見る者が見れば心を折られるほどの惨状が、木々に囲まれた一帯に広がっていた。
 圧倒的な力によって、草むらに頭から突っ込んだジャスミンの剣は二つともへし折られていた。パトリスの盾はひしゃげ、鎧を纏ったナイトは木にもたれかかっていた。魔法使いの杖は無事だったが、本人はクラークの背後に転がされていた。
 いずれも傷だらけで気絶しているようで、ぴくりとも動かない。

「ジャスミン、パトリス! マリィまで……クラーク、どうなってるんだ!?」

 フォンは剣を手から落としそうなクラークに問いかけるが、彼は唖然としたまま、一向に動かない。反応を待っていられないフォンは彼に歩み寄り、肩を掴んで振り向かせた。

「ぼさっとしてないで! 魔物はどこに行ったんだ、答えてくれ!」

 きっと睨みつけ、肩を揺さぶりながら怒鳴りつけると、ようやく勇者は我に返った。
 彼の第一声は、怒りではなった。ただ震える指でフォンの背後を指差すばかりだった。

「……あいつ、あいつは……あそこに……!」

 可能ならば、指差すよりも先に、その発言が欲しかった。
 クラークの顔に浮かんだ恐怖が最高潮に達した途端、フォンの背後から凄まじい轟音が鳴り響いた。次いで、反応が遅れるほどの素早さを有した何かが飛び掛かってきた。

「――ッ!?」

 フォンは辛うじて受け身を取り、何かによるタックルを受けても着地できたが、クラークはマリィと一緒に後方へと殴り飛ばされてしまった。
 振り向き、再度苦無を構えたフォンは、ようやく雷と突撃の正体を目の当たりにした。

「……グルル……」

 人間よりも大きく、全身が金色に輝くライオン。時折黄金色の瞳から稲妻のようなものが迸り、唸り声を巨大な口から放つ度に、威圧感がフォンを襲う。これこそがゲムナデン山の主にして一帯の王者、黄金獅子。

「あれが黄金獅子、雷を操る魔物……凄まじい殺気だ……!」

 一瞬でも気を抜けば死が齎されるほどの眼力に睨まれていたフォンだが、彼は目の前の敵を倒すよりも、地を這うように倒れ伏せるクラークに駆け寄るのを優先した。

「クラーク! 大丈夫か、クラーク!」

 後方への警戒を解かないまま、フォンがクラークを揺らすと、彼は苦しそうに呻いた。

「ぎ、うぎぃ……痛でえ……!」

 銀髪のハンサムガイも、大枚をはたいて買った鎧も見る影がない。汚れ塗れのローブを纏ったマリィもそうだが、腹部を抑えて悶絶するさまで戦えるはずもない。
 とにかく、最優先事項はクラークやマリィを黄金獅子の標的にしないことだ。その為には、出来るだけ敵の気を引かず、少し離れたところに居させなければ。

「草むらの中に隠れているんだ! 絶対に外に出るんじゃない、いいね!」
「何を、言って……逃げよう、ぜ……今のうちに……」
「言ってる場合じゃないだろう! 気づいてないのか、周囲はもうとんでもない数の魔物に囲まれてる! 少しでもここを離れれば、彼らは一斉に襲ってくる!」

 フォンが怒鳴りつけてようやく、クラークは目を丸くして、自分が置かれた状況を理解したようだった。彼がぱくぱくと口を動かしながら木々の向こうに目をやると、フォンの言葉通り、猪や虎、蝙蝠、蛇、数多の魔物が目を光らせ、じっとこちらを睨んでいた。

「……なん、だと……?」

 押し黙るしかないクラークを放るように、フォンはマリィを担ぎ上げ、草むらの中に投げ入れた。近くに魔物もいたが、誰も彼も、彼女を食い殺そうとはしなかった。
 フォンもその事実を知っているからこそ、パトリスやジャスミンには触れなかった。彼女達がまだ安全な地域にいるのを確認しつつ、フォンはクラークの傍に立った。

「これは、彼らのルールだ。自分達の縄張りに入ってきて乱暴狼藉を働いた僕達に対する裁きなんだ。山の主である黄金獅子が動けば裁判が始まり、逃げようとすれば必ず食い殺される。マリィ達がまだ襲われていないのは、裁きが終わってないからなんだ」
「裁き……?」

 フォンには、覚えがあった。滅多に見られない、稀有な魔物達の取り決めを。

「全ての裁きを終えて、初めて魔物達の餌になるのさ。さっきまではまだクラークが立っていたから喰われなかった……今は、僕がいるから襲われない。裁判は進行中だ」
「……どうして……分かるんだよ……?」
「黄金獅子じゃないけど、僕が過去に相手した魔物に同じようなのがいたんだ。縄張りをとルールを徹底的に順守して執行する、とても知性の高い魔物だ……とにかく、クロエ達がこっちに来るまで、やるしかない」

 そんな魔物ですら倒すしかない状況にいるのも、理解していた。クラークはただ呻きながら、自分よりも絶対に弱いはずの男のいきがりを諫めようとする。

「出来るわけ、ねえだろ……俺が、勇者が、敵わねえんだぞ……!」
「どうだろうね。僕は勇者じゃないけど、忍者だ」

 そんな言葉は役に立たない。悔しさと痛み、二つの意味で顔を歪めるクラークを守るように立ったフォンは、ようやく彼を敵として捕らえた黄金獅子に、挑むように言った。

「黄金獅子、僕が六人目の罪人だ。さあ、始めようじゃないか」

 雨が強くなる中、獅子は、どうやら苦無を突き付けた彼を次なる敵と認めたようだ。

「――グオオオオォォォ――ッ!」

 耳を劈く王者の雄叫びこそが、その証だった。