「……潰す?」
「ああ、潰す。他の冒険者は俺達の邪魔にはならねえが、お前らだけは別だからな」
それは事実上、クラークがフォンを認めた証拠だった。
ただし、好敵手や友人としてではない。自分達が勇者パーティとしての誇りを取り戻す為に、排除しなければならないたん瘤としてだ。
「もうこれ以上、好き勝手はさせねえよ。俺達はこれから、どんな手段を使ってでも栄光を取り戻してみせる。フォン、これは宣戦布告だ……図に乗るんじゃねえって意味だってことくらいは、分かるよなァ?」
クラークは今や、勇者と名の付く職とは凡そかけ離れた、醜悪な目つきをしていた。
彼以外は声を発さなかったが、マリィも、サラも、ジャスミンも勇者と同様に敵意をありったけ込めた目をしていた。パトリスだけがどっちつかずの表情で、四人より一歩だけ後ろに下がっていた。
四人は間違いなく、フォンを邪魔者だと認定していた。過去の繋がりなど完全に切り離した怒りを、確かに忍者にぶつけたつもりだった。
「……どうでもいい」
だが、返ってきたのは、フォンの静かな声だった。
冷たい、では表現できない声。凍てつく吹雪のように、心臓を締めあげる声。
「何だと?」
「君達の栄光に興味なんてないし、好きにすればいい」
クロエやサーシャ、カレンはフォンの代わりに暴言を放ってやるつもりだったが、必要はなかった。彼女達ですら口や手を止めてしまうほどの威圧感が、彼の全身から解き放たれているのに、勇者パーティは気づいていない。
「けど、僕の仲間を殺そうとしたのを、僕は忘れていない。不殺の主義があるからこそ、あの時はクラーク達を助けたし、まだ殺してない。その意味が分かるかい?」
「分からねえよ、回りくどいこと言ってねえではっきりと……」
理解できないならばとばかりに、フォンはクラークを睨んだ。
その時になってようやく、クラークも彼の仲間も、否応なく心に刻み込まされた。
「――僕は怒ってるんだ、クラーク。あの日から、君と話すときはいつでもね」
髪を揺らし、瞳を見開き、フォンは怒っていた。
ゴブリンの群れから逃げ出した時よりもずっと、もっと、フォンは静かに怒りを爆発させていた。感情を心の内側に仕舞い込む忍者が、表向きに発露させた怒りは、フォンの背後に悪魔の如き幻影を生み出した。
案内所を埋め尽くす、想像を絶する負の感情。怒りを通り越した、憤怒の意志。
二本の角を有し、無数の牙を伴った悍ましき激高――『鬼』の如き影が口を開くのを見たクラークは、思わずその場にへたり込んでしまった。
「……あ、あ……?」
彼だけではない。勇者パーティは全員、言葉を喉に詰まらせてしまった。圧倒的且つ完全な恐怖は、ジャスミンの両手足を震わせ、パトリスを気絶寸前にまで追い詰めていた。
「僕の仲間に手を出すなら、次からは相応の覚悟をした方がいい。前にも言ったけど、今度は確固たる意思を持って言わせてもらうよ――君達は、僕の敵だ」
フォンは腰を抜かし、小刻みにしか呼吸のできないクラークの隣を通り抜けた。
「マリィ、クラークの介抱を頼むよ」
「フォン……」
かつて好意を抱いた彼女に見向きもせず、フォンは案内所を出て行った。
彼の仲間も、立ち尽くすか絶望するかしかない勇者パーティの間をすり抜けるようにして、フォンの後に続いて明るい日差しの下に出た。
彼の背中は、仲間達から見てもどす黒く、狂気とすら呼べるほどの闇に染まっているようだった。クラーク達への想いや情けを完全に捨て切ったように見えるフォンが、いつものフォンでないような気がしてならなかったのだ。
そんな彼の心境を察しても、弟子として、カレンはフォンの肩を叩いた。
「……師匠、大丈夫で、ござるか……?」
弟子に声をかけられ、フォンはゆっくりと振り向いた。一瞬、カレンは師匠の最悪の一面が自分にも向けられるのではないかと思い、身構えた。
「大丈夫、気を張らせてしまってごめんね。言いたいことを言えたから、満足だよ」
果たして、それはカレンの杞憂だった。
フォンの表情は、いつもの調子だった。ちょっぴりとぼけた、穏やかな表情。仲間と冒険者活動をしている時の、何時だって見ているフォンだ。
微笑んだ彼の顔を見て、カレンは安心したようだった。尤も、彼が闇の忍者とならずにほっとしているのは、クロエやサーシャも同じだ。三人は心底安堵した様子で、今度はちょっぴり強めに彼の肩を叩き、笑い合った。
「やっぱり、溜め込んじゃうところがあるんだよね、フォンってば。今度から難癖付けられたら無視なんかせずに、全員ぶっ飛ばしてやればいいんだって!」
「同意。サーシャ、あいつら、喜んで捻り潰す」
「今は必要ないかな……クラークの言う通りなら、いずれ僕達はぶつかり合う」
肩を並べて酒場へ歩いていく四人の気持ちは、変わらない。
クラーク達が挑んでくるのであれば、彼らの決意は固まっている。
「その時に分からせてやればいい。忍者を敵に回した恐怖を、嫌ってほどね」
にっこりと笑顔を浮かべるフォンの目の奥は、忍者の闇に染められていた。誰一人気付かないほど丹念に隠された狂気を、クロエも、誰も見抜けなかった。
そんな危険性など露知らず、けらけらと談笑しながら大通りを歩く四人の後ろで、とある冒険者達がたわいもない話をしていた。
「おい、お前聞いたか? ゲムナデン山で迷ったあいつの話?」
「聞いた、聞いたよ。魔物に見つかったけど喰われなかったどころか、見逃してもらったんだろ? どういうわけだろうな、ありゃあ」
フォンは知らない。
彼の行いが、どこかで誰かの命を助けているのだと。