「おおおおぉぉぉッ!」

 拳とメイス、剣と爪がぶつかり合い、破壊が生み出される。
 宮殿の外壁すら打ち砕くサーシャの打撃に、騎士の鎧を引き裂くカレンの爪に、サラとジャスミンは肉薄する。これだけのスペックを、二人は真っ当な外見を保ったまま発揮する。
 決闘の際は、違法薬物を使ってやっと、ここまで強くなれた。自我も意識も残したまま、忍者の強化手段とは、どれほどまで人の限界を引き出すというのか。

「こいつら……速さも力も、決闘の時と段違いでござる! 『覚醒蝕薬』よりも強くなっていながら意識を保つとは、大したものでござるな、忍者の洗脳とは!」
「何言ってんの、これは自分達の実力だよっ!」

 訂正しよう。自我が完全に残っているとは言い難い。
 カレンの爪を弾くジャスミンも、サーシャに殴りかかるサラも、瞳の中に蛇の目の文様があった。つまり、彼女達は今、自分の意志ではなくハンゾーの命令で戦っているのだ。
 己の成長という優越感によって、手駒とされた現実から目を背けながら。

「しかもハンゾーの手駒にされたのにも気づいていないとは……哀れでござるな!」

 そんな輩に負けてやるほど、忍者パーティは甘くない。

「洗脳、洗脳って! 喧しいんだよ、あんた達は、があぁッ!」

 勢いに任せて怒涛の連撃を繰り出していた二人だが、僅かな隙を突かれ、立場は逆転した。

「悪いが、この程度であれば拙者達の敵ではないでござる! さっきまでは忍者の力を得たからどれほどかと思ったでござるが、修行を経た拙者とサーシャには勝てぬ!」

 カレン達の中での敵への評価は、今やすっかり下がってしまっていた。
 いかに忍者並のスペックを手に入れようと、彼女達の攻撃はワンパターンだ。死線を何度も潜り抜け、忍者の里で修行を重ねたサーシャとカレンの前では、既に児戯に等しい。

「動き、見切った! 『山赦重砲(トレイル・バスター)』ッ!」

 目にも留まらぬ拳のラッシュを放ったサラだが、悉く攻撃をかわしたサーシャのメイスの連打を腹に受ける。ジャスミンもまた、宙を舞うカレンに蹴り飛ばされた。

「剣が当たらないなんて、そんな、ぎゃあっ!」
「ぐおぉっ!?」

 床に転がり込んだサラ達だが、カレンは立ち上がる猶予すら与えない。
 刃を研ぐように爪を軋ませると、炎が十本の爪に纏わりつく。
 眼前でそれを構えたカレンの目が妖しく光り、敵が瞬きする間に姿を消した。

「重ねて、くらうでござる! 忍法・火遁『炎猫爪襲(えんびょうそうしゅう)』ッ!」

 次に開いた時には、忍者の燃え盛る爪が、二人を斬り裂いていた。

「ああああぁぁああああぁあ――ッ!」

 焼かれながら斬られるなど、二人にとっては人生初の経験だろう。その痛みも当然筆舌に尽くしがたく、吹っ飛ばされて壁に叩きつけられながら、彼女達は倒れこんだ。
 たちまちのうちに消え去った特殊な炎を指で払い、カレンは敵を睨む。

「打撃と火遁忍術のコンビネーションでござる。これなら、流石に……」

 完全に敵を退けたと思ったカレンだが、どうやらそうではないらしい。

「……まだだ、まだ……!」
「お前達を、止めるんだ……」

 なんと、サラもジャスミンも、未だ抵抗を止めないのだ。
 カレンの必殺技を受け、かなりのダメージを負っている。武闘家であるサラはまだしも、元の性格が戦いに対して貪欲でもないジャスミンが、ここまでの執念を見せるのは異常だ。
 二つに分かれたメイスをまたも構えなおしながら、サーシャは口を尖らせる。

「……相当痛めつけた。なのにまだ、立つ。あいつら、おかしい」
「どうやら洗脳とやらは、体を強化するだけではないようでござるな。精神の方もおかしな方向に強化されたと見えるでござる」
「おかしな方向?」

 カレンが見つめていたのは、ハンゾーの文様を刻まれた敵の瞳だ。

「うむ。あの狂った目、痛みを解さない執念……間違いなく、命令順守以外の感情を奪われているでござる。このままだと、あいつらは死んでも戦い続けるでござるよ」

 強さの代償として、ハンゾーの道具としての死を与えられる元勇者パーティ。牢獄を出たときには、まさかこんな未来が待っているとは思っていなかっただろう。
 武人であるサーシャも流石に同情したのか、『ドラゴンメイス』を強く握りしめた。尤も、彼女が言うところの救済は、武骨で、ある意味残酷でもある。

「なら、引導を渡してやる、情けになる。 サーシャが仕留める、カレン、下がれ」

 真っ当な死を与えるべく二人を殺そうとしたサーシャだったが、カレンが制した。

「いいや、拙者に策があるでござる。本当はハンゾー相手に使うつもりだったでござるが……やるなら、今ここしかないようでござるな!」

 彼女には、秘策があった。
 本来ならばハンゾーを止めるべく用いられる――フォンの命令なしでは使ってはいけないはずの忍術だが、今はそうは言っていられない。彼女の師匠も、二人の命を救う為なら、カレンの命令無視を許してくれるだろう。
 瞳の色を少しずつ変化させながら、カレンは大袈裟なほど前傾姿勢となり、吼えた。

「サーシャ、二人の動きを止めてくれでござる! 拙者が決着をつける!」
「サーシャ、承知!」

 彼女達の作戦会議を聞いていたサラ達は、既にしびれを切らしていた。

「何を喋っているんだ、ごちゃごちゃとおぉぉ!」

 軋む体を無理矢理動かし、半ば特攻のように突っ込んできたサラとジャスミン。そんな単調な攻撃が当たるはずもなく、ひらりと避けたサーシャの反撃を、もろにくらってしまう。

「動き、封じる! これがうってつけ! 『山赦錠(トレイル・ロック)』!」

 しかも、今度の攻撃は単純な打撃ではなく、動きを制する技だ。
 ドラゴンメイスの二つの口が開き、闇雲に突っ込んできたサラとジャスミンの体に噛みつき、地面に縫い合わせてしまった。ただの怪力だけならどうにか逃れられたかもしれないが、これは忍者の武器だ。複雑な機構が、双方を逃さない。

「う、ぐ、があああ!?」
「きゃああああッ!」

 どれだけもがこうと、歯を食いしばろうと、彼女達が脱出できる術はない。

「怪力と竜の口、お前らの攻撃、止める! カレン、サーシャが動き、封じてるぞ!」
「お見事でござる! では、ここからは拙者が!」

 カレンが頷いて、捕縛された者達の前に躍り出た。

「この、何を……!」

 目をぎょろつかせて激昂するサラの前に、カレンはしゃがみこんだ。
 情けをかけるわけではない。彼女の術に必要な所作なのだ。

「拙者の目、修行で手に入れた力は、二人にはうってつけでござる。いくでござるよ――」

 カレンの黄色い瞳の中に、星形の文様が浮かぶ。
 蛇の目で人を操るハンゾーとは違う。彼女の目は、寧ろその逆だ。

「――闇を祓い、魂を留めろ。秘伝『幻猫眼(げんびょうがん)』」

 必死にもがくサラは、顔を覗き込んできたカレンと、不意に目が合った。
 びくり、と震えた彼女の体が鎮まるのと同時に、その目から蛇の印が消え去っていった。