クラーク達のように走りはしなかったが、怒りを伴った確かな歩みは、彼らとの距離を縮めていると確信できるものだった。
 時折落ちてくる雷の音も、魔物の視線も、三人は一向に意に介しない。あるのはただ、フォンを裏切ったクラーク達への破滅的応報と、殲滅のみである。

「魔物が寄ってこないね。有り難いけど不穏にも思えるよ」
「近づいてきたら、殴り潰す。サーシャ、気が立ってる。サーシャ、尖ったナイフ」

 ずんずんと大股に歩く三人はそんな話をしているが、フォンからすれば当然だ。

(今の皆に近づくなんて、忍者でも躊躇うよ……)

 三人の怒りを恐れているのか、相変わらず魔物は寄ってこない。おまけに雨もやみつつあるのだが、どういう訳か、雷鳴と雷が落ちる音だけは、ひっきりなしに聞こえてくる。

「それにしても、さっきから雷が何度か落ちてくるね。雨はそんなに強くないのに……」
「しかもこの山に落ちているでござるな。拙者達も、すっかり慣れてしまって――」

 歩いているとはいえ早歩き、全力疾走したと推測できるクラークに追いつきこそせずとも、声や雰囲気といった手掛かりくらいは見つかるだろうと一行は考えていた。
 ――思ったのに間髪入れず、それは聞こえてきた。

「んぎゃあああぁぁぁ――ッ!」

 悲鳴だった。
 しかも男の、とんでもない絶叫。一緒に雷が轟いて、閃光が目を覆うくらい近くに落ちてきたのに、その叫び声は四人の耳に確かに届くほど大きかった。
 唐突な異常事態を察知して、流石のクロエ達も足を止めた。落雷と悲鳴も理由なのだが、魔物達の気配が一斉に引き、周囲に何も感じなくなったのである。音に紛れてこちらを襲うのならまだしも、撤退するのは理解できない。

「……今の声は!?」
「雷が落ちた方角から聞こえたでござる! 間違いなく、人の声にござるよ!」
「それに男の声……まさか!」

 今のゲムナデン山で、フォンが知る限り、叫ぶ男など一人しか思い当たらない。フォンが何かを察した時、カレンが斜め上の空を指差して言った。

「師匠、何かが飛んでくるでござる!」

 てっきりキバコウモリの類の魔物が飛んできたのかと思えてフォンは構えようとしたが、飛来する何かには四肢がある。ぐるぐると宙を舞っているが、人の形は見て取れる。
 最初は小さかったのが、段々大きくなってくる。力なく重力に負けて飛んでくるそれを、フォンはがっしりと受け止めた。そして、腕の中にいる何者かの正体を知った。

「――サラ!?」

 それは、勇者パーティの一員、勝ち気な武闘家のサラだった。

「サラ、大丈夫かい!? サラ!」

 ただ、フォンが焦った調子で声をかけるように、彼女の体はボロボロだった。
 体中が擦り傷と切り傷だらけ、おまけに火傷の痕まで見て取れる。何者かの一撃でどこかからフォン達のいるところまで叩き飛ばされたのだから、打撲も見えない箇所に発生しているのは間違いない。
 いずれにせよ、超過した痛みの影響で気絶していて、戦える様子ではないのは確かだ。

「……のびてる。さっきの悲鳴、こいつじゃない」
「たいした奴じゃないにしても、勇者パーティの一員がここまでやられるなんて……」
「相手が魔物だとしたら、相当危険な魔物でござるな……」

 サーシャ、クロエ、カレンが各々の意見を述べる中で、ふと、カレンが気づいた。

「……魔物……雷……まさか!」

 頻発する雷。魔物の存在。この二つが合致するとすれば、もしや。

「そのまさかだ、カレン!」

 彼女の隣で、フォンも同じ結論に至っていた。即ち、今回討伐対象としている魔物が、すぐそこまで迫ってきている可能性の考慮に。
 どうしてこれまで気づかなかったのかと自分の間抜けさを呪いながら、フォンは抱きかかえていたサラをサーシャに手渡し、鈍色のパーカーのポケットから苦無を取り出した。

「悲鳴を上げたのがサラじゃないとしたら、まだ誰かが雷を落としてる魔物と戦ってるはず! 皆、僕は先に行って様子を見てくるから、サラを頼んだ!」

 そして、三人がまだ立ち止まっているのに、一人だけとてつもない速さで走り出した。

「あ、フォン、ちょっと待って!」

 クロエの制止も、フォンは今ばかりは止まらなかった。仮に危機が及んでいるのが勇者パーティだとしても、想像し得る最悪のパターンが起きていると思うと、彼の正義感はどうしても見過ごせなかった。

(魔物達の気配が強まってる、それにすぐ先に強い殺意も感じる!)

 付け加えて言うならば、自分達の危機にもなりかねないほど魔物の力は強いのだと、フォンには確証があった。相手の動作、思考、何もかもが強者のそれだからだ。

(僕の予想が正しければ、相手の方からこっちにやって来たんだ! 雷の頻度がその証拠だ! 崩落の音を聞いたからか、僕達が暴れすぎたからか……)

 魔物は恐らく、逃げるなんて選択肢を選ばない。寧ろ、侵入者を滅ぼす道を選ぶ。

(いずれにしても、自分の縄張りを荒らす相手を始末する為に!)

 ここが自分の縄張りであると宣言しているのか、或いは眼前の敵を滅そうとしているのか、雷が鳴る頻度はどんどん増していく。
 マッツォ卿の言葉は、正しく真実だったのだ。まだ目にはしていないが、これから直進した先で凄まじいオーラを放つ魔物は、間違いなく雷を操っている。

「雷を操るなんて、これだけの力を操る魔物は危険すぎる! もしかすると……ッ!」

 落雷が人に命中すればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
 クラークやマリィといった魔法に精通した人物か、パトリスのようなナイトとして巨大な盾を用いる役職であれば、防御壁を形成して多少は防げるだろうが、それでも自然の猛威をもろに受けるのだ。掠り傷で済まないのは、サラが証明している。
 彼女は吹き飛ばされて、戦場から離れた。ならば、残りの四人は。
 逸る気持ちを抑えるように、フォンは目を閉じ、忍者として最初に教えられる精神統一のまじないを心の中で唱えた。
 ほんの一瞬、僅かな間で心を整えた彼は、目を開き、開けた場所へと飛び出した。

「クラーク……!」

 彼の口から洩れた呟きの通りの光景が、そこには広がっていた。
 倒れ伏す魔法使い、剣士、ナイト。
 そして、呆然と立ち尽くす勇者だけがいた。