フォン達が良からぬ企みをしている一方、アルフレッドと彼が率いる兵士達は、宮殿の中でも一際荘厳な廊下を走っていた。
このあたりの装飾は、他と比べても頭一つ抜き出ていると言ってもいいほど豪華で、芸術品や金銀、宝石が散りばめられている。それもそのはず、『王来の間』とは文字通り、客の前に王が顔を見せる為の、所謂待合室の一つだからだ。
王が来たる廊下だからこそ豪華にすべきだと、数代前の国王が考案したのが発端だ。それが何度かの改修を加えられ、現在に至る。つまり、長居すると目が眩むくらいの派手さに。
「――では、ここで曲者を見かけたのだな?」
尤も、居慣れたアルフレッドからすれば馴染みの通路でしかない。目はちかちかもしないし、今はもっと大事な事柄がある。
愛する父や母、国を歪ませようとする国賊が、この宮殿にやってきていると言うのだ。ただでさえ忍者とやらのおかしな連中が国防を遮っているのに、まさかここまで厄介ごとが重なるとは思っていなかったが、起きたものは仕方がない。
今はこれ以上に大事な案件などないし、何としても解決しなければならない。
「はい、捕らえた不審者は『王来の間』に縛り付けてあります!」
「分かった。お前達は通路から西側の施設に向かえ。残りは俺についてこい」
「「はっ!」」
アルフレッドの後ろをついてきた面々の半分は左手の階段を上ってゆく。残りが自分の後ろに追従しているのを感じながら、彼は剣の柄に手をかける。
「侵入者……誰であろうと、何が目的であろうと、好きにはさせん!」
これまで何度も、愚かな侵入者を撃退してきた。
人よりもずっと屈強な魔物も、理知を装う亜人も殲滅してきた。今度も同じだ。
変わらぬ正義感と強さを抱く彼の前に、大きな扉が迫ってくる。蹴破るまではせずとも、乱暴にこじ開ければ相手への威圧にもなるだろう。
そう考えながら、アルフレッドは扉を豪快に開け、叫ぶように声を上げた。
「無駄な抵抗はしてくれるな! 暴れず、俺の――」
反応としては、捕らえられている悪党の喚き声。
或いは、こっそり逃げ出そうとして失敗した間抜けなコソ泥の無様な格好。
果たして、彼を待っていたのは、どちらでもなかった。
「――なんだ? 誰も、いない?」
無、だった。
整然と並べられたテーブルや椅子、壁中に飾り付けられた剥製や絵画はいつものまま、だがそれだけ。他の不穏な因子は一つもなく、今朝に掃除をされたままの様子だ。
拍子抜けした調子で部屋に入ったアルフレッドはあたりを見回すが、やはり何も変わらない。話で聞いた不審者も、連中の陰すらも見当たらない。
「おい、侵入者はどこだ? 縛り上げた連中はどこにいる?」
部屋の真ん中まで来ても何もない、おかしな雰囲気の空間に首を傾げたアルフレッドが後方の甲冑――自分に報告しに来た兵士に声をかけた時だった。
「…………いやあ、素直な人だね。私が脅した人の言葉を、全部信じるなんて」
甲冑から、声が聞こえた。
正確に言うと、甲冑の向こう側から。
「なんだと?」
王子に対して何たる言いぐさかと思いながら、アルフレッドが兵士の肩に触れようとしたが、それは能わなかった。
なぜなら、甲冑の背後からぬらりと現れた真っ白な手の存在に、唯一気づいたからだ。
何だ、誰だ、何者だ。幾つかの疑問が頭を過ったが、そんな微かな思考を一気に吹き飛ばすほどの勢いで、腕から放たれた銀色の物体がその場にいた全員の体を掠めた。
「ぬおぉッ!?」
ただ一人、アルフレッド以外の体を貫いたのは、ぎらりと煌めく小さな刃だ。
飛んできた、というよりは弓で射出されたかのような勢いである。甲冑を砕くどころか、貫通するほどの凄まじい一撃の雨霰は人間を簡単に肉塊へと変えてしまった。
「がぎゃッ!」
「ごぼえぇ!?」
「お前達!」
辛うじて距離を取ったアルフレッドの前で、上半身に無数の刃物が突き刺さって絶命した兵士の体をどかして、小さな人間が二人現れた。
「おっと、この一撃は避けるんだね。流石はアルフレッド王子様ってところかな?」
けらけらと笑いながらおどけた調子で動く少女は、片目を伸ばした髪で隠し、やけに短い片腕を長い袖で隠した、真っ白な衣服と肌の持ち主だ。もう一人の少女も同様の格好をしているが、こちらは生気がまるでない、まるで人形のようないでたちである。
こんな奇怪な姿の人間を、これまで一度だって見たことがない。それでもアルフレッドは凛とした表情を崩さず、血塗れの部屋を見回しながら吠えた。
「何者だ、貴様! 名を名乗れ!」
一方、少女はゆらゆらと揺れながら、話にはまともに取り合わない。
「名乗れって……仕事の都合上、名前は教えてあげられないんだよね。でも、どうしてもって感じみたいだし、この子の名前だけは教えてあげてもいいよ?」
彼は知らない。頬まで避けた口で笑う可愛らしい少女が、多くの犯罪者連中を掛け合わせたよりも残虐で、残酷で、非道であると。
彼は知らない。もう一人の少女は、ぼろきれを脱げば継ぎはぎだらけで、既に人ではなく体中に武器を仕込まれた人形になり果てていると。
何よりも、彼は知らない。
彼女が忍者の中でも殊更狂気に包まれた醜悪の権化――リヴォルであると。
「この子はレヴォル。私の家族で、今は可愛いお人形さん。ほら、挨拶してあげてッ!」
いうが早いか、彼女の指の動きに従ったレヴォルが、死骸を片手に担いでアルフレッドへと飛びかかってきた。まるで獣のような挙動を前に彼は一瞬だけ怯んだが、すぐさま剣を構えなおし、敵を見据えた。
彼の剣技はそれそのものが魔法よりも鋭く、素早い。だから、相手が死骸を投げつけてきても、一瞬で斬り裂いて反撃に転じてやるつもりでいた。
ところが、両断した鎧と全く同じ影に見えるようにして、陽動どころか正面切って攻撃を仕掛けてくるレヴォルの存在までは、全くもって予想外だった。
彼女の右手からせり出した黒い刃を見た瞬間、本能的にアルフレッドは身をかがめた。銀髪が数本斬られる感覚を悟った彼は、少女二人だからと油断せず、即座に距離を取って態勢を整える判断を選んだ。
「速い……それに鋭い!? 貴様、まさか忍者とやらか!?」
冷や汗を流すアルフレッドに対し、リヴォルはどこか退屈そうだ。
「あ、忍者については知ってるんだ。お兄ちゃんから聞いたのかな?」
「ここへ俺を誘い込んだのも、貴様か!」
「見れば分かるじゃん。見回りに来てた奴の仲間を皆殺しにして、王子を連れてきたら見逃してあげるって提案したら、あっさり乗ってくれたんだ」
「おのれ、よくも……!」
それでも、忍者として仕事だけはきっちりとこなす。
レヴォルを操る彼女は、今度は彼女に天井を殴らせた。すると、豪快な音を立てて崩落したそれらが瓦礫となり、入り口を完全に塞いでしまった。
「扉を……!」
アルフレッドは察した。これで、自分は逃げられないと。
逃げるつもりは毛頭ないが、入り口は封じられている。後ろには大きな窓があるが、背を向ければ忍者らしい少女に無防備な姿を晒してしまう。まだ一度、二度程度しか拳をかわしていないが、彼には確信があった。
「悪いけど、逃がすつもりはないの。さっさと終わらせてもらうね」
ぎりぎりと人形を動かす彼女が、殺しを、人への暴力を愉しんでいると。
相手が王子であっても、歴戦の勇士であっても、だ。
このあたりの装飾は、他と比べても頭一つ抜き出ていると言ってもいいほど豪華で、芸術品や金銀、宝石が散りばめられている。それもそのはず、『王来の間』とは文字通り、客の前に王が顔を見せる為の、所謂待合室の一つだからだ。
王が来たる廊下だからこそ豪華にすべきだと、数代前の国王が考案したのが発端だ。それが何度かの改修を加えられ、現在に至る。つまり、長居すると目が眩むくらいの派手さに。
「――では、ここで曲者を見かけたのだな?」
尤も、居慣れたアルフレッドからすれば馴染みの通路でしかない。目はちかちかもしないし、今はもっと大事な事柄がある。
愛する父や母、国を歪ませようとする国賊が、この宮殿にやってきていると言うのだ。ただでさえ忍者とやらのおかしな連中が国防を遮っているのに、まさかここまで厄介ごとが重なるとは思っていなかったが、起きたものは仕方がない。
今はこれ以上に大事な案件などないし、何としても解決しなければならない。
「はい、捕らえた不審者は『王来の間』に縛り付けてあります!」
「分かった。お前達は通路から西側の施設に向かえ。残りは俺についてこい」
「「はっ!」」
アルフレッドの後ろをついてきた面々の半分は左手の階段を上ってゆく。残りが自分の後ろに追従しているのを感じながら、彼は剣の柄に手をかける。
「侵入者……誰であろうと、何が目的であろうと、好きにはさせん!」
これまで何度も、愚かな侵入者を撃退してきた。
人よりもずっと屈強な魔物も、理知を装う亜人も殲滅してきた。今度も同じだ。
変わらぬ正義感と強さを抱く彼の前に、大きな扉が迫ってくる。蹴破るまではせずとも、乱暴にこじ開ければ相手への威圧にもなるだろう。
そう考えながら、アルフレッドは扉を豪快に開け、叫ぶように声を上げた。
「無駄な抵抗はしてくれるな! 暴れず、俺の――」
反応としては、捕らえられている悪党の喚き声。
或いは、こっそり逃げ出そうとして失敗した間抜けなコソ泥の無様な格好。
果たして、彼を待っていたのは、どちらでもなかった。
「――なんだ? 誰も、いない?」
無、だった。
整然と並べられたテーブルや椅子、壁中に飾り付けられた剥製や絵画はいつものまま、だがそれだけ。他の不穏な因子は一つもなく、今朝に掃除をされたままの様子だ。
拍子抜けした調子で部屋に入ったアルフレッドはあたりを見回すが、やはり何も変わらない。話で聞いた不審者も、連中の陰すらも見当たらない。
「おい、侵入者はどこだ? 縛り上げた連中はどこにいる?」
部屋の真ん中まで来ても何もない、おかしな雰囲気の空間に首を傾げたアルフレッドが後方の甲冑――自分に報告しに来た兵士に声をかけた時だった。
「…………いやあ、素直な人だね。私が脅した人の言葉を、全部信じるなんて」
甲冑から、声が聞こえた。
正確に言うと、甲冑の向こう側から。
「なんだと?」
王子に対して何たる言いぐさかと思いながら、アルフレッドが兵士の肩に触れようとしたが、それは能わなかった。
なぜなら、甲冑の背後からぬらりと現れた真っ白な手の存在に、唯一気づいたからだ。
何だ、誰だ、何者だ。幾つかの疑問が頭を過ったが、そんな微かな思考を一気に吹き飛ばすほどの勢いで、腕から放たれた銀色の物体がその場にいた全員の体を掠めた。
「ぬおぉッ!?」
ただ一人、アルフレッド以外の体を貫いたのは、ぎらりと煌めく小さな刃だ。
飛んできた、というよりは弓で射出されたかのような勢いである。甲冑を砕くどころか、貫通するほどの凄まじい一撃の雨霰は人間を簡単に肉塊へと変えてしまった。
「がぎゃッ!」
「ごぼえぇ!?」
「お前達!」
辛うじて距離を取ったアルフレッドの前で、上半身に無数の刃物が突き刺さって絶命した兵士の体をどかして、小さな人間が二人現れた。
「おっと、この一撃は避けるんだね。流石はアルフレッド王子様ってところかな?」
けらけらと笑いながらおどけた調子で動く少女は、片目を伸ばした髪で隠し、やけに短い片腕を長い袖で隠した、真っ白な衣服と肌の持ち主だ。もう一人の少女も同様の格好をしているが、こちらは生気がまるでない、まるで人形のようないでたちである。
こんな奇怪な姿の人間を、これまで一度だって見たことがない。それでもアルフレッドは凛とした表情を崩さず、血塗れの部屋を見回しながら吠えた。
「何者だ、貴様! 名を名乗れ!」
一方、少女はゆらゆらと揺れながら、話にはまともに取り合わない。
「名乗れって……仕事の都合上、名前は教えてあげられないんだよね。でも、どうしてもって感じみたいだし、この子の名前だけは教えてあげてもいいよ?」
彼は知らない。頬まで避けた口で笑う可愛らしい少女が、多くの犯罪者連中を掛け合わせたよりも残虐で、残酷で、非道であると。
彼は知らない。もう一人の少女は、ぼろきれを脱げば継ぎはぎだらけで、既に人ではなく体中に武器を仕込まれた人形になり果てていると。
何よりも、彼は知らない。
彼女が忍者の中でも殊更狂気に包まれた醜悪の権化――リヴォルであると。
「この子はレヴォル。私の家族で、今は可愛いお人形さん。ほら、挨拶してあげてッ!」
いうが早いか、彼女の指の動きに従ったレヴォルが、死骸を片手に担いでアルフレッドへと飛びかかってきた。まるで獣のような挙動を前に彼は一瞬だけ怯んだが、すぐさま剣を構えなおし、敵を見据えた。
彼の剣技はそれそのものが魔法よりも鋭く、素早い。だから、相手が死骸を投げつけてきても、一瞬で斬り裂いて反撃に転じてやるつもりでいた。
ところが、両断した鎧と全く同じ影に見えるようにして、陽動どころか正面切って攻撃を仕掛けてくるレヴォルの存在までは、全くもって予想外だった。
彼女の右手からせり出した黒い刃を見た瞬間、本能的にアルフレッドは身をかがめた。銀髪が数本斬られる感覚を悟った彼は、少女二人だからと油断せず、即座に距離を取って態勢を整える判断を選んだ。
「速い……それに鋭い!? 貴様、まさか忍者とやらか!?」
冷や汗を流すアルフレッドに対し、リヴォルはどこか退屈そうだ。
「あ、忍者については知ってるんだ。お兄ちゃんから聞いたのかな?」
「ここへ俺を誘い込んだのも、貴様か!」
「見れば分かるじゃん。見回りに来てた奴の仲間を皆殺しにして、王子を連れてきたら見逃してあげるって提案したら、あっさり乗ってくれたんだ」
「おのれ、よくも……!」
それでも、忍者として仕事だけはきっちりとこなす。
レヴォルを操る彼女は、今度は彼女に天井を殴らせた。すると、豪快な音を立てて崩落したそれらが瓦礫となり、入り口を完全に塞いでしまった。
「扉を……!」
アルフレッドは察した。これで、自分は逃げられないと。
逃げるつもりは毛頭ないが、入り口は封じられている。後ろには大きな窓があるが、背を向ければ忍者らしい少女に無防備な姿を晒してしまう。まだ一度、二度程度しか拳をかわしていないが、彼には確信があった。
「悪いけど、逃がすつもりはないの。さっさと終わらせてもらうね」
ぎりぎりと人形を動かす彼女が、殺しを、人への暴力を愉しんでいると。
相手が王子であっても、歴戦の勇士であっても、だ。