そんな彼を瞑想の世界から引きずり出したのは、次第に散り散りになってゆく群衆の中から、唯一こちらに駆け寄ってくる二人の女性だ。

「フォン!」

 クロエとサーシャ。
 案内所からフォンを追いかけてきた二人が、群衆から飛び出したのだ。クロエだけならもう少し早かったのだろうが、彼女はパンケーキの突き刺さったフォークを未だに握っているサーシャを引きずって、ここまで来たのだ。

「お前、はぐ、いきなり飛び出した、もぐ。サーシャ、お前が消えると、むぐ、困る」

 大口を開けて三枚連なったパンケーキを頬張るサーシャと、クロエを見て、フォンは疑念の影を取り払い、いつもの穏やかな、少し申し訳なさそうな表情を取り戻した。

「クロエ、サーシャ。ごめんね、どうしても気になったから……」
「謝らなくていいよ。それよりも、どう? やっぱり、忍者だよね、あれ?」

 クロエの問いに、フォンは頷いた。

「忍術を使い、素早い身のこなしで暴漢の攻撃を軽くかわしてみせたし、忍者としての名も名乗った。今のところ、彼女は忍者だと僕は思ってる」
「女の人でも忍者になれるの?」

 首を傾げるクロエに対し、フォンは再び頷く。

「本人が望むなら、忍者には男女老若問わずに入門できるよ。女性なら潜入できるところも増えるし、繊細な作業もこなせるから、一時期は女性の忍者――『くのいち』の方が多かったくらいだ」

 忍者の世界では、女性の忍者は『くのいち』と呼ばれる。
 由来は女性名詞を東国の言葉で分解した時にそう読める文字になるからとか、諸説あるが、現在はフォンが言った通りの固有名詞として使われている。事実、フォンの同期の弟子には、女性が多くいたのを、彼は覚えている。

「『くのいち』。お前、忍者の秘密、喋っていいのか?」
「信頼する仲間にならね。それにしても、僕以外にまだ、忍者が生きているなんて」

 忍者の秘密よりも、彼にとっては、自分以外の忍者がいるのが驚きなのだ。事情こそ今は言えないが、彼は忍者が滅んだ理由も把握しているし、滅んだ確信も持っている。
 なのに、こうもあっさりと見つかるとは。どうにも納得がいかない。

「……そんなに、他の忍者がいるのが驚きなの? どこかでこっそり里を作って、こっそり修行を積んでるかもよ?」
「……かもしれないね。ところで、二人はどうしてここに僕がいるって分かったの?」

 しかし、これ以上考えても仕方ないと、今度はフォンがクロエに聞いた。

「さっき、マルモ一家の奴らが逃げてきたのを見たの。火傷を負ってたし、もしかしたらトラブルが起きてるんじゃないかって思ってね」
「マルモ一家?」
「この辺りで幅を利かせてる連中だよ。表向きは用心棒で稼いでるんだけど、裏じゃ闇取引やコソ泥なんてのにも手を染めてるって、もっぱらの噂だね」
「危なそうな相手だ。そんな連中と、騒動を……」

 カレンと名乗った忍者は、相当な腕前の持ち主ではあるが、相手が悪そうだ。
 まともな忍者であれば、用心棒程度なら百対一の人数差でも容易く皆殺しにできるが、彼女はどこかおかしい忍者だ。もしもを、考えずにはいられない。
 フォンの表情から複雑な事情を感じ取ったクロエは、彼の肩を叩いて言った。

「とりあえず、何があったか聞かせてほしいな。案内所で依頼を受けるついでにね」
「分かった、案内所に戻るがてら話すよ。マルモ一家と子供が――……」

 軽く微笑み、フォンは、サーシャを引きずったままのクロエと共に、案内所へと歩き出した。辺りの群衆はいなくなり、子供達も両親らしい人物に抱き寄せられていた。
 いつも通りの露店の風景が返ってきて、客引きの声も戻ってくる。
 そんな人通りの中で、フォン達が歩いた方向とは別の道をすたすたと走っていく、少女の影。彼女は精肉店の傍の角を曲がると、ちょうど待っていた四人に声をかけた。

「……間違いないよ、兄ちゃん。フォンの奴、青い髪の女と揉め事を起こしてた!」

 声をかけられた四人とは、クラーク達勇者パーティだ。そしてフォンとカレンの騒動の一部始終をこっそりと見つめ、クラークに報告したのはジャスミンである。

「青い髪の女か。で、どこに行った?」
「屋根を上って、東に走ってったよ。どうするの、兄ちゃん?」

 サラとパトリス、ジャスミンはそんな話を聞いてどうするのかと首を傾げていたが、マリィだけは、クラークの真意に気付いているようだった。

「……使えるぜ、その女。フォンも、フォンの仲間も纏めて潰すのにな」

 フォン達を破滅させかねない恐るべき計画を脳裏に留めたまま、醜い笑みを浮かべる銀髪の勇者は、ジャスミンに命令した。

「ジャスミン、そいつを探しとけ。居場所が分かったら、俺とマリィに知らせろ」
「りょーかい!」

 ジャスミンも、子供らしからぬ意地の悪い笑顔のまま、その場を走り去った。
 遠くなる剣士の赤紫のツインテールを見つめるクラーク。
 今度こそ邪魔な忍者達を排除できると思うだけで、彼は仄暗い笑いが止まらなかった。