「『禁術』……?」

 クロエとサーシャは、目を見合わせた。フォンもまた、カレンをじっと見つめる様から、これまで一度だってお目にかかったことがないのだろう。

「使用を禁じられた忍術や忍法の総称だよ。僕の知る限りなら、この忍術は『獣人変化の術』……獣に巻物を読ませ、人間に変える術だと聞いたことがある。尤も、理屈は僕にもさっぱりだけどね」

 どうやら、忍術の中にも危険性が高い術があるようだ。フォンは軽々と操ってみせるから、クロエとしては忍者の間でも使われない忍術や忍法があるとは考えてもみなかった。
 確かに、獣を人間に変身させる奇怪な忍術など、普通の忍術以上に悪用できる。変身を自在に行えるのならば、猶更だ。

「サーシャ、魔法だと思った」
「魔法なら、魔力の残滓がある。けど、カレンからはそれが感じられない……おっと」

 サーシャとフォンがそんな話をしていると、カレンにようやく変化が起きた。僅かな身震いをしてから、藍色の大きな猫が、ゆっくりと大きな黄色い目を開いたのだ。

「……う、拙者は、一体……ッ!?」

 猫は、人語を話した。そんな技能を持つ魔物は珍しくないが、さっきまで人間であったなら話は別で、探してもそうそういない。
 やはりか、と言いたげに見つめている三人と目が合ったカレンは、全身の毛を逆立てて起き上がったかと思うと、一跳びで穴の外、フォン達の反対側に出た。赤い歯茎が見えるほどギザギザの歯を見せつける様子から、明らかに動揺し、また警戒している。

「お主ら、拙者に何をした!? よくも見たな、拙者の真の姿を!」
「何をしたって、何もしてないんだけどなあ……」

 耳を震わせ、黄色い目でこれでもかと睨みつけてくるカレンは、自滅したとしか言いようのない落下の原因をぶつけられる三人の温度差に、いつ気付くだろうか。
 いや、きっと有り得ない。これまでの彼女の行動を見るに、絶対に認めない。

「拙者の姿を見られたからには、生かしてはおけぬでござる! もとより悪党の集まり、この際纏めて始末してやるでござる!」

 やれやれ、と肩を竦めるクロエに対し、カレンは二又の尾を立てて怒鳴った。
 このまま会話をしたところで、カレンはまともに取り合わないだろうし、どうせ最終的には彼女は爪を唸らせて襲いかかってくるだろう。

「また目的を忘れてるし……仕方ない、ちょっと静かにしてもらおっか」
「任せるよ」

 クロエがフォンと相談を交わした時、もうカレンは我慢の限界だった。

「何をごちゃごちゃと! いざ覚悟――」

 しかし、仮に我慢できなかったとしても、もう少し敵の動きに注意を払うべきだった。

「――ちく?」

 ちくり、と、妙な感覚が肩に奔ったのを感じた頃には、手遅れだった。
 急に視界が揺らいだかと思うと、カレンは急に、自分の体に力が入らなくなった。それどころか、筋肉と神経がびりびりと痺れて、意志に反して体が横に転がってしまった。

「あ、あら、あらら? 拙者の、体が、痺れ、て?」

 瞳しか動かないカレンがどうにか目を向けると、クロエは口元に、左手で黒色の細い筒を携えていた。彼女もカレンの視線に気づいたのか、軽く微笑んだ。

「フォン特製麻痺毒と、あたしの吹き矢の併せ技。弓矢使いが弓を構えてないと何もできないなんて、油断しちゃダメだよ」
「み、身動きが取れないでござる……おのれ……!」

 じたばたと手足の先しか動かせないカレンに、三人が近寄り、顔を近づける。

「さて、それじゃあカレン、貴女について聞かせてもらおっか。どうして魔物が人間になれたのか、忍術を学べたのか。正義の味方を名乗って、悪党をやっつけてるのか」

 クロエはなるべく優しく聞いたつもりだったが、カレンは出来る限りそっぽを向く。

「お、お主らに話すことなど何もないでござる! 殺すなら殺すがいいでござる!」
「ふうん? サーシャ、この子が殺してほしいんだって」
「分かった」

 カレンが自白する気がないと判断したクロエは、サーシャにそう言った。

「ひっ……!」

 その途端、サーシャはカレンの眼前に座り込むと、彼女の首筋、直ぐ隣の地面に背中から引き抜いたメイスを突き立てた。一撃で抉れた地面を見て、カレンは破壊された土と自分の首を重ねて、思わず喉の奥から引き攣った声を上げた。

「サーシャ、お前を殺すの、躊躇わない。頭を潰すから、遺言、サーシャに言え」

 サーシャに冗談は通じない。殺すと言えば殺す。
 ハイライトのない目で死刑宣告をされたカレンは、ほんの少しだけ間を開けて、媚びを売るような顔で弱弱しく答えた。

「…………わ、分かったでござる。教えるから、武器を仕舞ってほしいでござる!」

 三人の予想を遥かに下回り、あっさりとカレンは口を割った。

(僕が言えたものじゃないけど、忍者と呼ぶには難しいな)

 口にするとどうなるかは火を見るよりも明らかだったので、フォンはあえて黙っていた。