「……よかった。あたし達、やっと力になれたんだね」
「やっと、じゃないよ。僕が気づけてなかっただけで、ずっと力になってくれてたんだ――」

 フォンが思い返していると、急に再び、床が凄まじい勢いで揺れ始めた。

「――な、なんだ!?」
「床が揺れているでござる! もしや、また別の試練が……!?」

 もしや、新しい試練が降りかかってくるのか。
 そう思った一同が武器を構えようとしたが、フォンだけは冷静だった。彼は苦無を構えずに、自分達の周囲から壁の代わりにせり上がってくるそれらを見つめていた。

「……いいや、違う。僕達は全ての試練を乗り越えた」

 彼の声を聞いて武器を仕舞った仲間の目にも、同じ光景が飛び込んできた。
 灯る炎。
 石造りの巻物棚。
 中央に鎮座する荘厳なる祭殿。
 虚無の空間が一転して灯火に照らされた時、ここは罠の巣窟ではなくなった。

「これは――試練を潜り抜けた者への褒美だ」

 試練を超えた者に与えられる、真の修練の地だ。
 フォンはゆっくりと一番近い祭壇に近寄ると、冷たい石に触れた。すると、小さな音を立てて、がしゃりと石と石の間が開き、窪みができた。
 勿論、ただ単に凹んでいる部位だけではない。中には大きな槌のような武器が押し込まれている。何かに納得した様子のフォンが右回りに一周するように、自分達を囲む祭壇の一つ一つをなぞっていくと、武器がそれぞれ現出する。

「褒美……?」

 槍、剣。盾。
 様々な武器を手慣れた様子で引き出すフォンにカレンが問うと、彼は軽く頷き、残った最後の祭壇の前で軽く石を叩きながら答えた。

「ここにあるのは……忍者が術を学ぶのに使う巻物だ。こっちは一部の忍者が使う武器だ。恐らく、試練を乗り越えたマスター・ニンジャが修行をする……!?」

 ところが、最後の武器が彼の目の前に出てくると、ぴたりと口を閉じてしまった。
 彼が持っているのは、少し歪な形をしたメイスだ。サーシャの持っているものよりも少しだけ大きく、古ぼけてはいるが、手入れをしてやればまだまだ使えそうだ。
 だが、フォンが気にしているのは、その外見ではない。

「どうしたの、フォン?」
「師匠、何をまじまじと見ているのでござるか?」

 クロエとカレンがそう聞くと、フォンはメイスを持ち上げ、振り返りながら言った。

「……これが何か、分かるかい?」
「何って、鈍器だよね?」
「そう、ただの鈍器だ。だけど、間違いなく魔法の力が篭っている」

 三人はフォンの話を聞いてひっくり返りそうになった。
 魔法の力が篭った武器自体は、珍しいものではない。クラークの剣にも疑似的にではあるが魔力が宿っていたし、ギルディアの高級な武具屋に行けば購入も難しくない。問題は、ここが修練の地、つまり忍者の里であることだ。

「魔法!? 忍者は魔法を使わないはずでござるよ!?」

 カレンの言う通り、忍者は魔法を嫌う。容易く手に入れられる超自然的な力は、人間の限界を引き出す忍者からすれば目障りこの上ない存在だからだ。放っておけば忍者の立ち位置を危うくする可能性があるとして、会得を固く禁じられていた。
 しかし、ここにあるメイスには、明らかに暖かな、不思議な力を感じ取れた。忍者が、しかも忍者の模範となるマスター・ニンジャになる者がどうしてこんな武器を保管しているのかはフォンにとっても疑問だったが、直ぐに答えは出た。

「ああ、忍者は魔法を嫌っていた。自分達の在り方を根本から否定してしまうものだからね。だから、忍者は魔法を学ぶのはご法度とされていた……表向きではね」
「表向き? 忍者、嘘ついてたのか?」
「嘘ともいえるかもしれない。ここまで辿り着いたマスター・ニンジャは、きっと完全な忍術と一緒に、忌み嫌う魔法についても学んでいたんだ。並んでいる巻物の中に、魔法を会得するか、魔法に対する手段を記したものがあるはずだ」

 魔法を忌み嫌い、打ち倒す為に、マスター・ニンジャは敢えて魔法に触れた。それが、フォンが皆に教えた結論だった。
 ただ、明言はしなかったが、別の結論も有り得た。現状維持では滅ぶと判断した忍者がこっそりと魔法を学んでいた可能性も捨てきれない。それこそ、『禁術』と称して忍者達に会得させていたと言われても信じられる。
 それくらい、忍者の歴史は欺瞞に満ちていたわけだ。尤も、クロエ達に話したところで混乱させるだろうし、憶測の範囲を出ないので、口にはしなかったが。

「成程、敢えて自分達と相反する力について学ぶんだね」
「そうだね、この書物を読み解き、武器による武術を会得し、普通の忍者はマスター・ニンジャになるんだ。修行の地としては申し分ない……」

 ぐるりと辺りを見回し、フォンは少し良い案を思いついたようだった。

「……うん、決めた。皆、ちょっと相談なんだけど――」

 ただ、彼が口を開くよりも先に、クロエ達が微笑みかけた。

「――ここに留まって、修行する、だよね?」

 いかに忍者と言えど、長く付き添い、家族よりも深い絆で結ばれた三人には、フォンの考え事などお見通しなのだ。
 ちょっぴり驚いた調子を見せてから、フォンはくすりと笑った。

「……全部、お見通しか。敵わないや」

 そして、深く頷いてから、近くの巻物を手に取って開いた。
 中に記してあるのは、ぎっしりと詰め込むかのごとく記された情報の羅列。到底一人では読み解けなさそうだが、逆にこれほどの力が手に入れば、大きな成長に繋がるはず。

「肉体も精神も、忍術も鍛え直す大きなチャンスだ。もう二度と皆を傷つけさせない……自分自分を迷わせない為に、僕は強くなる。もっと、ずっと強くなるよ」
「だったら、あたし達も一緒だね。忍術も気になるけど、魔法についても学べるなら一石二鳥ってとこだし!」
「サーシャ、今のままでも強い。けど、もっと強くなりたい」
「拙者も、敵に後れを取りたくないでござる! リヴォルの時のような無様を晒さない為にも、師匠と仲間を守れるようになる為にも、拙者は全てを学ぶでござるよ!」

 意見は固まった。議論を挟む必要すらない。

「……意見は同じ、だね。じゃあ、始めようか」

 火の点る祭壇を前にして、フォンはまたも笑った。

「忍者の修行を――マスター・ニンジャと同じ修行を、ね」

 仲間達も、つられて笑顔を見せた。
 ――こうして、四人の修行が始まった。
 もっとずっと強くなる為に、仲間を守る力を得る為に、何日かけてでも。
 文字通り、修練に全てを費やすのだと。