忍者にとっては、彼は格好の餌食に他ならない。もしもフォンがハンゾーの立場で、彼に利用の価値を見出せるのなら、確実に仕留めにかかるだろう。
 そして道具のように操る手段すら持っているとすれば、脳にプリンかマシュマロしか詰まっていない取り巻き連中であれば容易く操れる。そこをきっかけとして王族を糾弾し、傍から見ればアルフレッド王子が政権を獲得する。
 ――真実としては、忍者の恐るべき王政紛いとして。
 そんな未来が見えたからこそ、フォンは彼に警告したのだ。

「侮ってはいけません。敵は必ず来ます、ハンゾーはそういう男です」

 だが、やはりアルフレッドは頑固だった。

「だったら早々に来てもらおうか。それとも忍者、お前が呼んでくれるか?」

 挑発するような口ぶりに、サーシャの表情が嫌悪へと変わった。クールな彼女はまだその程度で済んでいるが、カレンはもう少しアルフレッドが師匠を侮辱しようものなら、即座に周囲を火遁忍術で焼き払ってしまうだろう。

「フォンを侮辱する、サーシャ、許さない」
「師匠がお主のことを思って言っているのでござる。少しでも耳を傾けず、あまつさえ剣を向けるとは、第一王子とはいえ傲慢が過ぎるでござるよ」
「許さないなら、傲慢ならどうする?」

 仮にどちらが、どちらも堪忍袋の緒が切れようとも、アルフレッドの意志は変わらない。

「独房に拘留してやってもいいが、もっと簡単な方法がある……お前達のような連中が警備など、最初から無理な話だったと、それだけだ」

 アルフレッドは剣を鞘に納めると、背を向けたままアンジェラに言った。

「アンジェラ、責任を持って彼らを宮殿の外に連れて行け。もしもできないのなら、騎士に手伝ってもらえ。反抗するのなら、多少乱暴な手段を取って構わない」
「王子!」
「二度は言わん。俺はこれから巡回に向かう――」

 その時だった。

「――アルフレッド王子! 二階の『王来の間』に、不審者の姿があったとの報告が!」

 階段を駆け上がってきた騎士の報せによって、別の意味で周りの空気が変わった。
 このタイミングでの、宮殿への侵入者。仮に忍者であってもそうでなくとも、捕らえる以外の選択肢がない存在が乱入してきたと言うのだ。

「確かか?」
「間違いありません! 不審者は複数います、うち四名をその場で取り押さえましたが、一人を取り逃がしてしまい……!」
「……逃したか。ならば、悠長にはしていられないな」

 アルフレッドの瞳は、怒りと使命の炎に燃えていた。

「僕も行きます、王子。相手が忍者なら……」
「不要だ。妄想狂に付き合っている暇はない」

 しかし、緊急事態だとしても、彼はフォンに頼らなかった。

「妄想ではありません。一つの可能性を提示したのです」
「どちらでも構わないし、どちらであろうと関係はない。お前達の役目は一つ。宮殿を後にし、ネリオスを離れ、ギルディアに戻ることだ」
「王子、フォンの意見に耳を傾けても……」
「くどい!」

 きっと一同を睨みつけた彼が怒鳴った。
 やはり、アルフレッドの考えは変わらなかった。
 ひりついた空気の中で、アルフレッドはフォンを一瞥した。お前のような者を相手にしていられない、くだらない戯言にはやはり付き合っていられないと、目が確かに言っていた。
 少しだけ間をおいて、彼は銀髪を撫でつけてフォン達に背を向けた。

「……行くぞ」
「「はっ!」」

 そうして、部下を引き連れた彼は階段を下りて行った。
 はたから見れば、彼の行動はおかしくない。おかしいとすれば、いきなり王子が狙われていると妄言を吐き、周囲との軋轢を生みだしたフォンの方だろう。
 実際、彼らの周りにいる兵士達は皆、一様に四人を取り囲んでいた。
 四人と表記したのは、アンジェラも同様だったからだ。いかに彼女がフォンを気に入っていて、忍者に理解があるとしても、騎士団に所属している以上は王族には逆らえない。特に今は緊急事態である。自己判断が最悪の事態を招く可能性もある。

「……貴方達、フォンは私が宮殿の外まで連れて行くわ」

 それでも有情としてアンジェラは提案したが、一同は首を横に振った。

「いえ、隊長。念のため、我々も同行します」

 甲冑を纏った面々がアンジェラの案を呑まなかったのは、偏に彼女とフォン達の関係性を知っているからだろう。途中で彼らを許す可能性があるような者一人に任せるのは、たとえ上司だとしても許せるはずがない。
 アンジェラも内情を察しているから、反論はしなかった。

「……分かったわ。でも、貴方達全員がついてくるつもり?」
「いえ、ここの五名を同伴させます。ありえないとは思いますが、もしも……」
「しないわよ、『フォン達を宮殿の外に出さず、王来の間に向かわせる』なんて。『一階の南側にある一番大きな部屋』なんて、向かわせるほど間抜けじゃないわ」
「それを聞いて安心しました。では、門まで同行します」
「頼むわね」

 アンジェラと護衛兵に囲まれて移動を始めたフォン達だが、彼らだけは気づいていた。
 アンジェラが、職務に決して忠実ではないと。
 それだけでなく、アルフレッドが下りて行った階段とは別の細い階段を下りていく一行のうち、髪に隠れたカレンの耳がかすかに動き、フォンにしか聞こえない小さな声で囁いた。

「師匠、気配でござる。獣の直感が、告げているでござる」
「何を?」
「隠れていたものが顔を出すような気配……護衛や兵士ではないでござる」
「……やっぱりか」

 少しだけ細くなったフォンの目。
 彼の反応に、取り囲んだ有象無象以外の全員が気付いた。

「フォン、やっぱり?」
「ああ、嫌な予感がする。目標がアルフレッド王子にしても国王陛下にしても、相手が動き出しているんだ。ここで悠長にしている暇はない」
「だったら、うん、あたしの出番だね」

 クロエは口元でだけ微笑むと、背負った矢筒のお尻を軽く叩いた。

「クロエ、貴女、何をするつもり?」
「何をするつもりって、あんたは分かってるでしょ? 最初からこうなるって」
「それはまあ、そうだけど。私もついていくつもりよ」
「だったら、痺れさせる人数は決まったね」

 不穏な会話に、流石の護衛兵達も気づく。

「おい、お前達! 騎士隊長殿も何を言っているのですか!」

 しかし、答えてやる必要はない。

「――今に分かるよ」

 筒から――鏃から迸った僅かな電撃に、誰も気づかなかったのであれば、なおさらだ。