幸い、辺りには腰を据えるのに程よい大きさの倒木があった。そこに二人は座り、フォンは適当な囲いを作ると、下したリュックの中から筒のようなものを取り出した。
 クロエからすると何をしているのかさっぱりだったが、彼が何度か筒を上下に動かしたり、振ったりしていると、あっという間に火が付いた。周囲の折れた木や枝を使い、そこにはたちまち、焚火が出来上がった。

「うわ、火をつけるの早くない!? 魔法じゃないよね!?」
「打竹って言って、簡単に火を起こせる忍者のアイテムだよ。さっき倒した蛇をこうして串に刺して、たれを塗って焼けば……」

 話しながら、フォンは蛇の頭を切り、裁き、串を刺して焼いていく。焦げ茶色のたれのいい香りが鼻腔をくすぐり、クロエがそわそわし始めた頃、フォンは火から串を離した。

「……出来た。はい、どうぞ」

「ありがと、いただきます」

 串を手渡されたクロエは、蛇にかぶりついた。普段なら万屋で売っている不味い携行食料を流し込むように食べるので、食事にこだわらないし、そう期待もしなかったのだが、今日ばかりは違った。

「うっまーっ! 何これ、たれが超美味い!」

 クロエの頬が膨れ上がり、目が輝いた。
 山林や荒れ地での探索で、これだけ美味しいものを食べた記憶がない。皮の端、たれの一滴まで勿体ないと言わんばかりに、クロエはガツガツと蛇を食べてゆく。

「『カバヤキ』って、師匠の得意料理だよ。本当はもっと、蒸したり、炭で焼いたり、魚介類で作ったりするらしいんだけど、今回は即席で、蛇のカバヤキってことで」

 実のところ、彼が言う料理はもっと違う作り方なのだ。見た目だけで判断して、それっぽい味付けをして――見よう見まねでやってみたが案外食べられた、というだけである。つまり、これは『カバヤキ』ではなく、『蛇を焼いてたれを塗ったもの』になる。
 なので本物は、もっと美味しいのだ。フォンもそれを知っているし、どうすれば美味しくできるだろうかと、死した師匠は何をしていただろうかと、今も考えていた。

「いやいや、これでも十分美味しい……フォン、食べないの?」

 穀物にありつく齧歯類のようにカバヤキを食べるクロエだったが、フォンの手元に同じものがないのに気付いた。彼はと言うと、三つ目の小物入れから取り出した、土色の、爪くらいの大きさの、何かをこねたような団子を口に含み、言った。

「僕はこれで十分。そんなに量があるわけでもないし、クロエが全部食べて」

 ぱちぱちと焚火が揺らめく中、クロエは思った。
 彼はきっと、遠慮しているわけではない。生まれてからずっと、今に至るまで、これが常識だと刷り込まれてきたのだ。自分は影同然の人間で、人に仕えなければ価値がなく、同じ飯にありつくことすら烏滸がましい存在なのだと。
 フォンはそう信じ込んだから、勇者達に必死に貢献し、彼らのお膳立てに尽くした。その結果が、無下に捨てられたというのだから、彼の心境たるや、想像に難くない。
 ここでもし、クロエがカバヤキを食え、と言えば彼は命令通り食べるだろう。ただ、それはあくまで命令であり、決してフォンの中ではフェアな概念とはならない。
 ちょっと世話の焼ける弟の面倒を見るように、カバヤキを突き出し、クロエは言った。

「じゃあ、言い方を変えよっか。あたしが、フォンと一緒に食べたいの。これでいい?」

 彼女のはにかんだ笑顔と、言葉の意図が伝わらないほど、彼も鈍感ではなかった。

「……ありがとう、クロエ」

 カバヤキを受け取った彼は、一口齧って、それをクロエに返した。不味くはないのだろうが、きっとフォンにとっては、これが最大限の譲歩なのだ。
 再度それを受け取って、クロエがフォンに――利用してやろうと思っていたとはとても言えないが――彼と自分の関係性について、口を開いた。

「そんなに気を張らないでよ、主従なんてガラじゃないし、ね?」
「……うん。ごめん、どうしても、誰かに仕えるんだって気持ちが……」
「無理に直せってわけじゃないよ。ただ、あたしといる時くらい、羽を伸ばしたっていいんじゃないかな。ここまでしてもらっちゃ、あたしが遠慮しちゃうよ」

 クロエにとっても、誰かと食事をとるのは新鮮だった。
 基本的に自分以外の相手は、自分の足を引っ張るか、自分の敵として思っていなかったクロエ。そんな彼女にとって、従順すぎるフォンの存在は、どう受け止めてよいものか、難しくもあった。
 だからこそ、今はとりあえず、ちょっとずつで良いのだとも思った。
 陽がすっかり沈んでいた。獣の雰囲気は感じ取れるが、火のおかげで寄ってこない。カバヤキをちょっとずつ齧り合いながら、二人は他愛もない話で、距離を縮め合う。

「それより、さっきの球は?」
「ん? あれは兵糧丸って言って、携帯食だよ。栄養補給に最適だけど、食べる?」

 僅かに深まった仲を示すように、フォンが掌に乗せたそれを、クロエが掴み、一口。

「…………にっがぁ……」

 薬草を思い切り噛んだ時よりずっと、もっと渋い顔をするクロエを見て、フォンは思わず笑った。
 笑ったな、とクロエは小突いてやろうかと思ったが、笑うことすら御されていたのではないかと思うと、今は彼の感情を優先したい気分になった。
 カバヤキがなくなり、灯が点る間、二人の話は続いた。