この街で、勇者パーティを知らない者はいない。
 それくらい、彼らは名高く、また相応の実力を兼ね備えている。五人のメンバー全員が並でない力を有し、特に勇者は、その職業に就いていると聞いただけで一部の村落や部落では崇められるほどだ。
 そんな五人組がどうしてフォンに近寄ってきたのかというと、彼らとフォンの間には浅からぬ因縁があるのだ。
 もとより、フォンは彼らのパーティで雑用係として勤めていたのだが、新人の加入に伴い、彼らは乱暴な形でフォンをクビへと追い込んだのである。彼が忍者とも知らずにクビにしたのを発端として、双方では埋めきれない溝が生まれてしまった。
 といっても、フォンの方はさして気にしていない。根に持っているのは、クラークだ。

「聞いたぜ、マンイーターを討伐したって?」

 ねちっこい侮蔑を浮かべ、クラークはフォンに整った顔を寄せる。フォンはというと、彼を微塵も見ずに、冷たい視線を空になった皿に向けている。

「うん、少し前にね。それがどうかした?」
「あんなもんを倒したくらいで、随分なはしゃぎようじゃねえか、なあ? 関係ねえが、俺達は昨日、ワイバーンを二頭も討伐してきたところだぜ」
「そっか、おめでとう。他に用事がないなら、僕達はもう行くよ」

 明らかに会話をしたくない、触れたくないと思っているのは明らかだが、クラークにとってはこの態度が苛立つようだ。

「言ってる意味が分からねえのか? 図に乗るなってことだよ、フォンの分際で」

 テーブルを乱暴に掌で叩き、クラークは威圧するように、一層顔を寄せた。
 ちなみに彼が戦果を自慢しているのは、単に討伐した魔物の差でマウントを取っているだけではない。フォンが離脱したことで発生した様々なトラブルなどちっとも痛くないのだと、アピールも含めているのだ。
 ただ、フォンはともかく、こんな陰湿な口撃をクロエが見過ごすはずがない。

「だったら、そう言えばいいでしょ。間抜けな自慢話なんかしないでさ」

 椅子から立ち上がった彼女が口を尖らせて警告すると、クラークは彼女を殺意すら孕んだ目で睨んだ。しかも、今度は彼のパーティ仲間も黙っていなかった。

「兄ちゃんを馬鹿にしたらただじゃおかないよ、おばさん」

 ずい、とクラークの前に出て威圧する少女は、剣士のジャスミン。赤紫のツインテールと子供っぽい顔つき、低い背丈が特徴で、背負った剣による二刀流剣術を得意とする。
 クラークを兄ちゃん、と呼んで慕うジャスミンだが、クロエは彼女が口喧嘩を売ってきたと知るや否や、明確に小馬鹿にした表情で、猫なで声を喉から発した。

「あらあら、その兄ちゃんを見捨てて、あたし達に媚び売ってぶん殴られたのはどこのどなたかしら、ジャスミンちゃん? まだお顔が腫れてるみたいでちゅねー?」

 にやにやと笑うクロエに対して、ジャスミンは早くもたじろぐ。
 それもそのはず、以前とある依頼で、ジャスミンは我が身可愛さに仲間を見捨て、あまつさえフォン達の仲間に加わろうとしたのだ。その時はクロエに顔面を殴られて失神したが、今尚勇者パーティに属せているのが、甚だ疑問である。

「どうちまちたー? 泣きそうな、ブサイクなお顔は元々でちゅかー?」

 年相応の弱いメンタルの持ち主なのか、ジャスミンが俯き、頬を膨らませて涙を堪える。

「うぐ、わ、私は可愛いもん、可愛いから許されてるもん……!」

 ジャスミンだけではとても勝ち目がないと踏んだらしく、彼女を引き寄せて代わりに前に出たのは、同じく勇者パーティのメンバーで、戦士もとい拳闘士のサラ。
 目の覚める赤色のショートヘアと鍛えられた体つき、勝ち気な顔つきが目立つ。クロエと同年代らしいのか、幾分冷静にフォン達を見下しつつ、自分達の上位性を保とうとする辺り、パーティの中では調停役でもあるようだ。

「よしな、ジャスミン。弱小パーティの遠吠えなんて、気にするだけ無駄だっての」
「サーシャに負けた奴、何を言っても無様」
「なんだとコラァ!?」

 ただし、こちらはこちらで随分と短気で、その役割を果たせるものか。
 彼女は彼女で、サーシャに喧嘩を売って大敗した過去を持つ。だからこそサーシャは冷静に突き放したし、サラは簡単に逆上したのだ。
 とにかく、サラが激昂したことで、沈殿していた危険な雰囲気が一気に爆発し、勇者パーティの三人はたちまち臨戦態勢となった。周囲の冒険者は喧嘩にはしゃぎ、案内所務めの受付嬢は、はらはらと行く末を見守るばかり。
 尤も、勇者パーティは乱暴者ばかりではない。落ち着いた心持ちの者もいる。

「待ってください、こんなところで喧嘩なんて! マリィさんも止めてください!」

 おろおろと慌てた様子で仲裁を試みようとするパトリスが、その最たる例だ。
 綺麗なブロンドの髪とグラマラスな体型の、フォンの代役としてスカウトされてパーティに加入したパトリスは、勇者に毒されていない唯一の人員だ。鎧を纏った体でどうにか間に入り、喧嘩など良くないと必死に説得している。

「……フォン、こんな乱暴な人達と、これからも一緒にいるつもりなの?」
「マリィさん!?」

 ところが、もう一人はそうではない。寧ろ、フォンの仲間達を憎んでいる。
 生還しつつもクロエ達を侮辱したのは、小柄な栗毛の少女、マリィ。魔法使いらしく杖を携えた彼女は、地味で気弱そうな外見とは裏腹に、打算的で狡猾らしい。
 何せ、フォンとの友好関係を捨ててクラークと恋仲になった挙句、彼が有能だと知ると引き戻そうとしたのだ。しかも、フォンを奪い返す気持ちは全く変わっていないらしく、パトリスが驚く状況ですら、彼にクロエ達仲間の無能さを説いている。
 フォンの目が鋭く光るよりも先に、クロエが我慢ならない調子でマリィに詰め寄った。

「あんた達よりは、というかあんたよりはずっとましだと思うけど? フォンの力を知ってから引き戻そうなんて小汚い真似、あたしの目が黒いうちは絶対に――」

 許さない、とクロエが言いかけたのと、全員が黙るのはほぼ同時だった。

「――ぎゃああぁぁッ!?」

 突然、鋭い悲鳴が案内所の外から聞こえてきたのだから。