フォン達がネリオスに到着し、宮殿に来てからあっという間に二日が経った。
 結論から言うと、驚くほど何もないまま、生誕祭の当日はやってきた。
 忍者の襲撃もなく、誰かが死ぬような事態もない。警備中のトラブルはせいぜい泥酔した者同士の喧嘩や軽い窃盗だけで、忍者らしい目撃情報どころか、騎士が一人だって欠ける問題もなかった。
 大臣達や騎士、衛兵の中にも安堵のムードが流れ出すほどの安寧の中、遂にもっとも人が王宮前の大広場に集まる、国王が人々の前に現れる日を迎えたのだ。

「いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は生誕祭当日だ、お安くしとくよ!」
「もうじき国王様がお見えになられる、特等席の場所を売るよ!」

 露店や商店の商人は、今日が最も売り時だとばかりに声をあげ、客を引き寄せる。

「双眼鏡をよこしなさい、セバスチャン。日傘も忘れないで」

 貴族や他国からの来賓者は大きな椅子にふんぞり返り、宮殿のバルコニーを見つめる。
 多種多様、沢山の人々が騒めき、広場が一つの国のような人口密度になってきた時、とある一人の男の声で周囲が静まり返った。

「おお、あれは!」

 男が指さした先は、宮殿のバルコニーだ。
 大きな、大きな通用廊下の中から姿を現したのは、ミルドレリア国王と妃だった。

「国王陛下! 王妃も一緒だぞ!」
「ということは、催し物が始まるわけだな!」

 どこかの誰かが言った通り、静寂から一転、歓声に沸きあがる広場の方に向かっておかしな集団がぞろぞろとやってきた。
 どれだけ少なく見積もっても二百人は下らない、複数の異なる衣装に身を包んだ集団は、兵士によって人がどかされ、誰もいなくなった広場の中心に整列する。その中で最初に動きを見せたのは、きわどいひらひらした服を纏った美しい少女達だ。
 彼女達が艶めかしい踊りを始めると、民衆――特に男性から、歓喜の声が上がった。

「ほうほう、今回は美人の踊り子から始まるのか!」

 口笛や少し下品な声が飛び交う中、後ろに控えている、真っ黒なマントを纏って白いのっぺりとした仮面を被った面々と、同じ格好をしておきながら白い木製の人形を携えた者達にも視線が集まる。
 何をするのかはさっぱりだが、今日は生誕祭だ。きっと、面白い出し物が拝めるだろう。

「後ろにいるのはお面をつけた踊り子、人形使いの奇術師か? 何だか知らんが、場を盛り上げる連中を国中からかき集めたみたいじゃあないか!」
「ミルドレリア王国の栄光の体現だ……一から国を創り上げた、偉大なる血は健在だぞ!」
「国王陛下、ばんざーい!」
「万歳、万歳!」

 踊りが激しくなってゆくのに併せて、誰もが手を振る国王を賛美した。
 そんな国王と王妃を、少し離れた廊下から見つめているのは、フォン一行だ。
 一見すると華やかさしかない空間だが、人目に付かない宮殿の内部や、バルコニーのすぐ後ろは厳重に警備されている。少し間を空けて衛兵が立ち、常に騎士が歩き回り、鼠一匹どころか蠅一匹、立ち入る隙は無いように見える。
 ネリオスと宮殿の警護を一任された騎士や兵士、衛兵を率いるアルフレッド王子もまた、白銀の鎧を着て、フォン達と一緒にいた。
 生誕祭当日ではあるが、フォンやクロエ、仲間達はいつもと同じ格好だった。鎧を着ないのかとアルフレッドに窘められたが、彼らは騎士ではなく冒険者であるとだけ答えた。

「まさに圧巻、って感じね。今日だけの為に、あれだけの人を招いたの?」

 割れんばかりの大歓声を受ける国王を、どこか冷めた目で見つめるクロエ。

「今日だからこそだ。民衆や他国の来賓にこそ、見せつける価値がある」
「王国にこれだけの芸術と美術があると示すのは、国の価値をしらしめるのと同等の意味があるわ」

 彼女を睨むアルフレッドとアンジェラの隣で、カレンとサーシャが顔を顰めている。

「ううむ……あれだけどんちゃか騒がれては、不審者が紛れ込んでも分からんでござるよ」
「香水の匂い、こっちまで届く。サーシャ、あれ、嫌い」

 踊り子達がこれでもかと振りまいた香水の生で、魔物特有の嗅覚と野生児の鼻の良さが仇となっている二人が鼻をつまむ。
 彼女達の情けないさまを見たアルフレッドは、やはり心配そうに肩をすくめた。

「それをどうにかするのが、俺達と王国騎士団の役割だ。そして、お前達の務めでもある。アンジェラの見込み違いでないなら、相応の活躍を期待するぞ」

 わざとらしい溜息を彼がつくと、甲冑を纏った騎士が彼を呼びに来た。

「アルフレッド王子、巡回の時間です!」
「分かった、直ぐ行く。アンジェラ、彼らのお守りは任せたぞ」
「承知しました」

 アンジェラにそう言ったアルフレッドは、すたすたと長い階段を下りて行った。
 フォンとしては、アルフレッドの考えが当然だと思っていた。いきなり信頼していた騎士が訳の分からない冒険者を連れてきて、しかも自分より強く、おまけに勝手に護衛の一員にされるとなると、はいそうですかと納得はできないだろう。
 だとしても、クロエはどうにも王子の反応が気になるようだ。

「お守りって何さ、フォンに勝てなかったくせに」
「よしなさい。王子を信頼する衛兵の耳に入ったら、投獄じゃすまないわよ」

 愛用の蛇腹剣、ギミックブレイドを揺らしながら、アンジェラがフォンに聞いた。

「私達は私達の仕事を果たすだけ。フォン、侵入者の気配はするかしら?」

 彼は少しだけ目を閉じた。クロエよりも鋭い目とサーシャよりも響く耳、カレンよりも利く鼻をフル稼働したフォンは、少ししてから目を開けて、言った。

「……今はない、かな」
「本当に?」
「絶対の確信という意味合いなら、そうとは言い切れない」

 間違いない、とフォンが言い切らなかったのは、相手が忍者と知っているからだ。
 忍者相手に絶対を想定していれば、必ず裏を取られる。敵の行動から目的、正体、何から何まで全てを疑って初めて、忍者の作戦を阻めるのだ。ましてや敵はレジェンダリー・ニンジャなのだから、一層警戒しないといけない。

「確かに人が多くて読み取れないところもあるけど、明確な敵意は感じない。それよりもアンジー、僕にも、アルフレッド王子の人望について聞かせてくれないかな」

 ただ、それよりも彼が優先したのは、意外にもアルフレッドに対する話だった。