「ゲムナデン山……なんだかおかしいな」
翌日、予定通りフォン達はゲムナデン山の麓に入り、山頂周辺を目指していた。
切り立った岩やごつごつした道が目立つこの山は、ギルディアの街から馬車を使って一日ほどかかる。なので、彼らは最も近い別の町で一泊し、翌日の昼に入山した。
天候が切り替わりやすく、且つ魔物も非常に多い山だと聞いていたので、四人とも装備は充実させている。全員が灰色のリュックを背負い、サーシャ以外はいつもの服の上から、雨を凌ぐ為のカーキ色のマントを羽織っている。
そうして木々と岩が連なる山道を、ざくざくと音を立てながら山を登る一行だったが、フォンの一言で全員が足を止めた。
「サーシャ、同感」
「あたしも。ちょっと変だなって」
二人も同意するが、カレンだけはスカートから見える尻尾と一緒に、首を傾げた。
「おかしい? 師匠、何がおかしいのでござるか? 確かに魔物の気配はずっとするでござるが、ここは魔物の巣窟でござるよ?」
「そこだ。ゲムナデン山は魔物がうようよいる、いつでも魔物達が争っている危険な地域だって聞いてたのに、誰も攻撃してこない。気配だけを残して、警告してるみたいだ」
「魔物、餌見つけたら、襲う。余裕、与えない」
事前に聞いた情報、危険な山という話との矛盾が今この場で起きている。
フォンとサーシャの説明で、カレンもようやく納得した。
「ふむふむ、つまり拙者達は見られている、というわけでござるな」
周囲から感じる気配の答えを知り、カレンは黄色い瞳でぐるりと辺りを見回した。
魔物がうようよいるはずの山で、そろそろ中腹に差し掛かるというのに、まだ魔物が襲ってこない。正確に言えば、どこかからずっとこちらを観察している。そして魔物の動きとして、そんな猶予を与える動作はそうそう見られない。ない、と言っても良い。
「おまけに雨も降りそうだし……大体、あのクラーク達の姿が見えないのも何だか不安だね。あの連中なら、血反吐吹いてでもあたし達より先に魔物を討伐しそうなのに」
草むらや木々の影、岩場の隙間から突き刺さる視線を受けながら、クロエは空を眺めた。どんよりと曇った空にも、ここまでの過程にも、クラーク達の姿は見えない。
「いずれにしても、早めに討伐して戻った方が良さそうだ」
嫌な予感を払拭するべく歩き出したフォンの前に、カレンが躍り出た。
「よし、ならば師匠との修行で成長した拙者の力の見せ所でござるな! 恐らく黄金獅子は山頂にいると見た! 拙者、早速偵察に行くでござる!」
どうやら暫くの間の修行で得た力をお披露目しようと、彼女は大層意気込んでいるらしい。山頂にいると聞いた魔物を自分で見つけようと頑張る姿勢は確かに微笑ましい。
ただ、今ばかりはその専行ぶりはまずい。
「ちょっと待って、カレン、その先は――」
フォンが止めようとした時には、カレンの周囲の影という影から、何かが飛び出した。
「――へ?」
それは、五匹の魔物。巨大な猪、大木ほども太い緑色の蛇、体中傷だらけのハイエナが三匹。何れも牙を剥き、一斉にカレンを肉塊へと変えるべく大口を開けていた。
カレンは咄嗟に、服の内側に忍ばせた忍具を取り出そうとしたが、必要はない。
「忍法・『鎖独楽』の術!」
魔物よりも速く動いたフォンの鎖鎌、クロエの矢、サーシャのメイスが魔物に直撃し、一撃で昏倒――サーシャとクロエの場合は即死に至らしめていたのだ。
背丈よりも大きなサーシャのメイスの打撃も、クロエの同時に放たれた二本の矢も的確に魔物を倒したが、特にフォンは凄まじい。鎖鎌の鎖を振り回したままハイエナの群れに突っ込み、体を独楽の要領で高速回転させることで、鎖の分銅で魔物の頭を打ち抜いた。
巨大な弓矢とメイスを構えた女性二人とフォンに囲まれながら、カレンは着地した。同時に魔物達も、全て地に伏せて動かなくなった。
「な、何でござるか!? いきなり魔物が襲い掛かってきたでござる!」
「警告した以上のテリトリーに踏み込んだ、さしずめ忠告したのに入ってきたから襲ってきた、ってところかな。それにしても……」
曇り空が一層濃くなっていく中ですら、四人を取り囲む十数匹の魔物達の種族が一様に違うのは、一目でわかった。青い毛のハイエナ、牙まで斑模様の猪、顔と耳より長い牙を携えた巨大な蝙蝠。どれもこれも、家族になるとは思えないオンパレードだ。
なのに、彼らは結束している。共通意思を持って、侵入者を排除しようとしている。
「アオハイエナ、斑猪、キバコウモリ。群れの種族、違う」
「しかもどれも、群れを作らない魔物ばかり……なのに、どうして集団で?」
「分からないけど、これだけの数だ。簡単に通してくれなさそうだし、やるしかない」
疑問は多いが、鎖鎌を握り締め、フォンは敵を睨みつける。
「カレンは帰ったら説教! 皆、まずは魔物達を退かせるよ!」
「しょ、承知!」
ついでにカレンへの罰則を告げると、彼女はようやく我に返ったようだ。両手の爪を獣特有の長さへと変貌させ、姿勢を屈め、仲間達と前線に立つ。
「行くよ、サーシャ!」
「分かった! サーシャ、叩き潰すッ!」
魔物達の怒号に応じるかのように、フォン達はサーシャを先陣に、敵へ突撃した。