「――それで、フォンに弟子入りする為にカレンが部屋に入ってきたって?」
「お前、カレンと交尾してると思った」
冒険者組合の案内所。
クロエ達から大分遅れてやってきたフォンは、テーブルに腕を組んで座っている二人に、今朝の誤解を解くべく必死に事情を説明していた。
あの格好はフォンが望んで着させたのではなく、カレンをフォンが呼び込んだわけでもないと。彼女はフォンに弟子入りし、真の忍者とは何かを学ぼうとしているときっちりしっかり話すと、ようやく二人は納得したようだった。
とはいえ、傍から見ればサーシャの言う通り、姦淫に耽っていたように認識されるのも当然だ。交尾と聞いて、フォンは顔を赤くして否定する。
「こ、交尾なんてしてないよ! 今説明した通りだ、師事なんて断ったんだけど……」
少なくとも、フォンとカレンが良い仲であると勘違いするのは、仕方ない。
「さあ師匠、どうぞお口を開けてくださいでござる! 殿方が一番喜ぶ食事法は、女性に食べさせてもらうことだと書物に記されていたでござる!」
パンケーキをフォークに突き刺し、顔と手をこれでもかと近づけてフォンの口に運ぼうとするカレンが、隣にいるのだから。
流石にエプロン一枚の格好ではなく、昨日と同じシャツとスカート、コートを着用しているが、顔は完全に蕩けてしまっている。彼女が敬意と愛情を込めたかのようにゆっくりと口に持ってきたパンケーキを含みながら、フォンは一層げんなりした。
「……この調子なんだ。これじゃ弟子っていうより、しもべか何かだよ」
彼女の豹変ぶりに、クロエも、サーシャすらも驚いているようだ。
「こいつ、昨日と様子、違う。おかしな奴」
「昨日までの拙者は捨てたでござる! これからはフォンの弟子として新たな道を歩むでござるよ! 改めてよろしく頼むでござる、クロエ、サーシャ!」
「あたし達は呼び捨てなのね」
こういう時、女性の方が適応能力は高いようで、恋人のようにフォンに近づくカレンの存在をあっさりと受け入れた。彼女は皿に山盛りの朝食とフォークを振りながら、フォンの為なら何でもやると言わんばかりの態度で、にこにこと笑顔を見せる。
「師匠、次はなにをするでござるか? 身の回りの世話、依頼の補助、弟子として何でもするでござる! 師匠がお望みとあらば、拙者は何でもやるでござるよ!」
何でもと言われても、今一番の望みは、出来る限り離れてもらうことだ。
直接そんな言葉をぶつける度胸のないフォンは、少し考え、彼女に命令した。
「――クローゼットを閉め忘れたかも。カレン、確かめに行ってくれるかな?」
「クローゼットでござるな、あい分かった!」
カレンは首が千切れるのではないかと思うくらい強く頷くと、勢いよく皿とフォークをテーブルに置いて、手足を使って案内所を飛び出してしまった。
自分が獣か人間か忘れるほど興奮しているらしい彼女は、短いスカートから隠した尻尾と中身が見えかねないほどの速さだった。驚く周囲の冒険者の視線がカレンから自分に向いたのに気付いたフォンは、頭を抱えた気分だった。
「……カレンってば、フォンに助けられて惚れちゃったのかもね」
サンドイッチを頬張りながら、冗談めいて笑うクロエの話も、今ばかりは笑えない。
「まさか、僕に男としての魅力なんてないし、それこそ有り得ないよ。おまけに師匠だなんて、僕は『マスター・ニンジャ』の資格なんてないのに」
「忍術を教えられるのは、マスター・ニンジャだけなの?」
「うん、次の世代に忍術を教える義務があるからね。功績や実力から見て、忍者の中でも優秀な人材が選ばれるんだ。僕なんかじゃ到底及ばないような人達ばかりさ」
自分は忍術を教える域には達していないと、フォンは本気で思っていた。しかし、クロエ達からすれば、そう深く考えるような悩みでもないように思えた。
「でも、その里はなくなったんだよね。フォン以上の適任はいないと思うよ」
あっけらかんと、当たり前のようにクロエが言った。
フォンは、豆鉄砲をくらったような表情を見せた。人に教え、導き、学ばせる師匠としての役割に、自分が適任だと言われたのが驚きだったのだ。
だが、それ以上に、信じられる仲間からの言葉は信用できるものでもあった。
「…………いいのかな、カレンを導くのが、僕で」
「咎める奴、いない。フォン、優しい。サーシャ、納得」
サーシャもまた、クロエと同じ意見のようで、無表情で彼の在り方を肯定する。
「勿論、今朝みたいにエッチなことをしないなら、だけどね」
「そ、そんなつもりじゃないんだって、あれは!」
「あはは、冗談だよ、冗談……可愛い弟分が誘惑されるのは、ほっとけないけど」
からからと笑うクロエの、ちょっとした独占欲を、フォンは聞いていなかった。
「ん? 何か言った、クロエ?」
「ううん、ただの独り言。それよりも――」
クロエは、ある話を切り出そうとした。今回の一件に関わる、唯一残った謎。最も大事な諸悪の根源を割り出す謎を解き明かすのは、さらりと邪魔された。
「――まだこの街にいたのかよ、フォン」
少し前と同じような状況で、同じく聞きたくもない声が、背後から聞こえた。