忍者兵団の亜人に真っ先に切り込んだのは、やはりアンジェラだった。
 苦無や他の忍術を用いて迫りくるミノタウロスやドワーフ、ケンタウロスは凡人が見ればそれだけで失禁しかねない脅威だ。しかし、怒りに満ちた女騎士には関係ない。

「邪魔をしないで頂戴、雑兵がッ!」

 突き刺し、穿つが如く放たれた蛇腹剣は、敵の頭を、腕を斬撃で奪い去る。

「ブゴオォ!?」
「人間風情が、ぎゃばぁ!」

 自分に肉薄しようとするアンジェラを前にして、リヴォルも同様に騎士を屠る。人形に忍ばせた刃や針で騎士を惨殺するだけでなく、自らの左腕で容易く敵の首をへし折るのだ。

「ほらほら、どうしたの? 早く私を止めないと、増援の連中も死んじゃうよー?」
「舐めた真似を……言われなくても、地獄に送ってやるわ!」

 併せて八人の忍者をあの世に送り、とうとうアンジェラはリヴォルに接近した。
 彼女の蛇腹剣は距離があっても相応の威力を保つが、近距離であれば遠くを攻撃するよりもはるかに高い攻撃力を誇る。
 鞭のように敵を捕獲するのも、四肢を斬り落とすのも難しくない――ましてや、相手がフォン並みの忍者ならまだしも、振るった刃の一撃で絶命するような雑兵なのだ。

「この距離、この速度、もらった!」

 だから、彼女は両腕の『ギミックブレイド』でリヴォルを薙ぎ払おうとした。
 さっきまでの雑魚に放っていた斬撃とは別格の速度、威力。命中は間違いないと確信した。

「よっと!」

 ところが、彼女どころか、人形すらも、アンジェラの必殺技を簡単に回避してのけた。

「なんですって!?」

 人形を操ってカウンターを仕掛けようとするリヴォルから僅かに間を取りつつ、半ばリスクすら背負うほどの至近距離で、彼女は再び畳みかけようとする。
 だが、斬撃は地面を削り取り、周囲の忍者を裂くばかりで、まるで当たらないのだ。

「攻撃が、当たらない!? どうして!?」

 あらゆる技の軌道が見えているかのように、リヴォルは挑発同然に笑う。

「当たり前だよ、一度戦った相手の攻撃を避けるなんて、忍者には難しくないよ! さっきから斬り殺してる雑魚ならともかく、私におもちゃの斬撃なんて無意味なんだよ!」
「そんなことが、あって、たまるかあぁ!」

 こんな調子で嘲笑われれば、アンジェラが平静でいられるはずがない。

「落ち着け、アンジェラ! 俺がそっちに行く、それまで耐えろ……このッ!」

 忍者の群れに足止めされていたアルフレッドが、ようやく彼らを薙ぎ倒してアンジェラのもとへと向かおうとしていた時には、既にリヴォルが彼女の喉元に狙いを定めていた。

「これで――とどめッ!」

 気づけば自身が死地に立たされていると知った時には、後の祭り。
 レヴォルの凶刃が、アンジェラの喉に深々と突き刺さろうとしていた。

「させる、かああぁ!」

 その刹那、アルフレッドが選択したのは、敵への反撃ではなかった。

「ぐはッ……!」

 振り払われた刃は、アルフレッドの腹から胸元にかけて深く斬り裂いていた。
 目の前で血が噴き出て、王子が地に伏せ、アンジェラはやっと我に返った。片目が血で汚れて、視界が遮られているのも構わず、彼女は王子に駆け寄った。

「――王子!」
「ぐう、俺に構うな、アンジェラ……! 人形の右腕は奪った、今のうちに距離を取れ!」

 確かにアルフレッドの言う通り、攻撃したレヴォルの右腕は、銀色の刃で破壊されていた。

(ふーん、やるじゃん、あの王子様。けど、所詮その程度なんだよね)

 感心するリヴォルだが、ぶらぶらと揺れる腕を邪魔だと判断して引き千切ったレヴォルの行動が示す通り、さして大きな怪我ではない。
 寧ろ、敵を一人行動不能にして、もう一人の視界を奪った彼女の方が有利だ。

(さっきの一撃で、片目に血がかかったね! 視界が遮られた女に、私の攻撃が避けられるはずがないよ! ましてやレヴォルとの同時攻撃なら猶更、抵抗は全部無駄ってことっ!)

 アンジェラとアルフレッドを囲むようにして迫りくる人形使いを見て、王子はアンジェラが自分を置いて一度退くことを期待していた。自らの命を犠牲にしても、あの忍者を倒せる機会を作るべきだと判断した。
 ところが、なんとアンジェラはまだ、その場で蛇腹剣を振るう準備をしていたのだ。

「おい、なぜ逃げない!? 敵が来るぞ、早くここを離れろ!」

 血の付着した右目を閉じ、肩で息をする彼女は、覚悟を決めた瞳で敵を見据える。

「そうはいきません、王子。ここがやつを仕留める、最後の好機だから!」
「駄目だ、奴らはこちらの攻撃を全て避けるんだ! 頼む、逃げてくれ、アンジェラ!」

 傍から見れば勇猛な様だが、リヴォルからすれば単なる無謀であり、惨めに死ぬ人間が自己を肯定する為に勇気を奮っているように見せかけているだけに過ぎない。
 つまり、相手は自ら認めたのだ。次の攻撃を避けられるはずがないと。

(逃げない? 成程、諦めたんだね! だったら、ちゃあんと殺してあげるねッ!)

 アンジェラの正面からレヴォルが、背後からリヴォルが迫る。
 倒れこむアルフレッドがどうにかもう一度盾になろうとするが、体に力が入らない。
 せめてどちらだけでも仕留めようと、女騎士の蛇腹剣は鎌首をもたげたが――。

「行くよ、リヴォル! 忍法・秘伝奥義『双刃殺(そうじんさつ)』ッ!」

 前後から放たれた煌めく刃が、アンジェラの腹を、胸を貫いた。

「アンジェラ――ッ!」

 虚しくも、ギミックブレイドの二つの首のうち、一つはレヴォルの反撃で破壊された。黒い紐のような素材で繋がれた刃の関節が、音を立てて地に落ちた。
 つまり、彼女の攻撃はレヴォルに届かなかった。
 愚かな反撃の末路を悟り、リヴォルは口が裂けるほど大笑いしてみせた。

「あはははは! 私達の同時攻撃が避け切れなかったから、せめてレヴォルだけはどうにかしようと考えたみたいだね! けど、そっちにも攻撃が届いてないじゃん!」

 女騎士の腹から、口から滴る血が地面を濡らし、リヴォルの足元まで広がっている。
 随分と多くの血を流す無様な死にざまだと、彼女は思った。

「散々私に復讐を果たすなんて言っておきながら、所詮忍者の敵じゃあ……」

 そこまで言って、リヴォルは違和感に気づいた。
 血の量が多い。人ひとりから流れるにしては、あまりに多すぎるのだ。
 ちょうどもう一人、誰かが致死量の血を噴き出していれば、双方の足元に血液の水溜りを作るだろうか。そしてその血は――リヴォルの腹から流れているのだ。

「……あ、あれ……なに、が……?」

 人形使いは、赤い液体を垂れ流す口から言葉を漏らした。
 そんな彼女に声をかける者は、正面にだけいた。

「……避けるなんて、誰が言ったのかしら?」

 リヴォルに背を向けたまま、鎧を鮮血で染め上げたアンジェラだ。

「お前が、視界の届く範囲で、全ての攻撃を避け切ることは……知ってたわよ……だったら、油断させればいいのよ……見えないように、直前で避けられないように……」

 彼女は、最初から逃げるつもりも、避けるつもりもない。そこまでは、リヴォルの予想通りだった。しかし、二つだけ、彼女が予想できていないことがあった。
 アンジェラ・ヴィンセント・バルバロッサが、既に生きるのを諦めていること。
 己の命と引き換えにしてでも、仇敵を仕留めようと決めていたこと。

「――私自身で視界を塞がれれば、致死の一撃だって、命中するでしょう……?」

 彼女の作戦は成功した。
 アンジェラの放つギミックブレイドは、リヴォルの心臓を貫いていた。
 自らの腹を貫通し、敵の心臓に突き刺さっていたのだ。

「ご、ぼっ――」

 真実に気付き、吐血で刃の銀色が赤く染まるのに気付き――リヴォルは、斃れた。