大の男が泣き喚くような叫びだったので、思わずフォン達も、勇者パーティも動きを止めた。彼らが硬直したのだから、案内所の人々が固まるのも当然だ。

「……今の声は、外から?」
「どこかの誰かが喧嘩でもしてるんだろ、放っとけ。それより、よくも俺に……」

 サラの疑問を無視し、クラークはフォンに掴みかかろうとしたが、そうはいかない。

「……忍者だと……何言って……わああぁッ!」
「……忍者!?」

 目を見開いたフォンが、伸びてきたクラークの手をすり抜け、立ち上がったからだ。
 しかも、クロエやサーシャが止める間もなく、案内所の外へと向かって走り出した。あまりにいきなり動き出したので、クロエはただ彼に呼びかけるだけだ。

「フォン、どこに行くの!?」
「今、忍者って聞こえたんだ! 里は滅びたのに、僕の外に忍者がいるはずがない! 三代目フォンとして、確かめないと!」
「聞こえたからって、そんな……ああ、もう! サーシャ、あたし達も行くわよ!」

 忍者は、フォンが世界最後の存在。ならば、もう一人いるなどおかしい。
 真偽を確かめるというだけで案内所を出て、駆け出したフォン。だとすればクロエが追いかけない理由はなく、勇者達を置いて同じく席を立ち、パンケーキを頬張ったままのサーシャを引きずって行ってしまった。

「おい、待てよ! まだ話は終わっちゃねえぞーッ!」

 残された勇者パーティは、ただ案内所で叫ぶばかりで、追いかけてはこなかった。パトリスと受付嬢だけは、少し安堵したようだった。
 一方で、フォンはクロエ達を待たずに、既に案内所を離れてしまっていた。

「忍者……忍者なんて!」

 案内所を出て右に走り、フォンは立ち止まる。
 サーシャと決闘した時のように、案内所のすぐ前で騒動が起きているわけではないようだ。人だかりも周囲に見えないが、フォンは見闇に走り回りなどしない。
 目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。人の足音、僅かな声、風の流れで居場所を割り出す。

「声が聞こえてきた方角、人の流れ……あっちだ!」

 声のする方角が、自身が立つ場所から南東、そして北北東に進んだ先だと気づいたフォンは、目を閉じると姿勢を前に屈めて再び駆けだした。
 彼の走る速度は、仮に彼が両足に掌大の鉄の重りを五十個つけても、常人では追いつけないほど。しかも足音を全く立てず、石と石の間の砂すら巻き上げない彼の俊足は、たちまち彼を騒動の渦中の現場へと辿り着かせた。

「――いた!」

 彼の視界の先には、大通りに立ち並んだ露店と群衆、尻餅をついた三人の屈強な男達。
 そして、頬を赤く腫らした二人の子供を守る、妙な格好の少女。
 髪型は青いショートヘアに二本のアホ毛。目は猫のように丸い黄色で、眉も髪と同じ色。藍色の男性用シャツの上から、ぶかぶかの黒いコートを羽織っている。履いているのは上着と同じ色の短いプリーツスカートと、赤茶色の長靴。
 白い鞄を斜め掛けにした彼女の背丈はフォンより頭二つ分ほど小さいが、出るところははっきり出た、所謂トランジスタグラマー体型。見た目は間違いなく普通の少女だが、指を突き出した構え、敵意を剥き出しにした瞳は、明らかに普通ではない。
 そんな彼女とトラブルを起こしたらしい男達は、尻と、殴られたらしい肩や腹を擦りながら、少女に向かって怒鳴り散らした。

「な、なにしやがるんだ、テメェ! いきなり殴りかかってきやがって!」
「しかも忍者だと、何言ってやがる! わけのわかんねえことを!」

 周囲の人々がびくりと震えるような怒声に、少女は獣のような甲高い声で返した。

「黙れ、悪党共! いたいけな子供達にぶつかっただけでなく、暴力まで振るうとは悪逆無道! 拙者の目が青いうちは、そんな非道は許さんでござる!」

 彼女の話が正しければ、どうやら男達が子供にぶつかり、暴力を働いたようだ。そこに通りかかった彼女が、子供達を庇って攻撃したと推測できる。
 少女はというと、男達の視線など無視して、子供に振り返り、にっこりと微笑む。

「大丈夫でござるか、童達よ。拙者が来たからには、もう安心でござるよ」

 子供達は怯えながらも、小さくこくこくと頷く。一方、自分達など敵ではないと言うかのような態度に、悪漢達は火が付いたようだ。

「とんちきな喋り方しやがって、ムカつくぜ!」
「俺達にぶつかったガキに、身の振りようを教えてやって何が悪いってんだ! さっきのはまぐれだ、お前ら、やっちまうぞ!」

 ぎりり、と拳を握り締めた男達は、背を向けた少女に一斉に殴りかかった。
 フォンよりずっと大きな体躯の持ち主が襲ってくるのだ、子供達が悲鳴に近い声を上げるのも当然である。ところが、背を向けたままの少女は、ちっとも動じなかった。

「甘い!」

 それどこか、男達が殴ろうとした瞬間、くるりと宙に舞って、攻撃を避けた。