと申します。パーティの中では防御役を担っていて……」

 赤紫のツインテールとブロンドのナイスバディ。肉体的特徴でしかアンジェラが彼女達を認識しないのは、興味を抱いていない心境の表れだ。剣士が二刀流だとか、彼らの持つ武器がいずれも高級品だとか一同は話しているが、まるで関心を持たない。
 首筋を掻きながら明後日の方向を見つめる彼女の顔色などまるで気づいていないのか、ウォンディは素敵な家具を紹介するかのような顔で、揉み手しつつ話し出す。

「彼ら勇者パーティが、この街で貴女の補佐を務めます。安心してください、これまでの依頼成功率は非常に高いですよ」

 組合長は彼らの失態を知らないのか、それとも金を積まれて黙っているのか。どちらにしても、アンジェラにとってはどうでもいいのだが、クラークは一向に気付かない。

「自分で言うものじゃないかもだが、俺達は勇者パーティって名が通ってるだけあって、実績は確かなもんだ。つい最近もワイバーンを討伐したし、個人の実力だって組合長のお眼鏡にかなうほどだぜ?」
「ふーん」

 それでも、アンジェラがてきとうに相槌を打っただけでも嬉しかったのか、クラークは前のめりになって、一層余計な話に熱を込める。

「ああ、あと付け加えておくとだな、さっき注目してたフォンだが、ありゃあやめといた方が良いぜ。あんな陰気な奴、使い物になりゃしねえよ」

 フォンの悪口だ。

「そうそう、あいつって元々私達のパーティの雑用係だったしね!」
「兄ちゃんのお情けでずっと居させてもらったくらいの奴だし、あんなのが補佐とか無理無理! きゃははは!」

 サラとジャスミンが同感し、マリィとパトリスも否定しない。組合長であるはずのウォンディですら、彼らの発言が絶対的に正しいのだと言いたげな態度を取っている。
彼の実力を知っていれば決して出てくるような発言ではないのだが、クラーク達としては敵と定めた彼をとにかく貶めたいのか、散々な言いようである。

「……勇者はそうじゃないって、つまりそういうこと?」

 ただ、この悪口は唯一、アンジェラの気を引いたようだ。
悪い意味で関心を向けられているなど微塵も気づかないクラークも、自分達の実力を認めてもらえたと勘違いしたのか、にやつきながら彼女に顔を寄せる。

「おう、勿論だ。あんたがときめくくらいの活躍は保証するぜ」

 恋人のマリィが顔を顰めるのも構わず口説こうとする勇者に、アンジェラは提案した。

「じゃあ、試してみる? 貴方達が私の協力者に相応しいかどうか?」
「と、いうと?」

 両手の奇妙な盾と剣を揺らしながら、アンジェラはあくどい笑みを浮かべる。

「自警団の訓練場を貸し切って、私とパーティ全員で模擬戦をするの。私に一撃でも与えられたら、その時は実力を認めてあげるわ」

 つまり、五対一で勝負して自分を認めさせてみろと、彼女は言っているのだ。
 彼女の能力を知っているウォンディは顔から汗を噴き出すが、クラーク達は動揺していない。寧ろ、そんな簡単な条件であれば喜んで乗ってやると言いたげな顔すらしている。
 勇者クラークは唇に手を当て、今まで何人もの女性を蕩けさせてきた瞳でアンジェラを見つめる。どうやら彼は、この女騎士に惚れ込んでしまったようだ。

「……そういうことなら、歓迎するぜ。惚れてしまっても知らねえぞ?」
「クラーク?」

 隣に恋人であるマリィがいて、彼女がじとりと睨んでいることなど、まるで察しない。
 尤も、気分が上がっているのは、クラークだけではない。ジャスミンやサラは当然、パトリスですら、自分達の名誉回復のチャンスが回ってきたと高揚しているようだ。
 そんな一行の慢心から、既に本心を見切った様子のアンジェラは、組合長に言った。

「さて、どうかしら。ハゲ、訓練場を借りる旨を自警団に伝えてきてくれない?」
「だからハゲじゃ……分かりました、こちらから許可を貰ってきます」

 こうして、案内所から少し離れた自警団の訓練場を借りて、人数で見ればアンジェラに圧倒的に不利である模擬戦を行う旨で双方は了承した。
 あまりにもアンフェアな勝負だと、勇者達はまるで気づかなかった。