フォンの作ったスープは、肉や野菜が入っていて、塩気のきいたスープ。固形の具材を水に溶かすだけで作った簡単な料理だが、体が温まる美味しい料理だ。
ただし、ジャスミンは野菜が苦手なようで、ひと啜りして渋い顔をする。
「うえー、私、野菜多いの苦手なんだよねー」
「文句抜かすとここから放り出すよ。あたしはまだ気を許してないんだからね」
「美味しいのは間違いないね、隣の筋肉女がいなきゃあだけど」
その隣では、サラが別の意味で顔を渋らせる。
フォンとしては良かれと思って焚火を囲んだのだが、クロエやサーシャは未だに警戒を解いていないし、カレンは目を細めてずっとマリィを睨んでいる。勇者パーティもまた、舌鼓を打つのに夢中なパトリスを除き、まだ気を抜けない様子だ。
ただ、クラークだけはスープを木のスプーンで掬いながら、ぽつりと呟いた。
「……フォン、どうしてクビにした俺に、飯を?」
彼の質問は、至極真っ当なものだった。
一方、フォンとしては、さほど悩むほどの動機でもなかった。
「美味しい物は分け与えるべきだと、師匠から教わったからね。それに、まだ話し合える機会はあると思ったんだ。クビになったのには、僕にも責任はあったしね」
ついでに言うならば、これまでの関係性を水に流す提案も抱いていた。クロエ達がサラやジャスミンと火花を散らし合っている隣で、フォンは言った。
「一緒に黄金獅子を討伐しないかい、クラーク? 実のところ、僕は電撃に少し弱いんだ。でも、僕達皆で力を合わせれば、きっと討伐できる……どうかな?」
「フォン……」
じっとクラークを見つめる彼は、己の僅かな弱点を吐露するほど、勇者に気を許していた。クラーク達が同じ焚火を囲んでくれたことへの嬉しさがあったのかもしれない。
普段のフォンからは信じられないほどの甘さを前に、クラークは自分の行いを恥じたかのように俯くと、周囲の騒ぎ声に掻き消されるくらいの声で、ぽつりと問う。
「……じゃあ、お前はもう、黄金獅子の居場所を突き止めてるのか?」
「大まかにだけどね。魔物達から逃げてる途中に、山頂から少し下のところ……東側に何度か雷が落ちているから、黄金獅子が噂通り雷を操るなら、その辺りにいると思う」
「間違いないか?」
「間違いないとまでは言えないけど、僕の経験上、八割は当たってるかな――」
器を置いたフォンが、提案に乗ってくれたクラークに微笑みかけた。
これまでのわだかまりを、師匠が教えてくれた料理『ミソシル』で携帯食のように溶かせたのだと思うと、口元がつい綻んでしまった。
だから、彼は自分が忍者であると一瞬、ほんの一瞬だけ忘れてしまった。
「――それだけ聞けりゃあ十分だよ! やれ、マリィ、お前ら!」
――クラークの言葉に、ぞっとするほどの邪悪が孕まれていると気づくまでは。
フォンが動くよりも先に、まるでリーダーの言葉を待っていたかのように、サラが鍋の揺れる焚火を蹴飛ばし、たちまち周囲を元の暗黒に戻してしまった。
「なっ……!?」
それだけではない。ジャスミンがクロエの足を蹴り、サラがサーシャを突き飛ばして姿勢を崩す。サーシャやフォン、カレンがあまりにも唐突な襲撃に対応しようとした時には、マリィが手にした杖から掌程度に収められた稲妻の如き光を放ち、四人にぶつけた。
何をするのか、と言いたかったが、口が痺れて動かない。特にフォンは、自分で言った通り雷魔法に弱いのか、仲間の前で初めて膝をついた。
筋肉が痛み、思うように挙動ができない彼らの前に、にやにやと卑劣な笑みを浮かべるクラーク達勇者パーティが立ち、その中のマリィが一歩前に出た。
「ごめんなさいね、フォン。仲間の皆も、雷魔法で少しだけ痺れていてもらうわ」
「あんた達、な、何を……!」
「弱点を突ける機会をくれてありがとう……お礼に、確実に消すわね」
クロエの問いに、マリィは答えない。
「『炎突破』、『風穿破』!」
代わりに与えたのは、杖の先端に巻き起こる炎と風の融合体。彼女が狙いを定めるのは四人ではなく、テントの後ろに聳え立つ岩肌。
マリィは躊躇うことなく、炎の槍と風の波を解き放った。タープの背後、山の一面とも言えるほど巨大な岩に激突すると、轟音が鳴り響き、砕けた岩の崩落が始まる。
「くらいやがれ、『魔法剣・爆砕』!」
おまけにクラークまでもが、いつの間にか抜いていた銀の剣の先端に溜め込んだ赤い光を、まだ残っている岩に目掛けて放った。魔法使い以上に優れた破壊力を持つエネルギー波を受け、今度こそ岩壁がとてつもない勢いで砕けた。
人よりも大きな岩石が十個、二十個、もっと。こんな物が落ちてくれば、どうなるか。
「嘘でしょ、ちょっと、きゃあああぁぁッ!」
「ししょおぉーっ!」
クロエとカレンの叫び声を最後に、タープと四人の上に、岩が落下した。勇者パーティのように避ける間もなく、防御する為の時間すら与えられず、フォン達の全ては黒茶けた岩石に圧し潰されてしまった。
「ぎゃははははッ! 俺達が飯を一緒に食った本当の理由にも気づかねえなんて、しかも共闘なんざ、甘ちゃんにもほどがあるだろうがよォ!」
そんな彼らの有様を、クラークは涙を流すほど大爆笑して見下す。何の返事もない岩の山に足をかける完全なる勝利者は、笑いが止まらない調子で話を続ける。
「黄金獅子の居場所さえ分かりゃあ、後は俺達が討伐するだけだぜ! 前々から目障りなてめぇらには、ここらで永遠に消えててもらうからよ!」
高らかに勝利宣言をするクラークの傍で、ジャスミンが泥だらけのリュックを持ち上げる。サラも同様で、それらはクロエとサーシャのリュックだ。
「へへへ、兄ちゃん、こいつらの荷物はどうする?」
「あァ? そんなもん、そこらに放っとけ。あの量の岩じゃ、あいつらが戻ってくるなんてありえねえし、泥まみれの荷物なんて持ちたくねえからよ」
彼がそう言うと知っていたかのように、サラとジャスミンはリュックの中身をひっくり返すと、まるでクロエやサーシャを踏みつけるようにぐしゃぐしゃにしてしまった。そんな光景を楽しそうに見つめるマリィだったが、彼女は目的を優先する方を選んだ。
「行きましょう、皆。雨も落ち着いてきたし、今が好機よ」
「そうだな、さっさと行くか。お前ら、着いてこい」
クラークの命令に従い、仲間達は満足した様子で山の東側へ走り出した。雨も少しずつやみ始め、まるで勇者パーティの再出発を祝っているかのようだ。
「うう……」
ただ一人、パトリスだけは自分達の行いに、疑問を抱いているようだった。