大きな窓からも見える黒い影の塊は、恐るべき危険性を視認させるには十分だった。
困惑して怯え、パニックにすら陥る者達もいる中、アンジェラとアルフレッド、彼らが率いる騎士達が階段を上ってやってきた。
「フォン! あの外に集まっている連中、忍者って認識で間違いないわよね!?」
「ああ、間違いないよ、アンジー」
明らかに困惑している二人に向かって、フォンは告げる。
「アルフレッド王子、奴らが忍者です。ここに来て、王族や家臣、人間と思しき全てを殺す存在です……捕まる前に、陛下達を連れて逃げてください」
「忍者、だと!? 人間には見えないぞ、あの姿は!」
人間よりもずっと大きな体躯で人々を虐殺し、人間よりもずっと速く宮殿へと迫りくるそれらに対し、彼は明確に恐怖を抱いていた。
しかし、あれはネリオスが陰で続けてきた迫害と差別の結果に過ぎないのだ。
「あれは亜人が洗脳された姿でもあります。人々への憎しみを利用されて、今や忍者の頭領の傀儡となっています。最早思想も何もなく、殺戮だけを望みに生きているようです」
フォンがそう言うと、アルフレッドは壁を強く拳で叩いた。
「……我々が生み出した怨恨を、利用されたというわけか……!」
王子は生まれて初めて、亜人達への侮蔑と憎悪を――凡そ他の誰かや思想に植え付けられたそれを信じ続けてきた自分を、心から愚かだと思った。
とはいえ、こんな事態に陥ってから、もっと誠実に接すれば良かったと後悔しても遅い。
今できるのは、近くにいる人命を一つでも多く救うことだけだ。
「とにかく今は、戦う力のない人を連れて、地下通路を使って避難してください! アンジー、アルフレッド王子と一緒に彼らを護衛してくれ!」
「貴方はどうするの、フォン?」
アンジェラに問われた彼は、窓の外とその少し上を眺めて呟いた。
「僕はハンゾーを、邪悪の権化を倒す……まだ奴は、宮殿のてっぺんにいる」
彼は、ハンゾーが齎す邪悪な気配をまだ察知していた。
それを完全に滅さなければ、戦いは終わらないし、恐るべき計画も消え去らない。何より先代から続く因縁を今度こそ断ち切るべく、フォンはハンゾーを倒すさだめにあった。
それを聞いたアンジェラは小さく頷き、彼の仲間にも目をやった。
「……分かったわ。そこのお仲間さんも、一緒に行くんでしょう?」
「勿論。あたしは最後までフォンと戦うよ」
「サーシャも!」
「拙者も!」
もう、どこにも迷いはない。進むべき道は、フォンの隣にある。
彼女達のまっすぐな目を見たアンジェラは、少しだけ安心した。初めて出会った時のような、フォンのおまけではなく、それぞれが一人の強者であると確信できたからだ。
ならば、かける言葉は一つだった。以上でも以下でもなく、ただ一つだけ。
「……死なないでね。絶対に勝って、またギルディアで会いましょう!」
再会を祈る言葉。
ただそれだけを告げて、微笑み、アンジェラは髪を翻して叫んだ。
「皆さん、地下通路へ誘導します! アルフレッド王子と私、騎士に続いてください!」
彼女とアルフレッド、騎士達が先導役を買って出ると、重役や家臣、国王と王妃は彼らについて行った。目指すは地下にある、都市の外へと避難する為の秘密の通路だ。
忍者が相手である以上、当然秘密とはいかないだろう。それに、相手はそれぞれが自分達より質が高い可能性もあるのだから、いずれにせよ油断は一切できない、危険な手段である。
「大丈夫かな、アンジェラ……あれだけの忍者を相手にして……」
最も因縁があるようで、一番アンジェラの身を案じているクロエに対し、フォンが言った。
「心配する気持ちは分かるけど、クロエ、僕達に人を気にかける余裕はなさそうだよ。忍者兵団がこれ以上増える前に、ハンゾーのもとへ行こう!」
「……うん!」
フォンの声に頷いたクロエが駆け出すと、先陣を切るフォンに続き、仲間達も走り出した。
幸いにも、ハンゾーがいるらしい宮殿の屋根まではそこまで遠くない。問題は、黒い塊を成していた忍者達が、既に宮殿の窓を走り、上ってきている点だ。
「人間、人間だっ! 『忍者兵団』、襲撃開始いぃっ!」
言うが早いか、忍者兵団の忍者が窓を突き破り、廊下に侵入してきた。
牛の顔をした忍者、馬のような下半身を持つ忍者、長い耳を持つ忍者。いずれも人間とは違う亜人だが、誰も彼もが忍としての修行を受けているようだ。手にした苦無と、壁を上る技術、体を隠す黒の装束がその証拠だ。
五人近い忍者は群れを成して襲いかかってきたが、こちらも忍者だ。迎撃はできる。
「もう来たか……カレン、火遁だ!」
「承知でござる!」
フォンとカレンが並び立ち、ポーチの中から赤い薬草を取り出す。クロエ達が自分の後ろに回ったのを把握した二人は、発火材を指で擦り、勢い良く息を吹きかけた。
「「忍法・火遁っ! 『忍猫双炎』!」」
次の瞬間、廊下全体を舐め回すほどの炎が、忍者を焼き払った。
「グギャアァ!?」
「熱づ、熱づいいいぃぃッ!?」
忍者の火遁忍術は、洗練されたものであれば、有機物を燃やしていない限りは一瞬で掻き消える。残ったのは、火傷と延焼に悶え苦しむ忍者の残骸だ。
ところが、忍者は半死の体になっても、攻撃を仕掛けてくる。仲間の屍すら踏みつけて襲ってくる敵に対し、クロエは矢を放ち始めた。サーシャも近寄ってくる亜人の頭を、腹をメイスで叩き潰すが、敵は窓からわらわらと湧いてくる。
「これだけの量、矢が何本あっても足りないよ! あたし達の方ですら敵の数が多いんだから、アンジェラと王子の方にはもっと……!」
「向こうの心配、してる余裕、ないッ! 自分のこと、考えるッ!」
「そうだ、とにかく前に進んでハンゾーを倒さないと、忍者兵団は止まらない! 僕達にできることは、一瞬でも早く頭領を仕留めることだけだ!」
火遁忍術を放った後のフォンとカレンも、それぞれ苦無と爪で応戦する。
ハンゾーが鍛えた忍者の軍団ではあるが、幸いにも四人に戦力で勝るようではなかった。一般人では相当苦戦するだろうが、彼らはもう、並ではない。特にフォンは、こんな状況でも敵を死には至らしめていないほどの余裕がある。
巨大なミノタウロスが倒れたのを見た彼は、三人に向かって叫んだ。
「とりあえず道は拓けた! 行くよ、皆!」
敵はまだまだ出てくるが、先に進まなければ話にならない。
仲間を連れて廊下を疾走するフォンは、僅かに窓の外の景色に目をやった。
苦無で裂かれる騎士。押し寄せる忍者の軍団。そして力なき国のトップを守るべく蛇腹剣を振るうアンジェラと、白銀の刃を携えるアルフレッドの姿。
いかに彼女達と言えど、苦戦は免れない。下手をすれば、死すらも。
(アンジー……君の方こそ、死なないでくれ……!)
共に戦ってきた仲間の無事を祈り、四人は長い廊下をひた走った。
困惑して怯え、パニックにすら陥る者達もいる中、アンジェラとアルフレッド、彼らが率いる騎士達が階段を上ってやってきた。
「フォン! あの外に集まっている連中、忍者って認識で間違いないわよね!?」
「ああ、間違いないよ、アンジー」
明らかに困惑している二人に向かって、フォンは告げる。
「アルフレッド王子、奴らが忍者です。ここに来て、王族や家臣、人間と思しき全てを殺す存在です……捕まる前に、陛下達を連れて逃げてください」
「忍者、だと!? 人間には見えないぞ、あの姿は!」
人間よりもずっと大きな体躯で人々を虐殺し、人間よりもずっと速く宮殿へと迫りくるそれらに対し、彼は明確に恐怖を抱いていた。
しかし、あれはネリオスが陰で続けてきた迫害と差別の結果に過ぎないのだ。
「あれは亜人が洗脳された姿でもあります。人々への憎しみを利用されて、今や忍者の頭領の傀儡となっています。最早思想も何もなく、殺戮だけを望みに生きているようです」
フォンがそう言うと、アルフレッドは壁を強く拳で叩いた。
「……我々が生み出した怨恨を、利用されたというわけか……!」
王子は生まれて初めて、亜人達への侮蔑と憎悪を――凡そ他の誰かや思想に植え付けられたそれを信じ続けてきた自分を、心から愚かだと思った。
とはいえ、こんな事態に陥ってから、もっと誠実に接すれば良かったと後悔しても遅い。
今できるのは、近くにいる人命を一つでも多く救うことだけだ。
「とにかく今は、戦う力のない人を連れて、地下通路を使って避難してください! アンジー、アルフレッド王子と一緒に彼らを護衛してくれ!」
「貴方はどうするの、フォン?」
アンジェラに問われた彼は、窓の外とその少し上を眺めて呟いた。
「僕はハンゾーを、邪悪の権化を倒す……まだ奴は、宮殿のてっぺんにいる」
彼は、ハンゾーが齎す邪悪な気配をまだ察知していた。
それを完全に滅さなければ、戦いは終わらないし、恐るべき計画も消え去らない。何より先代から続く因縁を今度こそ断ち切るべく、フォンはハンゾーを倒すさだめにあった。
それを聞いたアンジェラは小さく頷き、彼の仲間にも目をやった。
「……分かったわ。そこのお仲間さんも、一緒に行くんでしょう?」
「勿論。あたしは最後までフォンと戦うよ」
「サーシャも!」
「拙者も!」
もう、どこにも迷いはない。進むべき道は、フォンの隣にある。
彼女達のまっすぐな目を見たアンジェラは、少しだけ安心した。初めて出会った時のような、フォンのおまけではなく、それぞれが一人の強者であると確信できたからだ。
ならば、かける言葉は一つだった。以上でも以下でもなく、ただ一つだけ。
「……死なないでね。絶対に勝って、またギルディアで会いましょう!」
再会を祈る言葉。
ただそれだけを告げて、微笑み、アンジェラは髪を翻して叫んだ。
「皆さん、地下通路へ誘導します! アルフレッド王子と私、騎士に続いてください!」
彼女とアルフレッド、騎士達が先導役を買って出ると、重役や家臣、国王と王妃は彼らについて行った。目指すは地下にある、都市の外へと避難する為の秘密の通路だ。
忍者が相手である以上、当然秘密とはいかないだろう。それに、相手はそれぞれが自分達より質が高い可能性もあるのだから、いずれにせよ油断は一切できない、危険な手段である。
「大丈夫かな、アンジェラ……あれだけの忍者を相手にして……」
最も因縁があるようで、一番アンジェラの身を案じているクロエに対し、フォンが言った。
「心配する気持ちは分かるけど、クロエ、僕達に人を気にかける余裕はなさそうだよ。忍者兵団がこれ以上増える前に、ハンゾーのもとへ行こう!」
「……うん!」
フォンの声に頷いたクロエが駆け出すと、先陣を切るフォンに続き、仲間達も走り出した。
幸いにも、ハンゾーがいるらしい宮殿の屋根まではそこまで遠くない。問題は、黒い塊を成していた忍者達が、既に宮殿の窓を走り、上ってきている点だ。
「人間、人間だっ! 『忍者兵団』、襲撃開始いぃっ!」
言うが早いか、忍者兵団の忍者が窓を突き破り、廊下に侵入してきた。
牛の顔をした忍者、馬のような下半身を持つ忍者、長い耳を持つ忍者。いずれも人間とは違う亜人だが、誰も彼もが忍としての修行を受けているようだ。手にした苦無と、壁を上る技術、体を隠す黒の装束がその証拠だ。
五人近い忍者は群れを成して襲いかかってきたが、こちらも忍者だ。迎撃はできる。
「もう来たか……カレン、火遁だ!」
「承知でござる!」
フォンとカレンが並び立ち、ポーチの中から赤い薬草を取り出す。クロエ達が自分の後ろに回ったのを把握した二人は、発火材を指で擦り、勢い良く息を吹きかけた。
「「忍法・火遁っ! 『忍猫双炎』!」」
次の瞬間、廊下全体を舐め回すほどの炎が、忍者を焼き払った。
「グギャアァ!?」
「熱づ、熱づいいいぃぃッ!?」
忍者の火遁忍術は、洗練されたものであれば、有機物を燃やしていない限りは一瞬で掻き消える。残ったのは、火傷と延焼に悶え苦しむ忍者の残骸だ。
ところが、忍者は半死の体になっても、攻撃を仕掛けてくる。仲間の屍すら踏みつけて襲ってくる敵に対し、クロエは矢を放ち始めた。サーシャも近寄ってくる亜人の頭を、腹をメイスで叩き潰すが、敵は窓からわらわらと湧いてくる。
「これだけの量、矢が何本あっても足りないよ! あたし達の方ですら敵の数が多いんだから、アンジェラと王子の方にはもっと……!」
「向こうの心配、してる余裕、ないッ! 自分のこと、考えるッ!」
「そうだ、とにかく前に進んでハンゾーを倒さないと、忍者兵団は止まらない! 僕達にできることは、一瞬でも早く頭領を仕留めることだけだ!」
火遁忍術を放った後のフォンとカレンも、それぞれ苦無と爪で応戦する。
ハンゾーが鍛えた忍者の軍団ではあるが、幸いにも四人に戦力で勝るようではなかった。一般人では相当苦戦するだろうが、彼らはもう、並ではない。特にフォンは、こんな状況でも敵を死には至らしめていないほどの余裕がある。
巨大なミノタウロスが倒れたのを見た彼は、三人に向かって叫んだ。
「とりあえず道は拓けた! 行くよ、皆!」
敵はまだまだ出てくるが、先に進まなければ話にならない。
仲間を連れて廊下を疾走するフォンは、僅かに窓の外の景色に目をやった。
苦無で裂かれる騎士。押し寄せる忍者の軍団。そして力なき国のトップを守るべく蛇腹剣を振るうアンジェラと、白銀の刃を携えるアルフレッドの姿。
いかに彼女達と言えど、苦戦は免れない。下手をすれば、死すらも。
(アンジー……君の方こそ、死なないでくれ……!)
共に戦ってきた仲間の無事を祈り、四人は長い廊下をひた走った。