「ふう、ふう……ここまで来れば、大丈夫かな」
「くそ、体が動かねえ、呼吸も辛れえ……!」

 マリィを先頭とした勇者パーティは、ようやく、洞窟の外まで戻って来られた。
 麻痺で二名ほど動けなくなっており、体力に自信のないマリィとパトリスが彼らを運ぶ羽目になったので、すっかり疲労困憊だ。泣き言を呻くクラークと、言葉を紡ぐ気力もないサラを辺りに寝かせて、ようやく二名はその場に座り込んだ。
 すると、聞き覚えのある声が、近くの岩場の上から聞こえてきた。

「あ、生きて帰ってきたんだ! うん、わ、私は帰ってくるって信じてたよ!」

 パーティを置いて真っ先に逃げ出した、ジャスミンだ。顔中に流れる汗を隠そうともせず、さも仲間として健闘したかのように振舞う彼女に、パーティの全員が怒った。

「ジャスミン、クソガキがぁ!」
「テメェ、よくも逃げやがったな!」
「よくも私達を捨てて行ったね、ジャスミン!」

 動けないはずのサラでさえ怒鳴り散らすさまを見て、最年少の剣士は、謝っているようで謝っていない、可愛さだけで許してもらえるように身をくねった。

「ごめんごめん、でもさ、あの状況じゃ死ぬかもしれないじゃん? 私の可愛さに免じて許してほしいな、なんてっ!」
「私達を見捨てたのに、そんな言い分を……!」

 パトリスは温厚さを捨てて怒るが、クラークはもう、どうでもいい様子だった。

「……もういい、それよりポーションでも飲まねえと……」

 クラーク達はポーションしか持っていない。体力の回復は出来るが、解毒をしなければ体は動かせない。ずっとここに寝転んでいるわけにもいかず、毒を受けていない者が、早急に街に戻らないといけない。

「ポーションじゃ回復しかできないし、早く解毒薬を街から持ってこないと!」
「だったらさっさと持ってこい、マリィ、パトリス! あとそこのガキもだ!」
「ガキって、酷い言い方じゃん、兄ちゃん。そこのババアと一緒にさ、ここで死んじゃうって時に言葉は選ばないとねえ?」
「だ、だ、誰がババアだ、ガキぃ……!」

 緊急事態にまで喧嘩をしているような連中では解毒薬を持ってこられるのはずっと先。

「――クラーク!」

 サーシャを追ってきたフォンとクロエが、ここで鉢合わせなければ。

「……フォン!」

 クラーク達にとっては、まさしく砂漠のオアシスのような存在だ。ただ、こちらのオアシスは、死屍累々の様を見て嫌な顔をする女性がついているが。

「うわ、酷いやられ方だね。フォン、これって……」
「痺れ毒だ、体の半身が痙攣して動けなくなってる。全員分の解毒剤はあるから、じっとしてて。それよりも、サーシャを見なかった?」

 フォンの質問を受けて、全員が怪訝な顔をする。

「昨日騒動を起こした、女戦士だよ。ここに来てるはずだけど――」

 その理由は、クラークの言葉の中に、全て凝縮されていた。

「俺達を逃がしてくれたけど、まだ洞窟の中だよ! そんなの、どうでもいいだろ!」

 どうでもいい。ただそれだけだ。

「……そんなの?」

 フォンの目が丸くなり、真意に気付いたクロエの表情が険しくなった。そんな彼らの心境などまるで無視して、クラーク達は口々に喚き始めた。

「お前ら、俺達を助けに来たんだろ!? さっさと解毒薬をくれ、そうしたら一旦退いて、依頼達成期限の間にもう一度戻ってくるからよ!」
「フォン、早く薬をちょうだい。皆動けなくて困ってるの」

 逃がしてくれたサーシャへの恩はあるのか。

「ねえ、私達、元とはいえ仲間じゃん。あの女より、私達の命の方が価値があるでしょ? それに私の方がずっとかわいいし!」

 命の価値に可愛さなど関係があるのか。

「お願いします。私達が依頼を達成できるように、お願いします!」
「大体、あの女は放っておいたって死ぬんだよ! いい加減薬を……」

 放っておいても死ぬと決めつけるのに、自分の命は。
 フォンは目を閉じ、開き、背負ったリュックの中から複数の粉薬を取り出した。何れも紫色の粉末で、彼はそれをマリィの前に置いてから、努めて静かに言った。

「……薬は置いてくよ。好きに使ってくれて構わない」

 クラークは、理解できなかった。自分達の要求は、薬と介護、そして再び戦えるように状況を整えること。薬だけを置いて行けなど、一言も言っていない。

「置いてく? お前、何言ってんだ?」
「兄ちゃんの言ってること、理解できてないの? 私達を助けてって言ったんだけど!」
「こんな時まで使えねえのかよ!」

 サラ、ジャスミンを含めた罵倒にも、フォンは返事をしなかった。

「フォン、冗談はやめて! 私達を街へ連れて行って!」

 ただ無視をして、ゆっくりと背を向けた。マリィの声も、もう届かない。

「ふざけんじゃねえぞ、フォン! 俺を誰だと思ってんだ、勇者クラーク……」

 そこまで言って、彼は黙った。フォンの背中から、どす黒い何かを感じたからだ。人とも、何とも違う、異様な空気。あっという間に黙り込んだ面々の前で、フォンは自分の中の感情を必死に抑え込むような声を絞り出した。

「――義を忘れるな。恩ある命を軽んじるな。生への敬意を払え。どれも忍者の掟だ」

 フォンが大事だと思う事柄。いや、人として大事な事柄。
 彼らは全てを破り、捨てて、己の保身ばかりを選んだ。こんな連中の為に、サーシャが今命を落とすかもしれないのに、こいつらは。
 こいつらは、ふざけているのか。

「僕はその掟に従ってきたし、これからもきっと従う。けど――人不殺の掟を破ってでも、僕は今、君達を殺してしまいかねない」

 少しだけ振り返り、ぎろりとクラークを睨んだ彼の目は、それそのものが死であり、絶望であり、殺意であった。