どちらでもなく笑っていると、クロエがフォンに声をかけた。
「――フォン、そろそろ時間だよ」
彼女達はもう、三人とも馬車に乗り込んでいた。
振り向いたフォンは頷くと、クラーク達に言った。
「分かった。クラーク、アンジェラ、皆……街を、よろしく頼んだよ」
「任せてちょうだい。彼らの危機には、いつでも駆けつけるわ」
「せいぜい街の奴らに怒鳴られながら、やってやるさ……それと……」
クラークはというと、また、どうにも照れ隠しにもなっていない顔を見せていた。だが、再びサラに肘で小突かれ、今度こそ観念した調子で、しかし彼の顔を見て告げた。
「……ありがとよ。俺を、闇から救い出してくれて……ずっと、言えなかったからよ」
彼が口にしたのは、感謝だった。
心の底から伝えられた初めての、ありがとうの気持ちは、フォンの頬を伝った。
「……僕の方こそ、ありがとう。君のことは、忘れない」
だが、涙の別れはよくないと思ったのか、フォンは歯を見せてにっこりと笑った。クラークもまた、深い絆の友に見せるように、大口を三日月のようにつり上げて笑った。
「また会おう、皆。いつになるかは分からないけど、きっと、いつか!」
「はっ! それまでくたばるんじゃねえぞ、フォン!」
かつん、とぶつけ合う拳を最後に、フォンは馬車に乗り込んでいく。
馬が街の外へと出ていくのを、クラーク達とアンジェラはずっと、手を振って見送っていた。フォン達も、彼らの姿が点になって見えなくなるまで、ずっと手を振った。
声も聞こえなくなり、街の入り口すら遠くなった。
草原と砂の道だけが延々と続く世界を進んでいく最中、色んな話に花を咲かせる四人のうち、ふと、クロエは流れる景色を見つめているフォンに気づいた。
彼の肩を叩くと、やっとフォンは振り向いた。
「……ねえ、フォン。こんな未来を、君は想像できた?」
そんな彼に、クロエは聞いた。
「自分をクビにした勇者と友情を紡いで、あたし達と冒険者を辞めて世界を旅して回るなんて、想像できたかな? あたしは、うん、全然予想なんてできなかった」
フォンは首を横に振った。
「……できなかったよ。正直、今でも夢なんじゃないかなって、ちょっと思ってる」
これまでの出会いと物語は、全て覚えている。
勇者パーティをクビになった。クロエと出会った。
サーシャと戦った。カレンの師匠になった。
忍者カルト教団を相手取り、アンジェラと知り合った。
リヴォルとの因縁を思い出し、死闘を繰り広げた。
策を巡らせる勇者パーティと決闘して、記憶の手掛かりを探した。
過去を知って、受け入れた。
忍者兵団との決着をつけた。
――全てが幻であるならばと考えると、フォンは少しだけ恐れずにはいられなかった。
「皆と出会ってから、今までいろんなことがあった。もしかしたら、全部夢で、目が覚めたら忍者の里にいるんじゃないかって思うと、少しだけ怖いかな」
朝、起きれば何もかもが消えているのではないか。
ありもしない幻想を掻き消してくれたのは、決して幻ではない仲間達だ。
「安心しろ。サーシャとお前達の今は、全部ここにある」
「夢などではござらんよ。拙者と、師匠と、仲間と過ごした日々は!」
そして、それはこれからも変わらないのだ。
四人が寄り添い、共に歩む今は、幻でも夢でもない、紛れもない現実なのだ。
「……そうだね」
それぞれが手を寄せ合い、体を寄せ合い、温かさを分かち合った。
――ふと、フォンは空を見上げた。
雲一つない晴れた空。永遠に続く、明日への架け橋。
だけど、喜びだけとは限らない。悲しみも、苦しみも、痛みもついて回る。生きている以上は必ずやって来る。時には、どうしようもない絶望も押し寄せるだろう。
雨の日もある。曇りの日も、雷雨も、猛風だって吹くだろう。
「どんな旅になるか分からないし、これまでよりもずっと厳しい戦いが待ってるかもしれない。けど、これだけは言える。皆との旅に、後悔はない」
だから何だというのだと、彼は言った。
天変地異が起ころうと、世界の終わりが来ようと、恐れはない。
信じられる確かなものが、ここにあるのだから。
「僕にとって、今この瞬間が、いつだって幸せだから」
四人の絆に、終わりはない。果てもない。
誰もが、同じ気持ちを抱いていた。
四人一緒に笑った顔は、一枚の絵のようだった。
――そしてフォンは、心の中で言った。
(師匠、僕は僕の道を往きます。貴方がくれた道標の、ずっとその先へ――)
弾得ての愛情を与えてくれた、愛しきあの人へ。
生き方を、生き様を与えてくれた、永遠に忘れないあの人へ。
告げるのだ。宣誓するのだ。
忍者でもない。他の誰でも、何でもない。
(――忍ばずに、生きます)
ただのフォンとして、終わらない道を歩み続けるのだと。
遥かな地平線と山の隙間から、ゆっくりと陽が空へと昇ってゆく。
果てなき明日への導が、馬車に揺られる四人を照らした。
瞳の先に映るのは、眩い光。
仲間と、未来と、希望に満ち溢れた――新たな日々の、始まりだ。
『勇者パーティーをクビになった忍者、忍ばずに生きます』 完
「――フォン、そろそろ時間だよ」
彼女達はもう、三人とも馬車に乗り込んでいた。
振り向いたフォンは頷くと、クラーク達に言った。
「分かった。クラーク、アンジェラ、皆……街を、よろしく頼んだよ」
「任せてちょうだい。彼らの危機には、いつでも駆けつけるわ」
「せいぜい街の奴らに怒鳴られながら、やってやるさ……それと……」
クラークはというと、また、どうにも照れ隠しにもなっていない顔を見せていた。だが、再びサラに肘で小突かれ、今度こそ観念した調子で、しかし彼の顔を見て告げた。
「……ありがとよ。俺を、闇から救い出してくれて……ずっと、言えなかったからよ」
彼が口にしたのは、感謝だった。
心の底から伝えられた初めての、ありがとうの気持ちは、フォンの頬を伝った。
「……僕の方こそ、ありがとう。君のことは、忘れない」
だが、涙の別れはよくないと思ったのか、フォンは歯を見せてにっこりと笑った。クラークもまた、深い絆の友に見せるように、大口を三日月のようにつり上げて笑った。
「また会おう、皆。いつになるかは分からないけど、きっと、いつか!」
「はっ! それまでくたばるんじゃねえぞ、フォン!」
かつん、とぶつけ合う拳を最後に、フォンは馬車に乗り込んでいく。
馬が街の外へと出ていくのを、クラーク達とアンジェラはずっと、手を振って見送っていた。フォン達も、彼らの姿が点になって見えなくなるまで、ずっと手を振った。
声も聞こえなくなり、街の入り口すら遠くなった。
草原と砂の道だけが延々と続く世界を進んでいく最中、色んな話に花を咲かせる四人のうち、ふと、クロエは流れる景色を見つめているフォンに気づいた。
彼の肩を叩くと、やっとフォンは振り向いた。
「……ねえ、フォン。こんな未来を、君は想像できた?」
そんな彼に、クロエは聞いた。
「自分をクビにした勇者と友情を紡いで、あたし達と冒険者を辞めて世界を旅して回るなんて、想像できたかな? あたしは、うん、全然予想なんてできなかった」
フォンは首を横に振った。
「……できなかったよ。正直、今でも夢なんじゃないかなって、ちょっと思ってる」
これまでの出会いと物語は、全て覚えている。
勇者パーティをクビになった。クロエと出会った。
サーシャと戦った。カレンの師匠になった。
忍者カルト教団を相手取り、アンジェラと知り合った。
リヴォルとの因縁を思い出し、死闘を繰り広げた。
策を巡らせる勇者パーティと決闘して、記憶の手掛かりを探した。
過去を知って、受け入れた。
忍者兵団との決着をつけた。
――全てが幻であるならばと考えると、フォンは少しだけ恐れずにはいられなかった。
「皆と出会ってから、今までいろんなことがあった。もしかしたら、全部夢で、目が覚めたら忍者の里にいるんじゃないかって思うと、少しだけ怖いかな」
朝、起きれば何もかもが消えているのではないか。
ありもしない幻想を掻き消してくれたのは、決して幻ではない仲間達だ。
「安心しろ。サーシャとお前達の今は、全部ここにある」
「夢などではござらんよ。拙者と、師匠と、仲間と過ごした日々は!」
そして、それはこれからも変わらないのだ。
四人が寄り添い、共に歩む今は、幻でも夢でもない、紛れもない現実なのだ。
「……そうだね」
それぞれが手を寄せ合い、体を寄せ合い、温かさを分かち合った。
――ふと、フォンは空を見上げた。
雲一つない晴れた空。永遠に続く、明日への架け橋。
だけど、喜びだけとは限らない。悲しみも、苦しみも、痛みもついて回る。生きている以上は必ずやって来る。時には、どうしようもない絶望も押し寄せるだろう。
雨の日もある。曇りの日も、雷雨も、猛風だって吹くだろう。
「どんな旅になるか分からないし、これまでよりもずっと厳しい戦いが待ってるかもしれない。けど、これだけは言える。皆との旅に、後悔はない」
だから何だというのだと、彼は言った。
天変地異が起ころうと、世界の終わりが来ようと、恐れはない。
信じられる確かなものが、ここにあるのだから。
「僕にとって、今この瞬間が、いつだって幸せだから」
四人の絆に、終わりはない。果てもない。
誰もが、同じ気持ちを抱いていた。
四人一緒に笑った顔は、一枚の絵のようだった。
――そしてフォンは、心の中で言った。
(師匠、僕は僕の道を往きます。貴方がくれた道標の、ずっとその先へ――)
弾得ての愛情を与えてくれた、愛しきあの人へ。
生き方を、生き様を与えてくれた、永遠に忘れないあの人へ。
告げるのだ。宣誓するのだ。
忍者でもない。他の誰でも、何でもない。
(――忍ばずに、生きます)
ただのフォンとして、終わらない道を歩み続けるのだと。
遥かな地平線と山の隙間から、ゆっくりと陽が空へと昇ってゆく。
果てなき明日への導が、馬車に揺られる四人を照らした。
瞳の先に映るのは、眩い光。
仲間と、未来と、希望に満ち溢れた――新たな日々の、始まりだ。
『勇者パーティーをクビになった忍者、忍ばずに生きます』 完