「どういう意味なの? 忍者が育ってるって、ハンゾーが育ててるの?」
「……あくまで僕の仮説だけど、今回の襲撃はハンゾーが指揮しただけだ。決して、彼自身が直接手を下したわけじゃない」
「指揮したって、ハンゾーが育てた忍者を?」

 そうね、まさしくフォンの言う通りかもしれないわ。
 貴方の予想通り、殺された現場はさほどスマートではなかったのよ。
 拷問の間にも抵抗した様子が見受けられたし、飛び散り方からして騎士ではない者の血液もこびりついていたわ。足跡もいくつか残っていたし、私がここまで調査をできたのも、彼らの詰めがどうにも完璧ではなかったからよ。
 そのあたりの後処理もしないのは、忍者としては甘いんじゃあないの?

「確かに甘いね。リヴォルにしても、ハンゾーにしてもそんなミスは犯さない」

 あの二人ではない他の誰かの犯行、というわけね。

「どうかな、忍者のなりそこないや偽者の犯行って可能性もあるけど?」

 偽物なら、数日も王都騎士団から逃げおおせていないわ。確実に捕えているわね。

「最初からおかしいと思っていたんだ。ハンゾーがもしも自ら手を下せるようなら、というより彼がネリオスに入ってこられるくらいにまで潜伏できているのなら、既に都は陥落してる。そうでないのなら、彼は準備を他の者に任せてるんだ」

 ハンゾーとかいうのは、それくらい強いのね。

「僕が油断した彼を斬り伏せられなかったら、おそらく敗れていた。それくらいには強い」

 だったら、他の忍者がいると思っていいわね?

「あのさ、あまりにも突拍子がなさすぎない? クラーク達が脱走して間もない間に騎士が殺されて、しかも忍者の仕業っていうのは脈絡がなさすぎる気がするよ」
「拙者も同感でござる。それに忍者兵団がもう一度誕生するなど、いくら師匠の仮説だとしても信じがたいと言うか……荒唐無稽に思えるでござる」
「……僕もそう思うよ。はっきり言って、無理なこじつけだとも思ってる。だけど、ハンゾーが生きているのは間違いない。僕の忍者としての直感が告げてるんだ。やつの蛇のような目が僕を見ていると、喉笛に喰らい付こうとしていると」
「フォン……」

 ……いずれにしても、放っておく選択肢はないんじゃないかしら。
 王都に忍者が潜伏していて、しかもそれにクラークや女忍者が関連している可能性が高いのよ。ここまで危険因子が揃っていて、何も起きない可能性はまずないと思うわ。
 クロエやサーシャ、カレンにとっては、騎士団と王族の事情だと言われればそこまでだけど、フォンにだけはそうはいかないわね。もしも本当に、貴方が忍者の里にいた頃に死んだはずの長が関与しているなら、危険な事態に発展するでしょうし。

「どうして?」

 貴方の顔に書いてあるわ。
 彼らを放っておけば、恐ろしい事態に発展すると。そう、知っていると。

「……それが、僕達に会いに来た理由かい?」

 半分は当たりよ。事実をあるがままに伝えて、意見を聞きに来たのが半分。

「もう半分は?」

 ……もう半分は、貴方達冒険者への依頼よ。
 今、ネリオスの警備は一層厳重になったように見えて、『王の剣』の損失で屋台骨が砕けたも同然の状態になっているの。幸いにも力を一層増してくれたらしい貴方達に、祭りの間だけでも王族の護衛の補助をしてほしいのよ。
 勿論、報酬は弾むわ。私が王族や大臣に口利きして、欲しい額の報酬を払わせる。それこそ金銀銅貨だけじゃない、家や馬、称号、土地でも欲しいのなら支払わせる。
 それくらい、貴方達の力を借りたいのよ。
 どうかしら、悪い話じゃあないと思うけど?

「……とてもじゃないけど、冒険者に頼み込む内容じゃないよね」
「お前、冒険者、勘違いしてる。サーシャ達、傭兵じゃない」

 そうね、傭兵じゃないわ。冒険者への依頼としては規格外だとも知ってる。
 けど、フォン以外に――貴方達以外に、頼める相手がいないのよ。逆に言うと、貴方達以上の実力者を私は今のところ知らないし、こんな事態に対応できる騎士もほぼいないわ。
 私も騎士の端くれよ。本来私達が為すべきことに民間人を巻き込むことがどれほど恥ずかしいことか、情けないことかはわかっているつもり。
 だとしても、助けてほしいの。
 国を脅かす相手に、挑んで欲しいのよ。

「……どうする、フォン?」
「どうするか、か。君達はどうしたい?」
「答えは決まってるつもり。けど、一応フォンにも聞いておこっかなって、それだけだよ」
「サーシャ、お前に任せる。お前の選んだ道、ついていく」
「拙者も同じく。師匠と共に行くでござるよ」

 …………。

「――分かった。ハンゾーが生きているにしても、死んでいるにしても、忍者の介入なら危険な事態に発展する可能性が高い。それこそ王都だけでなく、国に広がるだろう」

 ということは。

「君の依頼を受けるよ、アンジー。忍者の暗躍は、僕達が止める。いいよね、皆?」
「オッケー。ま、あたし達で王都をちゃちゃっと救ってあげますか!」

 ……ありがとうね、フォン。皆も。

「気にすることじゃないよ。僕達だって、アンジーには助けられてるし」

 とてもありがたいわ、本当に。
 でも、ひとつだけ気になるわね。
 フォンがもしも行かないって言ってたら、貴女達はどうしていたのかしら?

「どうって、どうもしないよ。フォンが、行かないって言うはずないからね」

 えっ?

「サーシャ達、こいつのこと知ってる。こいつ、困ってる人を放っておかない」
「拙者の師匠は、苦しんでいる人を放っておくほど薄情ではないでござる。もしも臆病風に吹かれるようなことがあれば、拙者がお尻を蹴り上げるでござるよ!」
「ふふっ、カレンが僕の背中を取れるようになるほど強くなるのは、楽しみだね」
「うっ……ま、まだまだ精進中でござる……」

 それじゃあ、貴女達の準備ができ次第、王都ネリオスに向かうわね。
 いつでも声をかけて頂戴、私は近くの宿を取っておくから。

「……いや、宿を取るまでもないよ」

 どういうこと?

「今日の午後には出発しよう」
「うん、善は急げ、だね」

 ……本当に、ありがとう、フォン。

「拙者達に礼はないでござるか」
「サーシャ、不満」

 冗談よ。貴女達にも、心から感謝しているわ。

 ◇◇◇◇◇◇

 ここまでが、フォンを含めた忍者パーティが王都に来ることになった経緯である。
 あらゆる事柄が仮定であっても、己の直感と正義感を信じ、フォンはネリオスへと向かった。クロエ達パーティメンバーも同様に、彼と彼の信念を信じた。
 そうしてアンジェラを含めた五人は、真実を確かめるべく赴いた。
 閉鎖的でありながら国の中心となる都市。

 富裕層のみが暮らし、五年に一度だけ公になる都。
 王族の居住地――王都ネリオスへ。