今度こそ、フォンの顔から希望が消えた。彼がそんな表情を見せるのを待っていたかのように、マリィとクラークは口を開いた。
「私、フォンとは居られないの。クラークの傍が、一番落ち着くから」
「よしよし、マリィ。今まであんな奴の相手をさせられて、辛かったよな。彼から君を引き離せなかった俺にも、責任はある」
「……そんな……」
クラークに篭絡されたのではない。本心で、彼女は勇者の隣を選んだ。
別段告白をしたわけでも、恋人同士でもなかったが、フォンの心臓には大きな穴が開いた。心を砕いたのを確かめたクラークが、サラとジャスミンに近寄るよう手振りを見せると、二人は懐いた犬のように寄ってきた。
片や、女の子三人を侍らせる勇者。片や、味方のいないフォン。
「……どうするんだ、フォン? 今ならまだ、ここから出て行くだけでいい。でも、これ以上駄々をこねるなら、俺も容赦しないぞ」
「クラーク、やるならあたしがやるよ。この陰気な顔に、前々から苛ついてたしね」
「それなら私も! クラーク兄ちゃん、こいつをボコボコにしたら、褒めてくれる?」
「おいおい、そんなことしたら可哀そうだろ? 戦闘力ゼロに近いんだからさ、苛めになっちまうぜ」
「兄ちゃんやっさしー! だいすきー!」
「ったく、甘いねえ、クラークは。そういうところも、あたしが惚れこんだところさ」
クラークが何を言っても、サラとジャスミンは彼に抱き着き、愛情を示す。
こんな芝居を見せられて――心なしか芝居を微笑ましく眺めるマリィを見せられて、フォンがこのパーティに残る理由は、もうなかった。
「……分かった。従うよ」
フォンが喉の奥から絞り出した声を、クラークはどうでもいい調子で聞いた。
「おう、悪いな……おいおいサラ、キスは駄目だって、皆が見てるだろ、ははっ!」
だから、彼を追い出すのも、手で払うだけだった。彼としては、仲間達といちゃつくので手一杯で、もうフォンなど見ていなかった。
溢れ出そうな涙を堪え、フォンは背を向け、扉を開いて部屋の外に出た。マリィがクラークの後ろから手を回すのを見ていたら、きっと頭がどうにかなっていた。
心が音を立てて壊れていくのを感じるフォンは、扉を出た廊下で、女性と鉢合わせた。
彼女はフォンを見て、やや申し訳なさそうに聞いてきた。
「あ、あの、勇者パーティの部屋はここでしょうか?」
「……はい、そうです」
「私、ナイトのパトリスと言いまして、クラーク様にスカウトされたんです。それで、挨拶しに来たんですけど……」
フォンは察した。目の前の、鎧を着こんだブロンドのグラマラスな美人が、フォンの代わりに加入したのだろう。ナイトならば、盾役として、戦闘に貢献できる。
戦いに使えない者はいらないのだ。自分の横を通り抜けていくパトリスを一瞥もせず、失意の中、フォンは荷物も纏めずに宿を出て行った。
これからどうしようか、どうすればいいのか。頭の中は、それで一杯だった。
◇◇◇◇◇◇
勇者パーティの部屋では、新たに加入したナイトが、自己紹介をしていた。クラークを敬愛する仲間達は彼女の話を聞き、彼と一緒に拍手で迎え入れた。
「君には期待してるよ、パトリス」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
「いやあ、優秀そうなナイトが見つかってよかったぜ。それにしても……」
仲間を抱き寄せるクラークの手には、フォンの履歴書。
職業欄に書かれた、今まで聞いたこともない職業を侮蔑するように睨み、履歴書をぐしゃぐしゃに丸めて、彼はそれをゴミ箱に投げ捨てた。
「どうしたの、クラーク?」
「……いや、なんでもねえよ」
窓の外には、道をふらふらと歩くフォンの姿。
あんなみっともない負け犬にはなりたくないものだと、クラークは心の中で嗤いながら、仲間達に言った。
「さあ、これで新生勇者パーティの結成だ! 『忍者』なんて訳の分からない奴をクビにして、俺達は一層強くなるぜーっ!」
クラークがクビにした、フォン。
彼の職業は、『忍者』。
この世界に最後の一人となる、正真正銘の、影に生きる者だ。