「勇者の一撃で死にやがれ、クソ野郎がああぁーッ!」

 やはり、凄まじい威力を伴った金色の剣をフォンの苦無へと叩きつけるクラーク。忍者は目にも留まらぬ速度の剣劇の隙間を縫うように、勇者の目をじっと見つめた。
 狂ったかのような怒り。焚きつけられたかのような憎しみ。
 ――その全てが凝縮した目の中に、顔を驚愕に染めたフォンは確かに見た。
 瞳に上書きされたかのような、青黒い蛇の目の模様が映し出されているのを。

(やっぱり――クラークの目の奥に、『蛇の目の模様』がある! 彼は洗脳されている……ハンゾーの術にかかっているんだ!)

 もう間違いない。クラークは檻から脱走してから、ハンゾーに洗脳されていたのだ。恐らく、憎しみを駆り立てて、尚且つ反逆されないようにセーフティロックをかけておいたのだろう。忍者らしい、抜け目ない作戦だ。
 ならば、他の面子にも術がかけられている可能性がある。

「サーシャ、カレン! 彼女達の目を見てくれ! 二人の目の奥に、妙な模様がないか!?」
「模様だって!? 何を訳の分からないことを、言ってんのよ!」

 サラは拳を振るいながら叫んだが、対面するサーシャの目にも、フォンと同じものが映った。それは間違いなく、ジャスミンにも刻まれた、蛇の目の模様だった。

「……ある! こいつ、目の奥に目がある!」
「拙者も見つけたでござる! 師匠、これは拷問の痕と同じ、蛇の模様でござるな!」
「ああ、そうだ! クラーク達はハンゾーに洗脳されている! だけど……」

 今にも炸裂音や武器同士がぶつかる音、咆哮を聞いて兵士達が集まってきそうな雰囲気の中、眼前の敵とぶつかり合うクロエ達の傍で、フォンは唯一異端の態度を示すマリィに着目した。彼女の目はいつも通りで、儚く、健気で、残虐だ。

(マリィだけは違う。彼女だけは支配されていない……ハンゾーに気に入られたのか、それとも言いたくはないが、洗脳して利用するにも値しないのか?)

 クロエやアンジェラが言っていた通り、炎や風の魔法を連発するマリィの本質は邪悪だ。ハンゾーに闇を見初められたのか、それとも。

(いずれにしても、クラークが洗脳で悪意を増幅されているなら、解除もできるはず!)

 どちらにしろ、フォンの目的は定まった。
 剣を再度ぶつけ、歪んだクラークの顔に自分の顔を寄せ、フォンは叫んだ。

「クラーク! よく聞いてくれ、君は操られている! 君が僕に怒っているのも、殺したいと思っているのも自分の意志じゃないはずだ!」
「なん、だ、とぉ!?」

 騒音が辺りを埋め尽くす中、リヴォルだけが露骨に表情を変えた。

「やっぱり気づいたか……勇者は殺すつもりだなんて言ってるけど、本当は殺す手前で連れて帰るつもりだったんだよね。ハンゾーはお兄ちゃんの体を欲しがってるから、っと!」
「よそ見なんかしてるんじゃあないわよッ!」

 しかし、彼女にはどうにもできない。少なくとも、家具を破壊し尽くしながら猛撃を繰り出すアンジェラをどうにかするまでは、眼前の敵から目をそらせない。
 さて、剣を乱雑に弾いてフォンから離れようとするクラークだが、フォンは彼を逃がそうとしない。決して彼に愛着があるわけではないが、忍者の野望による被害者は一人でも減らさないといけないと、もう一人のフォンが言っているような気がしたのだ。

「聞いたか、聞いただろう!? 彼女達は君の目的を果たさせるつもりなんかない! サラも、ジャスミンもだ! ここまで喋ったのも、君達を甘く見ているからだ! 思い出せ、思い出すんだ、己が何者なのか!」
「己を、だと……」

 ぎりり、と歯を食いしばるクラークの中に、微かな動揺をフォンは見た。
 尤も、それを察知したのは、クロエの矢から逃げ回るマリィも同様だった。

「全く、何の為に私が『監視役』に選ばれたのか、気づいていないようね」

 雷の属性を纏った矢の雨を、長椅子を盾にして防ぐマリィは、切っ先が僅かに鈍って呼吸の荒くなったクラークを煽り立てるかのように、優しさと厳しさを含んだ口調で言った。

「クラーク、貴方は檻を出る時に言ったわ! 自分をこんな目に遭わせたフォン達に復讐する為なら、なんだってやってやると言ったのよ!」
「あいつ、余計な口を挟んでんじゃないっての!」

 クロエは咄嗟に長椅子を射抜くが、マリィはさっと他の面子の後ろに回る。
 これで、彼女の目的と役割ははっきりとした。クラークを鼓舞し、利用するのだ。

「思い出して、クラーク! 貴方の目的はただ一つ、フォンを殺して、真の勇者になるの!」

 その証拠に、彼女の言葉を聞いた勇者の手に、異様なほど力が込められている。まるで内臓の奥から力が噴き出しているかのような感情がこみ上げた彼は、フォンの前で顔にこれでもかと血管を浮き立たせて、獣の如く絶叫した。

「――おおおおぉぉぉぉおおおおぉッ!」

 同時に、とんでもない力が初めて、フォンを圧倒した。
 彼の気迫は、他の所で戦っている勇者パーティも、忍者パーティも圧倒した。叫び声だけでそうなのだから、対面するフォンが少しだけ後方に下がるのも致し方ないだろう。
 苦無をへし折りかねない形相で叫ぶクラークは、最早獣の様相だった。

「俺は勇者だ! フォンを殺して、仲間を殺して、自由を手に入れればまた勇者になれる! その為なら何でもやる、その為だけに俺は忍者に手を貸したんだああぁぁッ!」
「そうだ、勇者パーティの栄光を取り戻すんだよおおぉッ!」
「世界中に可愛さを知らしめてやるんだッ!」

 勇者に焚きつけられ、仲間達が喚き散らす。彼女達の戦意を維持するのもマリィの役目なのだろうが、彼女はきっと勝利を望んではいない。忍者側が目的を全うするまで使い潰すことしか考えていないのだろう。
 少なくとも、クラークと一旦距離を取ったフォンの目には、彼女の淀んだ目が恐ろしい色合いに見えてならなかった。他の仲間達もまた、いきなり鼓舞され、スペックを一時的に向上させた勇者パーティから離れた。

「くっ、ここまで洗脳術が行き渡っているとは……彼を焚きつける役割を与えられてるみたいだけど、マリィは気づいているのか、リヴォル達の目的に……!」
「多分ね。あいつは勇者にもクラークにも、全く関心がないよ。あるのは自分が安心を得られる相手だけ、今回は従う相手がハンゾーになっただけだよ」
「……みたいだね。だったら、説得はなしだ!」

 とはいえ、やはりフォンの敵ではない――正確に言えば、フォン達の敵ではないのだ。