「ハンゾーって、確かフォンが倒した忍者の長、だっけ?」
「……そうだよ。僕が里を滅ぼした時に、死んだはずだ」
「だったら、おかしい。死人、一度死んだら、それまで。サーシャ、知ってる」
「そのはずだ。僕は確かに殺した、けど……」

 貴方も何かを知っているようね、フォン。
 というよりは、勘付いていると言ったほうがいいかしら。

「ああ、あまり考えたくない事象だけど、現実としてあり得るなら……」

 その話にはすごく興味があるけど、後ろの三人が間抜けな顔をしてるから……まずは説明してあげて。瞳のように彫り込まれた傷痕、『蛇の目』が何であるかを。

「……『蛇の目』。アンジーがどこでそれを知ったのかは知らないけど、忍者の里でハンゾーに直属していた忍者が、拷問の対象として選んだ相手に彫り込んだ一つの証だ」
「証? 何の?」
「どんな形を以てしても死に至らしめるという証さ。蛇の目の形に肉を彫ってから拷問を始めるのは、ハンゾーが訓えた忍者の習わしなんだ」

 私は独自調査の末に、『蛇の目』の情報を手に入れたわ。さっきも言った通り、忍者が使うメッセージ性のある刻印だとは知っていたけど、そんな意味があったなんてね。
 確かにこんな傷は、他では見たことがないのよ。忍者独自の習慣ってわけ。

「えっと、つまり……それ自体が危険とか、そういう意味?」
「そんなところかな。だけど、一番問題なのは、『蛇の目』が存在することだよ」

 そこについては、私も聞いておきたいわね、フォン。

「アンジーにも言っておくと、ハンゾーというのは、僕が所属していた忍者の里の長だ。即ち僕が滅ぼした里の長であり……リヴォルの上司でもある」

 じゃあ、私の仇が、事件に絡んでいるのね?

「恐らくはね。ただ、彼女がこれを彫り込んだとは考えにくい」
「なぜでござるか、師匠? あやつはハンゾーのしもべ、『蛇の目』を知っていてもおかしくはないでござる。きっと、アンジェラや師匠を挑発する為に……」
「いいや、僕を呼び出すのだけが目的なら、この刻印である必要がない。もっと大規模な殺人や破壊を繰り返したほうが、もっとシンプルに僕を引きずり出せるだろうしね」
「確かにそうかも。もしもフォンを狙うなら、ネリオスに行く必要もないよ」
「相手は騎士を殺すだけの実力を持つ者を従え、アンジェラと僕の関連性について調べるほどの諜報力と、大胆な殺戮をしておきながら虎視眈々と状況を静観する落ち着きを併せ持っている。そんな人物は、一人しか思い当たらない――」

 ――結論を言ってちょうだい、フォン。
 貴方の目から見て、この現状が伝える真実がなんであるかを。
 おそらく、私も貴方も、結論は同じだと思うけど――。

「――ハンゾーは生きている」

 ……やっぱりね。

「ハンゾーが!?」
「おかしいよ、それって! フォンから昔話を聞いたけど、里が滅んだ時にハンゾーも殺したって! じゃないと、つじつまが合わないよ!」
「師匠の話通りなら、ハンゾーは相当狡猾でござる。きっと、師匠を逃がさなかったはずでござるが……ハンゾーから教わらず、他の書物から忍者の情報を手に入れた誰かが……」
「ありえない。刻印を知っているのはハンゾーと、選ばれた一部の忍者だ」

 フォンの仮説の通り、彼が生きている証拠は残っているわ。
 元忍者の首領とやらは、どうやら死んでいないようね。

「……そう、考えるほかないかもしれない。リヴォルが僕を混乱させる目的があるとも考えたけど、やるにしては回りくどすぎるから……」

 私も同じ意見よ。もっと確実に動揺させる手段はあるわ、間違いなく。
 ついでに言わせてもらうなら、貴方が殺したと言っておきながら、生きている事実にさほど驚いているようにも見えないわ。どこかで彼が生きているんじゃないかって、おかしな話だけど確信があったんじゃないの?

「そうなの、フォン?」

 ここにきて、誤魔化しはなしよ。

「……僕達は暫くの間、忍者の里の跡地に行っていた。僕の記憶の手掛かりを探す為だったけど……結果として、そこで忍者の秘密の訓練場を見つけた。修行を積んで、強くなれたのは師匠が僕を導いてくれたんだと思っていたんだ。けど、違うのかもしれない」
「どういう意味でござるか?」
「誰かに導かれているのは間違いなかった……けど、あの時と同じ目線を時折感じたんだ。僕を突き刺すような蛇の目を……里にいた頃にも感じた、鋭い視線を」
「もしかして、ハンゾーの視線を?」
「気のせいだと思いたかった。殺したのにも確信は持っていた。けど、あいつは僕よりも一歩上手だった……本当に生きているとすれば、そう思わざるを得ないね」

 そのあたりは、流石、忍者の長ってところかしら。

「……一つ確かめさせてくれ。この傷が彫られている部位は、どこだった?」

 ええと、右膝だったわ。それがどうかしたの?

「おかしい。『蛇の目』を傷としてつけるのなら、もっとわかりやすい場所や、対象に恐怖を与える箇所につけるはずだ。僕なら心臓の辺りに彫り込むし、だいたいの忍者はそうする。そうしないのは、まだ半人前の忍者か、そこまで物事を教え込まれていない忍者だ」

 半人前の忍者、というのは矛盾していないかしら。
 この世界に存在する忍者は、貴方とそこの猫ちゃん、私の仇とハンゾーだけ。他に忍者がいるなら、絶対に私がその情報を集めているはずよ。
 忍者が勝手に増えるはずもないし――。

「勝手に増えていないとしたら?」

 ……まさか。

「大方、僕と君の予測は当たっていると思うよ。もしそうなら、恐ろしい事態だけど」

 ええ。ここで悠長にしている余裕は、少なくともゼロになるわね。

「まさかって、アンジェラもフォンも、どうしたの?」
「凄い顔。お前ら、お腹壊した?」

 お腹を壊してこんな顔になれるなら、そっちのほうが幾分ありがたいわね。けど、お馬鹿さん達に教えてあげると、私が神妙な顔をしてるのは、まずい事実に気づいたからよ。

「まずい事実とは何でござるか、師匠?」
「……育てているんだ」

 やっぱり。

「育ててるって、何を?」

 忍者の長が育てるものなんて、一つに決まっているでしょう。

「ハンゾーは……忍者を育てている。新たな『忍者兵団』として、里として……!」

 ――忍者はもう、フォンやあの女だけではない、ということよ。