「わざわざ洗脳しなおす理由を聞きたそうにしておるな? 決まっておる、儂の命令であの二人を殺させる為よ。自らの手で仲間を殺める……最大の屈辱と、罰であろう?」
「させるか……ぐぅッ!」

 ハンゾーの恐るべき意図を知ったフォンは、どうにかして彼の魔の手から逃れようと拳を振るったが、もう片方の手で容易く止められてしまう。

「させるか、はこちらの台詞じゃ。どうやら、もう少し仕置きが必要のようじゃな」

 それでもどうにか、と足掻こうとするも、今度は体が痺れたかのように静止してしまった。

(なッ……体が、動かない……!?)

 逃げなければ、避けなければと思っても、体がまるで命令を聞いてくれない。自分の体が石になってしまったのではないかと錯覚するほどに、ぴくりともしないのだ。
 視線すら動かすのが能わなくなったフォンの眼前で、ハンゾーは嘲笑する。

「僅かに儂の目を見たな? 動きを止める洗脳くらい、瞬きの間に見つめれば容易いわ」

 そう。フォンは既に、ハンゾーの術中にはまっていたのだ。
 抵抗したほんの刹那、一秒にも満たない間に合った視線で、彼は洗脳を完了させていた。

「さて、終わりにしようかの。儂の目を見て、もう一度忍者に戻るがよい」
(まずい、このままじゃ……!)

 汗を流すことすら許可されていない彼を助けようと、クロエとクラークが叫ぶ。

「フォン、目を閉じろ!」
「フォン!」

 しかし、彼らとて現状を維持するのに必死だ。忍者兵団の数は確かに減ったが、それでもまだ相当数が残っている。しかも、二人も相応に疲弊している。
 仮に、瞬く間に全滅させようと、こちらまで間に合わない。
 長期的な洗脳ならまだしも、ちょっとした命令を聞かせる程度なら、直ぐに終わるのだ。

「無駄じゃ、無駄。お主を助ける手段は、もうどこにも――」

 だからハンゾーは、あらゆる反抗を無駄だと嘲笑った。
 何をしても無駄だと思ったし、事実、彼らだけでは全てが無駄なのだ。
 現実は変わらない。彼らだけでは。

 ――彼らだけ、の話ならば。

「――でええりゃああああああああぁぁぁッ!」

 突如として鳴り響いた轟音と、広間を揺らす衝撃が、ハンゾーの現実を覆した。
 フォンとハンゾーの足元にひびが入ったかと思うと、いきなり床が崩れ落ちたのだ。

「なっ……!?」

 流石のハンゾーも、地面が崩壊すれば回避せざるを得ない。しかも、衝撃を起こした主の一撃が自分にも迫っていると察して、フォンを手放して距離を取るに至った。

「おいおい、なんだァ、何が起きたってんだァ!?」

 忍者兵団の動きも止まり、クラークが叫ぶ最中、破壊の根源が現出した。

「――階段を使わずに天井を直接突き破るのは、明暗でござるな、サーシャ!」
「サーシャ、頭いい! サーシャ、ナイスアイデア!」

 床を突き破って姿を現したのは、サーシャとカレンだ。
 なんと二人は、階段を使わず、天井を玉砕して上の階にやって来るという、とんでもないショートカット手段を用いたのだ。しかもそれは、結果としてフォンの窮地を救った。

「……サーシャ、カレン……!」

 忌々しそうにこちらを睨むハンゾーに背を向け、二人はフォンに白い歯を見せた。

「お待たせしたでござる、師匠! どうやら、危機一髪だったようでござるな!」
「助かったよ、二人とも……けど、君達と戦っていた彼女達は……?」

 おまけに、彼女達はまだサプライズを残していた。

「それなら、クロエ達のところにいるでござるよ」
「クロエ達の傍に、だって? まさか!?」

 フォンの疑問は、彼の後方で答えとなって実現した。

「「おりゃあああぁッ!」」

 クロエとクラークの真上から聞こえた声は、忍者を叩き潰し、切り刻んだ。
 これを好機と捉えた二人は、咄嗟に残された忍者達に攻撃を仕掛ける。流石の忍者も不意打ちには対処できなかったのか、あっという間に矢で射貫かれ、剣で斬り裂かれた。
 黒い纏の中から血飛沫が吹きあがり、骨が砕かれる。数の優位を保っていた忍者兵団だったが、クラークの剣で貫かれた亜人の忍者を最後に、全てが斃れ伏せる。
 忍者達の亡骸を創り上げ、クラークの両隣に立った彼女達に、勇者は見覚えがあった。
 いや、忘れるはずがない。

「――ったく、油断しすぎなんだよ、勇者を名乗ってるくせにさ」

 勇者パーティの仲間――サラとジャスミンの顔を、忘れられるはずがない。

「サラ、ジャスミン……お前ら、なんで……!?」

 恐らくカレン達と共に床を突き破って乱入したらしい二人は、もう洗脳された様子はなかった。その理由は、二人ではなく猫の忍者が話してくれた。

「拙者の忍術で洗脳を解かせてもらったでござる。まあ、そこから先は本人達の意志に任せたのでござるが……」

 カレンの忍術『幻猫眼』によって、勇者パーティの洗脳は解除された。
 逃げるか、戦うか。二つの選択肢のうち、サラ達はあっさりと答えを選んだ。

「結論はこうでござる、『バカな勇者に、最期までついていく』とな」

 果たして二人は、クラークの仲間であり続けた。
 どれだけ利用されようとも、仮初の絆であったとしても、それでもサラとジャスミンはクラークの傍を選んだ。恋慕の情や友情ではない、半ば腐れ縁のような気持ちで。

「マリィがいない理由くらいは察せるよ。あんたを利用しようとして自滅したんだろ?」
「ほーんと、マヌケだよねー。ま、洗脳されてた私達も同じなんだけどさ」

 しかし、二人は内心分かっている。腐れ縁も、ここまでくれば断ち切れない繋がりだと。

「言っとくけど、兄ちゃんに手を貸すのは正義の味方だからとか、そんなんじゃないよ。ただ、サラも私も、一番確実に生き残れる方に賭けたってだけだから!」

 だから、強がりにも似たジャスミンの言い分に、クラークも皮肉で返した。

「……可愛げのねえ奴らだよ、本当に!」

 傍から聞けば皮肉だが、彼ら、彼女らにとっては何よりも信頼できる言葉だ。
 本当の意味で信じ合えたクラーク達は、今、正しく真の勇者パーティだった。

「……つくづく、愚かな連中よのう……死の未来は変わらんというのに……!」

 しかし、フォンもクラークも、二人の仲間達も、ハンゾーを恐れない。

「どうだろうな。ギルディア最強の冒険者が手を組めば、変えられることだってあるぜ!」

 フォン、クロエ、サーシャ、カレン。
 クラーク、サラ、ジャスミン。
 幾度となくぶつかり合い、怒りと憎しみを叩きつけ合った者同士が、手を組む。
 呉越同舟ではなく、繋がれた証として。
 恐怖でも、狂気でもなく、勇気の体現として。

「ああ、そうだ――勇者パーティと忍者パーティが、ハンゾー、お前を倒す!」

 最良と最高が手を組み、今、最強となった。
 フォンの声とクラークの声が、最後の戦いの始まりを告げた。