「アルフレッド、広間でそんな乱暴を……」
「必要なことです、母上。彼らが詐欺師の集まりでないと証明するには、ええ」

 王妃の制止も、アルフレッドには通じなかった。大臣達はというと、彼を止めるどころか、むしろ邪魔者をこの場で始末してくれるのを待ち望んでいるようだった。
 明確な敵意を目の当たりにし、フォンは彼に少しだけ歩み寄った。
 突きつけられた刃が伊達や酔狂ではなく、真摯な正義感の元にあるのだと知ったからだ。純粋に何かを守りたいが故に振るう、宝石の散りばめられた王子専用の剣が示す意志が分からないほど、フォンは間抜けではなかった。
 そしてそれはまた、アルフレッドにとっても同様だった。

「フォンと言ったな。念の為に聞いておくが、忍者とはなんだ?」
「意味、か」

 眼前の少年がくだらない道化でないと理解した王子に、フォンは言った。

「どのような存在かと言われれば様々な意味があるけど、僕は『人の世と闇の狭間に生き、正しき力を以って悪を滅する者』を指すと思ってるよ」
「ほう、それだけの力が己にあると?」
「世界を守るほどの力はないよ。僕にあるのは、大切なものを守る力だけだ」

 おかしな奴だ、とアルフレッドは思った。
 慢心はない。力強さも感じられない。その反対の感情も見受けられない。
 空っぽの器のようであり、揺れるバンダナのように一体的ではなく、掴みどころがない。アンジェラの話す忍者がどれほどの存在かは、言葉だけでは、やはり察せない。

「矮小さを誤魔化すか、それともただ間抜けな謙虚さか……確かめさせてもらうぞ!」

 ならば、平静を揺らがせる一撃を繰り出すだけだ。
 誰が止める間も与えず、アルフレッドは強烈な突きの一撃を繰り出した。

(速い……アルフレッド王子の剣さばき、私達に匹敵する斬撃を避けるのは至難よ!)

 アンジェラや国王、王妃が目を見開いた通り、彼の斬撃は確かな速度と威力を有していた。それこそ、並の騎士や冒険者であればかわす――防ぐ暇もなく貫かれて絶命するだけのスペックに足りている。
 アルフレッドとしても、そのつもりだった。遮られないなら、それまでの相手だと。
 だから彼は、できれば一撃で倒れ伏してほしくないと思った。

「むっ!」

 そういう意味合いであれば、彼の願いは叶った。
 フォンはアルフレッドが突き放った剣を、容易く避けてみせた。
 回避すると言っても、華麗な動きでひらりと跳んだり、跳ねたりしたわけではない。まるで剣がどのような動きで向かってくるのかがスローモーションで見えているかのように、頬が触れるか触れないかの寸前で動いただけだ。

「おお、王子の攻撃を避けたとは!」
「ふん、偶然だろう!」

 あっさりとやってのけた芸当がどれほど難しいかは、おお、と間抜けな声を上げただけの大臣達では理解しかねるだろう。難易度を悟れるのは、フォンの仲間達とアンジェラ、そして攻撃を放った当の本人であるアルフレッドくらいだ。
 そしてまた、王子は斬撃をかわされたくらいで屈するほど貧弱ではない。

「偶然ではないな……それでこそ、力を試す価値がある!」

 剣を引き戻したアルフレッドは、銀に煌めく刃を振るい、フォンに猛攻を叩き込む。

「王子の剣術、いつ見ても見事ですなあ!」
「あのペテン師連中が斬られるのも時間の問題だな、ははは」

 大臣達が自分達の事柄でもないのに自信を持てるのも納得できるくらい、王子の剣技は確かな実力を兼ね備えている。
 アンジェラほどの騎士から見ても、フォンが防戦一方になっているのは明らかだった。
 自分では回避するのに、攻撃を忘れて一旦集中しなければならないほどの速度と鋭さを有する斬撃が間髪入れずに襲い掛かってくるのだ。フォンだから避けられるのであって、クロエ達ではきっとみじん切りになっていただろうとも確信できる。

「ふんっ! はぁっ!」

 王子もまた、繰り出す連撃がフォンに命中するのは時間の問題だと思っていた。
 左からの薙ぎ払いか。正面からの刺突か。右からの振り上げか。
 バックステップで余裕綽綽らしく回避するのは、きっと強がりに過ぎない。楽々な態度で動く足もじきに縺れ、動かなくなるだろう。そうなった瞬間が、王国の警護に茶々を入れ、狂言で人を惑わした愚か者への代償だ。
 己の技量に絶対の自信を持つアルフレッドの思惑通り、その瞬間はやってきた。
 乱暴にも似た斬り払いを避けたフォンが、わずかに体勢を崩したように見えたのだ。

「今だッ!」

 大げさに近い隙を逃さず、アルフレッドは剣を振り下ろした。

「フォン!」

 思わず、アンジェラが叫んだ。
 待ちうるのが、肉体が真っ二つに裂けた死であると、彼女にも分かってしまったのだ。

「貰ったぞ、詐欺師め――」

 アルフレッドもまた、確信した。

「――甘い」

 だからこそ、フォンの呟きを聞き逃さなかった。
 だが、くるり、と視界が揺れ動いたのも、両手足の力が抜けたのにも気づかなかった。

「――え?」

 彼は倒れていた。
 何をされたか。どうしてこうなったか、理解できなかった。
 自分が大理石の床に仰向けになって、剣を既に奪われていた。代わりにそれはフォンの手に握られていて、彼が左手に持つ黒い刃の小刀――苦無と共に、アルフレッドの喉元に突き付けられていた。
 たった今まで優勢だった王子が、ほんの一瞬で倒れ、フォンに生殺与奪を握られる。
 今起きているあらゆる事象が、アルフレッドのみならず、ほぼ全員に理解できなかった。

「俺が、転んで? いつの間に? どうやって?」

 呆然と問う彼に、フォンは口元を少しだけ吊り上げて答えた。

「どうやったかは、忍者の秘密だよ」

 アルフレッドは冷や汗を垂らして困惑したが、それはアンジェラも同様だった。

(見えなかった……私の目をして、フォンの動きのかけらも……!)

 アンジェラが知っているフォンは、少なくともこれほど速くはなかった。というよりは、ここまで殺意を隠し切り、尚且つ的確に人を死に至らしめる術を見せはしなかった。
 いかにフォンが強いと言っても――負けるはずがないとしても、王子との戦いは半ば熾烈を極めるとすら予想していたのだ。それが、刹那の速度と技術により、女騎士の想像を絶する手法で彼は勝利した。
 忍者の里での修業は、紛れもなく彼を人外の域へと昇華させていた。
 誰もが絶句する中、さもそれらが当然のように接するのは、クロエ達だけだ。

「流石でござるな、師匠。以前よりずっと速いでござる」
「ま、フォンなら朝飯前だね」

 最初から勝利を確信していた三人の前で、フォンは剣を喉から離して言った。

「……剣の切れ味はいい。的確な刃の振るい方、躊躇いのなさ。うん、アンジーの言う通り、貴方は彼女に比肩するか、それ以上の実力者だ」

 あまりに平然と、冷静に、しかし冷たい刃のような目を離さず、彼は告げた。

「だけど、これだけでは忍者に勝てない。そしてアルフレッド王子、国王陛下達を狙う忍者の一団の長は、僕よりもずっと強い」