真っ先に標的にされても、クロエは恐れなかった。
逃げも隠れもしなかったのは、彼女にはフォンの言う通り、攻撃が見えていたのだ。
(見える――どうしてか分からないけど、どんな攻撃が来るのかが分かる!)
さっきまでは未知の領域にあったハンゾーの技が、サーシャやカレンの視線を辿っていくと、無限に感じる刹那の隙間で読み取れた。
自分の心臓を狙う突きの一撃。左側から、斜めに抉る角度で突っ込んでくる。
瞬きと瞬きの間で全てを察したクロエは、体を捻らせて攻撃を避けた。
ならばとばかりに、ハンゾーはサーシャに標的を変えた。しかしこれも、まるで無意味で、サーシャはドラゴンメイスで弾き返す。まるで、攻撃の強弱すらも分かるかのように。
『ぬううぅ!? 忍者でもない雑兵の弓兵と田舎者に、儂の攻撃がぁッ!?』
驚愕するハンゾーの前で、サーシャ達は反撃に転じる。
「サーシャ、避けられる! どこに攻撃が来るか、分かる!」
『分かるじゃと、避けられるじゃと!? あり得るはずがなかろう、儂はレジェンダリー・ニンジャだぞ! 最も偉大な忍者の究極忍術が、敗れるはずがないいいぃいッ!?』
最早無我夢中で殴打、刺突をあてずっぽうにも見えるくらいの勢いで放つハンゾーの顔に、カレンの拳が直撃した。硬い鱗にひびが入るほどの打撃を受け、咄嗟に蛇が尾で薙ぎ払おうとするが、カレンすらもそれをかわしてみせた。
「先が見えるのなら、反撃もできるでござる!」
いよいよ、ハンゾーの攻撃は誰にも当たらなくなった。
信じられない結果が広がる現実を拒むハンゾーは、ただ喚くばかりだ。
『猫の魔物風情が、儂に触れることが、許されると思うなァ!』
「違う! カレンは忍者だ、お前よりもずっと立派な忍者で、僕の自慢の弟子だ!」
防がねば。逃げねば。守らねば。
あらゆる思考と行動が、畳みかける忍者パーティの猛攻とフォンの言葉で遮られる。
「お前が雑兵だと罵ったクロエは誰よりも優しくて、強い心を持ってる! サーシャはトレイル一族の誇り高い戦士だ! お前が思っているような弱者は、ここにはいない!」
拳、蹴り、メイス、鏃。全てが嵐のように降り注ぎ、ハンゾーを滅ぼしにかかる。
四対一だからハンゾーに対して有利なのではない。フォン達四人が、一人であるかのように心を繋ぎ合わせ、戦うからこそ強いのだ。
絶え間ない連撃で、鱗が剥がれる。顔が潰れる。骨が砕けてゆく。
『ぶッ!? おご、が、ぐぎいぃぃ!?』
必死に耐える弱き蛇の姿に、もうレジェンダリー・ニンジャの面影はない。
「誰もがお前よりも強いんだ、ハンゾー! 洗脳でしか人を従えられず、人をやめることでしか人を圧倒できないレジェンダリー・ニンジャなんかよりも、ずっと強いんだ!」
『戯言を、吐くなアアア!』
それでも、虚勢を吐くかの如く口を大袈裟に開いて威嚇したハンゾーだったが、目の前にいたのは既にフォンではなかった。
代わりに居たのは、彼が心から信頼する仲間だ。
「フォンに手出しなんて、させないよ!」
「サーシャの心、燃え滾ってる! トレイル一族の誇り、くらってみろ!」
「師匠を守るは弟子の役目でござる! 拙者の最強忍法、いまこそお披露目の時!」
クロエが構えた矢を、金色と白銀に輝く轟雷と風雲が纏う。
サーシャが振りかざしたメイスが、禍々しい鬼神の覇気を帯びる。
カレンが構えた爪には、青よりも蒼い炎が燃え盛る。
「忍魔法矢――風陣雷刃!」
「『山赦四連撃』!」
「忍法・火遁『極炎花蓮』!」
三人が同時に解き放った忍術に、ハンゾーの威嚇などまるで無駄だった。
『ぬううぐうわあああああ!?』
体を潰され、焼かれ、切り刻まれる激痛。忍者であった頃には一度だって傷つかなかった鱗が剥がれ、失われる痛みは筆舌に尽くしがたい。
潰れた眼窩から血が噴き出し、開きすぎた口の中にある牙が何本も折れている。攻撃された衝撃で体が跳ね跳び、受け身を取る間もなく、床に叩きつけられる。必死な思考だけが、今やハンゾーを現実に引き留めている。
(そんな、馬鹿な、馬鹿な!? 儂の忍術は、レジェンダリー・ニンジャとしての実力は確かなはず! こんな忍者のなり損ないとゴミ共に、後れを取るなどあり得ぬ!)
ただ、考えるだけの彼は、考えられる以外の異変に、今になって気づいた。
顔が潰れた影響か、体中の臓器が破壊されたせいか、匂いや体温で敵の姿が感知できなくなっていたのだ。目が使えない今、彼が敵の場所を知る手段は、気配だけだ。
『読めぬ、体温を察知できぬ!? どこじゃ、どこに行きおった、小僧共――』
そして、ハンゾーは最後まで知らなかった。
フォンの気配遮断能力は、既に慢心した老忍者よりも遥かに上だということに。
「――ここだ、ハンゾー。僕達全員が、お前を討つ」
はっと、ハンゾーは気づいた。
敵はどこにも逃げていない。距離も取っていないし、隠れてもいない。
彼らは最初から、自分の前に居た。武器を捨てた四人が、拳を引き、構えているのだ。
痛みも苦しみも、一瞬だけ全てを忘れたハンゾーの見えない眼に映ったのは、四人の姿ではなかった。自分が誅殺した息子にして、フォンの師匠――先代フォンだった。
(――先代? フォンの姿が、奴に、被って?)
あの男が笑っている。何度も、何度も人の可能性を説き、忍者に立ちはだかる男が。
瞬間、ハンゾーの感情が爆発し、血液が弾け飛んだ。
『――どこまで、どこまで儂の邪魔をする気だ、この出来損ないがあぁッ!』
レジェンダリー・ニンジャの怒号に応えたのは、先代の遺志を継いだ、今のフォンだ。
「決まっている! お前が与える絶望を希望に変えるまでだ!」
彼らはもう止まらない。止められない。
拳に輝く七色の光は、忍術や忍法では明かし切れない、友情と絆で結ばれた奇跡の力。
「そして、これで影の世界に帰れ! 僕達だけの忍術――」
しかし、フォン達にとっては最高にして最強の忍術。
フォンが、クロエが、サーシャが、カレンが。
四人が裏を合わせずとも、心の中で誓った術の名を叫び――。
「究極忍術ッ! 『四天拳』ッ!」
四つの拳を、ハンゾーに叩き込んだ。
七色の閃光が、ハンゾーの蛇の体を貫く。肉体が吹き飛びはしない代わりに、その場にあらゆる世界の常識を超越した衝撃を留めて、彼の体を破壊し尽くす。
(四つの急所を、同時に!? 防ぎきれん、鱗が剥がれて、肉が、骨がああぁ!?)
広間の全てを埋め尽くすほどの力は、ハンゾーの持ちうる全てを破壊した。
闇が祓われてゆく。
忍者が齎そうとした狂気と恐怖が、希望の光に染まっていった。
『が、お、おおおおおおおおおぉぉぉぉおおおぉ――……ッ!』
そして、裂けた口で叫んだハンゾーは、光の収束と共に崩れ落ちた。
蛇の忍者と恐れられた伝説の男は、彼を強き者とする何もかもを失い、仰向けに倒れた。
逃げも隠れもしなかったのは、彼女にはフォンの言う通り、攻撃が見えていたのだ。
(見える――どうしてか分からないけど、どんな攻撃が来るのかが分かる!)
さっきまでは未知の領域にあったハンゾーの技が、サーシャやカレンの視線を辿っていくと、無限に感じる刹那の隙間で読み取れた。
自分の心臓を狙う突きの一撃。左側から、斜めに抉る角度で突っ込んでくる。
瞬きと瞬きの間で全てを察したクロエは、体を捻らせて攻撃を避けた。
ならばとばかりに、ハンゾーはサーシャに標的を変えた。しかしこれも、まるで無意味で、サーシャはドラゴンメイスで弾き返す。まるで、攻撃の強弱すらも分かるかのように。
『ぬううぅ!? 忍者でもない雑兵の弓兵と田舎者に、儂の攻撃がぁッ!?』
驚愕するハンゾーの前で、サーシャ達は反撃に転じる。
「サーシャ、避けられる! どこに攻撃が来るか、分かる!」
『分かるじゃと、避けられるじゃと!? あり得るはずがなかろう、儂はレジェンダリー・ニンジャだぞ! 最も偉大な忍者の究極忍術が、敗れるはずがないいいぃいッ!?』
最早無我夢中で殴打、刺突をあてずっぽうにも見えるくらいの勢いで放つハンゾーの顔に、カレンの拳が直撃した。硬い鱗にひびが入るほどの打撃を受け、咄嗟に蛇が尾で薙ぎ払おうとするが、カレンすらもそれをかわしてみせた。
「先が見えるのなら、反撃もできるでござる!」
いよいよ、ハンゾーの攻撃は誰にも当たらなくなった。
信じられない結果が広がる現実を拒むハンゾーは、ただ喚くばかりだ。
『猫の魔物風情が、儂に触れることが、許されると思うなァ!』
「違う! カレンは忍者だ、お前よりもずっと立派な忍者で、僕の自慢の弟子だ!」
防がねば。逃げねば。守らねば。
あらゆる思考と行動が、畳みかける忍者パーティの猛攻とフォンの言葉で遮られる。
「お前が雑兵だと罵ったクロエは誰よりも優しくて、強い心を持ってる! サーシャはトレイル一族の誇り高い戦士だ! お前が思っているような弱者は、ここにはいない!」
拳、蹴り、メイス、鏃。全てが嵐のように降り注ぎ、ハンゾーを滅ぼしにかかる。
四対一だからハンゾーに対して有利なのではない。フォン達四人が、一人であるかのように心を繋ぎ合わせ、戦うからこそ強いのだ。
絶え間ない連撃で、鱗が剥がれる。顔が潰れる。骨が砕けてゆく。
『ぶッ!? おご、が、ぐぎいぃぃ!?』
必死に耐える弱き蛇の姿に、もうレジェンダリー・ニンジャの面影はない。
「誰もがお前よりも強いんだ、ハンゾー! 洗脳でしか人を従えられず、人をやめることでしか人を圧倒できないレジェンダリー・ニンジャなんかよりも、ずっと強いんだ!」
『戯言を、吐くなアアア!』
それでも、虚勢を吐くかの如く口を大袈裟に開いて威嚇したハンゾーだったが、目の前にいたのは既にフォンではなかった。
代わりに居たのは、彼が心から信頼する仲間だ。
「フォンに手出しなんて、させないよ!」
「サーシャの心、燃え滾ってる! トレイル一族の誇り、くらってみろ!」
「師匠を守るは弟子の役目でござる! 拙者の最強忍法、いまこそお披露目の時!」
クロエが構えた矢を、金色と白銀に輝く轟雷と風雲が纏う。
サーシャが振りかざしたメイスが、禍々しい鬼神の覇気を帯びる。
カレンが構えた爪には、青よりも蒼い炎が燃え盛る。
「忍魔法矢――風陣雷刃!」
「『山赦四連撃』!」
「忍法・火遁『極炎花蓮』!」
三人が同時に解き放った忍術に、ハンゾーの威嚇などまるで無駄だった。
『ぬううぐうわあああああ!?』
体を潰され、焼かれ、切り刻まれる激痛。忍者であった頃には一度だって傷つかなかった鱗が剥がれ、失われる痛みは筆舌に尽くしがたい。
潰れた眼窩から血が噴き出し、開きすぎた口の中にある牙が何本も折れている。攻撃された衝撃で体が跳ね跳び、受け身を取る間もなく、床に叩きつけられる。必死な思考だけが、今やハンゾーを現実に引き留めている。
(そんな、馬鹿な、馬鹿な!? 儂の忍術は、レジェンダリー・ニンジャとしての実力は確かなはず! こんな忍者のなり損ないとゴミ共に、後れを取るなどあり得ぬ!)
ただ、考えるだけの彼は、考えられる以外の異変に、今になって気づいた。
顔が潰れた影響か、体中の臓器が破壊されたせいか、匂いや体温で敵の姿が感知できなくなっていたのだ。目が使えない今、彼が敵の場所を知る手段は、気配だけだ。
『読めぬ、体温を察知できぬ!? どこじゃ、どこに行きおった、小僧共――』
そして、ハンゾーは最後まで知らなかった。
フォンの気配遮断能力は、既に慢心した老忍者よりも遥かに上だということに。
「――ここだ、ハンゾー。僕達全員が、お前を討つ」
はっと、ハンゾーは気づいた。
敵はどこにも逃げていない。距離も取っていないし、隠れてもいない。
彼らは最初から、自分の前に居た。武器を捨てた四人が、拳を引き、構えているのだ。
痛みも苦しみも、一瞬だけ全てを忘れたハンゾーの見えない眼に映ったのは、四人の姿ではなかった。自分が誅殺した息子にして、フォンの師匠――先代フォンだった。
(――先代? フォンの姿が、奴に、被って?)
あの男が笑っている。何度も、何度も人の可能性を説き、忍者に立ちはだかる男が。
瞬間、ハンゾーの感情が爆発し、血液が弾け飛んだ。
『――どこまで、どこまで儂の邪魔をする気だ、この出来損ないがあぁッ!』
レジェンダリー・ニンジャの怒号に応えたのは、先代の遺志を継いだ、今のフォンだ。
「決まっている! お前が与える絶望を希望に変えるまでだ!」
彼らはもう止まらない。止められない。
拳に輝く七色の光は、忍術や忍法では明かし切れない、友情と絆で結ばれた奇跡の力。
「そして、これで影の世界に帰れ! 僕達だけの忍術――」
しかし、フォン達にとっては最高にして最強の忍術。
フォンが、クロエが、サーシャが、カレンが。
四人が裏を合わせずとも、心の中で誓った術の名を叫び――。
「究極忍術ッ! 『四天拳』ッ!」
四つの拳を、ハンゾーに叩き込んだ。
七色の閃光が、ハンゾーの蛇の体を貫く。肉体が吹き飛びはしない代わりに、その場にあらゆる世界の常識を超越した衝撃を留めて、彼の体を破壊し尽くす。
(四つの急所を、同時に!? 防ぎきれん、鱗が剥がれて、肉が、骨がああぁ!?)
広間の全てを埋め尽くすほどの力は、ハンゾーの持ちうる全てを破壊した。
闇が祓われてゆく。
忍者が齎そうとした狂気と恐怖が、希望の光に染まっていった。
『が、お、おおおおおおおおおぉぉぉぉおおおぉ――……ッ!』
そして、裂けた口で叫んだハンゾーは、光の収束と共に崩れ落ちた。
蛇の忍者と恐れられた伝説の男は、彼を強き者とする何もかもを失い、仰向けに倒れた。