勇者パーティと黄金獅子の遭遇から、遡ること少し前。
 ところ変わって、こちらはクラーク達によって作り上げられた岩の墓標。フォン一行がマリィとその恋人の攻撃で埋められた、無数の岩で構築された小さな山。
 雨が降りしきる影響か、強烈な魔法で周囲の地面が弾けた影響か、今は隙間に泥まで挟まっている。これこそ紛れもなく墓であり、収められているのは遺体に他ならない。

「…………う、く……」

 だが、遺体が声を発するなど――岩の隙間から腕を突き出すなど、有り得るだろうか。
 謎の腕は暫く手首を左右に振ると、直ぐにそれを岩の中へと引っ込めた。そうして、少しだけ間を開けてから、何かの重さに耐えるような、くぐもった声が聞こえてきた。

「……皆、ちょっとだけ我慢して……忍法・火遁『爆火(ばっか)の術』!」

 声の主が何かを言い終えた、その時だった。
 墓所の中心部が、花火が何十個も同時に炸裂したかのような爆音と共に吹き飛んだ。大きな岩が微塵の石となり、草木に向かって飛んでゆき、鍋の如く大きな穴が開いた。
 火遁『爆火の術』は、文字通り爆裂的な火を発して辺り一帯を爆散させる忍術だ。今回は威力を控えめにしてあるので穴を開けるだけに留まったが、それで十分だった。

「にゃ、にゃぎゃ……」

 穴の端に長い爪を引っかけて、閉じ込められていたカレンが顔を出した。
 土汚れに塗れた彼女が転がるように墓の外に出ると、次いでクロエ、サーシャがのっそりと這い出てくる。そして最後に、フォンが周囲の安全を確認しながらよじ登って来るのを見ながら、せき込みつつクロエが荒い息と共に言った。

「げほ、ごほっ……どうなったの、あたし達……?」
「フォン、サーシャ達に覆い被さって壁に、げほ、なった。お前、大丈夫か?」
「僕なら大丈夫だよ。それよりも……」

 岩から地面に滑り降りた一同は、自分達が持ってきた全ての残骸を眺めた。

「雨除けも荷物もやられたでござる……クラーク達が、全部潰していったでござる!」

 クラーク達勇者パーティによって落石に閉じ込められたフォン達だが、忍者が三人に覆い被さるようにして盾となっていたのと、彼が隠し持っていた忍具で爆発を起こしたおかげで、どうにか脱出できたのだ。
 しかし、タープは破壊され、荷物は一切合切ひっくり返されて踏み潰され、使い物にならない。唖然とするクロエ達の隣で、フォンは己を恥じてこめかみに指を当てた。

「ごめん、皆。僕のせいだ……クラークと同じ目的で戦えるのなら、共に冒険者として活動できるんじゃないかって思ったんだ……!」

 彼は、クラークとの関係性の修復を、まだ諦めてはいなかった。
 人命を軽んじる態度に怒った。自分の手を汚さない態度に呆れた。だとしても、心のどこかでフォンの甘さは彼を生涯許せない相手には認定できなかった。
 加えて、勇者との確執は、感情に流されず、動じないはずの忍者であるフォンが、唯一気がかりに思っていた事柄だった。遜るとまではいかずとも、顔を合わせればトラブルに陥ってしまう事態を、どうにかしたいと思っていた。

「忍者として失格だ、僕は……本当に、ごめん……!」

 敵として定めた相手を、許して分かり合おうとした自分の、なんと愚かなことか。掟から離れ、忍者として忍ばない生き方を選んだうちに、ここまでさびて鈍ったのか。
 俯き、己の顔を殴りたい衝動に駆られて拳を握り締めるフォンに、クロエは言った。

「……フォンが謝ることじゃない。フォンが責められるなんて、絶対に有り得ない」

 感情を押し殺せない声を聞いたフォンが顔を上げると、クロエは山頂を見上げていた。

「甘いくらい優しいのは知ってる。もしかすると仲良くやれるかもなんて夢を抱いたとしても、それがフォンだもの。そういうところも含めてあたし達はフォンが好きなの」

 彼女は自分の為にというよりは、他人の為に怒っていた。それも、フォンが今まで一度だって見たことがないほど、凄まじい形相で瞳を揺らしていた。

「あたしが許せないのは――フォンを悲しませたクズ野郎だよ」

 全ては、優しさにつけ込み、過去の繋がりも全て捨てて殺そうとした勇者への怒り。
 クロエだけではない。元より喜怒哀楽が顕著なカレンも、常に意志を腹の奥に閉じ込めているサーシャですら、怒りのあまり歯を軋ませ、握った拳に血管が浮き出ている。

「あいつら、飯の恩、仇で返した。飯を作った人への侮辱、償わせる!」
「師匠の恩情を無碍にし、あまつさえ殺そうとまでするとは。不肖ながらこのカレン、フォンの弟子として師匠がなんと言おうと、絶対に許せんでござる」

 土汚れ、泥塗れでマントもボロボロ、サーシャとクロエに至っては縛った髪が解けているのに気にも留めていない。まずい、と思い、フォンは宥めるように声をかける。

「でも、僕は……」

 クロエは、フォンを見ない。ただ敵がいるだろう方角をじっと睨む。

「クラークは山頂に向かったんだよね。フォン、どっちに行ったか、分かる?」
「大まかには、けど荷物もやられて天候も悪いから今は――」

 今は止めよう、と言おうとしたが、三人は最早聞く耳などもたなかった。

「――行くよ、サーシャ、カレン。邪魔する奴は魔物だろうと何だろうと蹴散らして、クラークと取り巻きのクソ共をぶっ潰す!」
「承知!」
「サーシャも、承知!」

 フォンの仲間である三人は、弟分を、宿命のライバルを、師匠を心底侮辱した相手を叩きのめして打ちのめすことだけを頭に入れ、ずんずんと歩き始めた。
 しかも、フォンに道を聞いておきながら、明後日の方向に三人揃って歩き出す始末。どうやら、怒りのあまり自分達が進む方角すらあやふやになっているようだ。

「フォン、あいつらのところまで案内して!」

 フォンが察しているクラークの進んだ先――泥に埋もれた僅かな足跡やその他の痕跡から確定したルートをクロエに教える為に、フォンは悲しみの感情を一旦忘れて、彼女達を先導する。

「わ、分かったけど、目的を忘れてないかな……?」

 魔物の気配は確かにする。まだ雨は降っているが、確かにどこかからこちらを見つめる気配はしっかりと感じ取れる。
 しかし、クロエ達から放たれる覇気に恐れをなしているのか、何も近づいてこない。
 これはこれで有り難いと思いながらも、復讐鬼を引き連れたフォンは、クラーク達が黄金獅子を追って進んでいった先を追っていくように、山頂を目指すことにした。