さて、ここは朝日が照らしだすギルディアの街。
 人が行きかい始め、冒険者達が東西の門から目的地に向かい出す時間帯。冒険者の総合案内所も人で賑わい、依頼を提出する者と受ける者がごたごたと入ってくる。

「――行方不明者?」

 そんな案内所の円形テーブルを囲むフォン達はとある話題に花を咲かせていた。
 鈍色のパーカーとカーゴパンツ、黒い口元のバンダナ、茶色のショートヘアが特徴の少年はフォン。忍者として様々な依頼をこなし、悪を討つ者。
彼の向かい側に座り、パンケーキを頬張りながら話しているのは弓矢使いのクロエ。金髪をパイナップルのように纏めた彼女は、フォンのパーティ仲間でありながら姉のような存在でもあり、こうして彼に色んな話をするのだ。

「そ。最近ギルディアで起きてる拉致事件なんだけど、どこかで聞いたりしてない?」
「うん、僕はさっぱり。近頃はカレンの修行と依頼で手いっぱいだったからね」

 彼がこの事件を知らないのは、世間と自分を隔離する彼の過去も理由だが、今は自分の出来を鍛え上げるのに余念がないからだろう。

「……し、ししょお……拙者、いつまでこれを支えていれば……」

 フォンの左隣に座っているのは、ぶかぶかのコートを羽織った青髪の少女、カレン。
 元は魔物だった彼女は人間に化ける力を得て、紆余曲折を経た末にフォンに師事し、忍者となる道を選んだのだ。尤も、豊満なバストが揺れることすら許されない、頭頂部に熱湯を注いだコップを支える修行の真っただ中で現在絶賛後悔中である。
 彼女が動かないよう後ろで直立不動の姿勢を取っているのは、フォンと決着をつけるべくついて回る戦士、サーシャ。腕を組む彼女もまた、フォンとの殺し合いを望んでいるが、今はこのパーティの居心地が良いらしい。
 元は敵であった二人に悪戯っぽく微笑み、フォンは言った。

「もう少し頑張ろうね。サーシャ、落としたらお尻に一発、キツイのをよろしく」
「分かった。サーシャ、見張る」
「き、厳しいでござるぅ……」
「こんなのはまだ序の口だよ。それで、クロエ、誘拐事件ってどんな内容なの?」

 どうにかバランスを保つカレンから視線を外し、フォンが聞くと、クロエが答えた。

「……ギルディアの周りの森林や洞窟、使われなくなった村落で、冒険者の痕跡がこれまでに何度も見つかってるんだ。どう見ても魔物の仕業じゃないやり方でね」

 冒険者の消失、失踪はそう珍しい話ではない。魔物や犯罪者を追う仕事も請け負う彼らが、返り討ちに遭って姿を消す事例は、枚挙にいとまがない。
 なのに、行方不明、事件と言い切った点にフォンは疑問を抱いた。

「なんで魔物の仕業じゃないと?」
「現場にはいつも、獣の内臓と血で描かれた魔法陣が残されてるの。冒険者の所持品と一緒にね。訳の分からない文字がびっしり書かれた円の真ん中に……その荷物も滅茶苦茶に切り刻まれて、怨恨だって線でも捜査されてるらしいよ」
「どうして失踪じゃなく、拉致だと分かったんだい?」
「一人だけ、どうにか逃げ延びた冒険者がいたの。その男が冒険者組合に報告して、近頃街に戻ってきてない冒険者を探索したら、同じような形で見つかったってわけ。それに魔法陣の傍には、いつもこんなメッセージが残されてるんだって……」

 すっと顔を近づけて、怖がらせるかの如く、クロエが囁いた。

「『シャドウ・タイガー』が蘇る、勇敢にして自由な者の血がまだ足りない、って」

 一瞬、カレンの体がびくりと震えたが、水を零さないようにすぐさま姿勢を整えた。クロエはフォンから顔を離すと、椅子にもたれかかりながら、思い出すように話した。

「『シャドウ・タイガー』なら、あたしも知ってるよ。二十年くらい前に国中に現れて、夜ごと人を斬りまくった剣士だってさ。ただ、実際に捕まったわけでも、目撃者がいたわけでもないから、存在自体が怪しまれてる御伽噺みたいなものかな」

 シャドウ・タイガーとは所謂、伝説上、架空の存在に近い人物らしい。
 クロエのまた聞き話に過ぎないが、なるほど、そこまでに強い人間であれば狂信者が生まれ、復活を望む者が徒党を組んでもおかしくはないだろう。

「噂だと百人も人を斬るほどの狂人だから、国も存在を隠してるし、狂信者もいるんだって。今回の主犯は、その剣士を奉るカルト集団じゃないかって……フォン?」

 話を聞きながら、唇に親指を当てて考え込むフォンの姿に気付いたクロエは、一旦事件の詳細を語るのを止めた。茶色く、時折濁る瞳が彼女を見ていない時は、大抵自分の過去や忍者の闇に関わる思案に耽っている時だ。
 少し間を開けて、思い出すようにフォンが口を開いた。

「『シャドウ・タイガー』……何年ぶりだろうね、その名前を聞いたのは」
「知ってるの?」
「まあね。彼らの言う『シャドウ・タイガー』は、表向きで使われていた名前だ」

 フォンは知っていた。
 世間でシャドウ・タイガーと呼ばれる邪悪な者が、相応の力を持つ理由を。

「本当の名前はカゲトラ――かつて忍者の里を追われた、抜け忍だよ」

 百人斬りの伝説が残る、国を以てして存在を隠匿する剣士。
 その正体は、果たしてやはり、忍者だった。