勇者パーティは誰一人として、無事な姿ではなかった。
フォン達が山を下りてから少し遅れて、ドレイクに乗っけられてどうにか街に戻ってきたクラークと仲間達は、ひいひい言いながら診療所に運び込まれた。
治療役の魔法使いであるマリィですら疲労困憊、傷だらけなのだから、他の面々が自分の怪我をどうこうできるはずがない。これまでは時折フォンが簡単な治療を施していたのだが、その恩恵に、まだ彼らは気づいていないのだ。
とにもかくにも、剣が折られ、鎧が砕かれ、武器や道具は一切合切買い直し。そんな情けない有様は街に伝わり、マッツォ卿の耳にも入ってきたのである。
「聞いたところでは、五人とも酷いさまでギルディアに運び込まれたらしいな。過去の実績もあるし、近頃はワイバーンを討伐したと聞いたから、期待はしていたのだが……」
落胆するマッツォ卿に話すようではなく、且つ聞こえるようにクラークが呟く。
「……天候が悪かったんだよ」
「聞こえよがしに、よく言うよね」
クロエの意見に、マッツォ卿も同意した。
「ふむ、素人の私が意見できたものではないかもしれないが、どのような状況でも一定の実力を発揮するのが冒険者だと思っている。逆にこれまで、なぜ彼らが勇者に相応しい功績を上げられてきたのか、これでは甚だ疑問だな」
これまで、勇者パーティは輝かしい実績を立て並べてきた。だからこそ、このような無様な失敗は一層目立つし、マッツォ卿は猶更失望した。
一方でクロエ達には、クラーク達の転落の理由が、フォンの不在にあると知っていた。
「そりゃあ、フォンがいたおかげで……」
「クロエ、僕は関係ないよ」
フォンは謙遜するが、クロエは話を止めない。
「そうかな? でも、結構頑張ったんですよねー、勇者サマ達も。手柄を横取りしようとして失敗して、食事を分けてもらっておきながら邪魔者を生き埋めにして、その相手に助けられるなんて間抜けな結果になっちゃいましたけど」
それこそ、彼女はクラーク達のとんでもない悪行までさらりと告げてしまった。
「……ほう?」
クラーク達の顔が凄まじい形相になったのに気付いていながら、マッツォ卿の目が眼鏡の奥で鋭く光り、クロエが意地の悪い顔で笑った。
「あ、口が滑りましたけど、全部あたしの独り言なんで気にしないでくださいね!」
案内所が、さっと静かになった。次いで、ひそひそ話が辺りから噴出し始めた。
「そこまでしといて失敗って、カッコ悪すぎるだろ」
「勇者って、そんなに弱かったっけか?」
「名指しの依頼も減るだろうな、あの調子じゃ……」
他の冒険者どころか、仕事を頼みに来た一般人までもが、勇者についてこそこそと話をしている。どれもこれも、彼らへの下がった評価についての囁きだ。
「ふん、ん、んぎいぃ……!」
憤死しそうなほど顔を赤くするクラークと、憮然とした表情を隠そうともしない彼の仲間達――しょげ返るパトリスを除いて――を一瞥したマッツォ卿は、もう話すこともないだろうといった様子で、軽く会釈した。
「……ともかく、依頼としてはこれで完了だ。私は受付嬢に依頼のキャンセルを申請してくるから、また機会があれば会おう」
「はい、いずれまた」
ひらひらと手を振り、受付カウンターへと向かうマッツォ卿を見送った四人は、彼が歩いて行った方とは逆の、案内所の扉へと歩みを進める。
「――んーっ、スッキリしたー! 一時はどうなるかと思ったけど、報酬も貰えたし、実績に傷はつかないみたいだし、万々歳って感じだね!」
「これぞ正義は勝つ、でありますな!」
「サーシャ、腹が減った。報酬、貰った。サーシャ、肉、食いたい」
案内所がまた騒がしくなってきた。
とにもかくにも、今回もトラブルを乗り切り、仲間との絆を深められたのだ。
「そうだね、僕もなんだか疲れたかも。近くの酒場に新しいメニューが追加されたらしいし、無事帰ってきたお祝いでも……」
フォン達も、粗雑な冒険者達の騒々しさに紛れながら外に出て行こうとしたが、彼らの喜びを心から憎む一団によって、道を阻まれた。
「フォン、話がある」
クラークと、彼の仲間達だ。
剣の盾も、鎧すら修理に出しているのかと疑ってしまうくらい、彼らは冒険者らしい格好をしていない。怪我をしているのもあってか包帯塗れで、どちらかと言えば病人だと説明してもらった方が納得できる。
そんな面子が殺意を剥き出しにして立ちはだるのだから、クロエ達も睨み返す。
「今まで見下してきて、手を抜いて悪かったな。俺達の認識が甘かったぜ」
他の冒険者達が注視したのも、今は昔。誰も、双方の睨み合いなど気に留めない。
だからこそか、クラークは躊躇いなく、フォンへと自分達の思いを宣言した。
「これからは敵だ。ギルディアの覇権をかけた敵同士だ――全力で、潰してやるよ」