フォンの絶叫が止むまで、ハンゾー達は黙っていた。
 新ある悪の誕生を喜んでいるのか、それとも感傷への侮蔑なのか。いずれにせよ、彼の喉が裂けるほどの絶叫が沈黙した時、その帳を破ったのはハンゾーだった。

「……よくやった、新たなフォンよ。里を脅かした反逆者殺しの功績を以って、お主を三代目フォンとして正式に認めよう」

 ここでようやく、フォンは忍者として正式に認められたと言える。誰が何と言おうと、彼は忍者の里では有能な道具であり、以上でも以下でもなかった。しがらみを自らの手で奪った今になって、やっと忍者となったのだ。
 とにもかくにも、ハンゾーと忍者達は有力な武器を手に入れたこととなる。ならば、もう立ち止まる必要などない。ハンゾーは振り返り、フォンに背を向けたまま吼えた。

「さて、皆の衆! これより我ら『忍者兵団』は国を崩す! 忍者が陰に隠れ、愚鈍な連中に使われるだけの日々は最早終わった! これからは、忍者が世を統べるのだ!」
「「おおぉ――ッ!」」

 同胞達は、彼に応じた。
 世界は最早、忍者が陰から平定するに値しない。表に立ち、愚か者達を支配してこそ価値がある。武と知に優れた忍者には、資格がある。
 誰もがそう思っているからこそ、レジェンダリー・ニンジャに同調した。洗脳されている者もいれば、自らの意志でハンゾーに肩入れする者もいた。
 ――ただ一人、項垂れたまま口を開かず、忍者に歩み寄りもしないフォンを除いては。

「…………フォン、いつまでそこに立っているつもりじゃ? 儂のもとへ来い」

 絶対の命令にも顔を向けず、ただ沈黙している。
 とうとう、マスター・ニンジャに一人がフォンに詰め寄り、彼を怒鳴りつけた。

「おい、フォン、聞いているのか? ハンゾー様の命令だ、こっちに――」

 こっちに来るんだ、と言いかけた彼だったが、不意に奇怪な声を漏らした。
 逆さまになった言葉、噴き出す血、炎に照らされた体。

「だんる来――」

 それが、最期の言葉だった。
 手にした刀で、フォンがマスター・ニンジャの首を刎ねたのだ。
 何が起きたのか、忍者一同は一瞬だけ理解できなかった。任務外で人を殺さない、呼吸すら自覚せずできるか怪しい道具が何をしでかしたのか、最初に呑み込み、目を細めながらねめつけたのは、やはりハンゾーだった。

「……何を、何をしている、お主……!」

 嗄れ声に対し、フォンはようやく顔を上げた。

「――俺は――」

 ぎらりと血の滴る刀を、両の目から流す血の涙を、彼は隠さなかった。
 何より、これまで封じていたものを、仕舞い込んでいたものを、彼は隠さなかった。

「俺は、俺から、奪うな、お前達がああああああぁぁぁああああッ!」

 即ち――咆哮により解き放たれた、凄絶な殺意を、だ。
 最早何を叫んでいるのか分からないほどに怒り狂ったフォンは、目にも留まらぬ速さで刀を振るったかと思うと、ハンゾーから最も離れた忍者二人の前に駆け寄り、たちまち両腕と首を刎ね飛ばした。

「ぐぎゃあ!?」
「な、なにをおぶうぉお!?」

 これが並の兵隊であれば未だに動けなかっただろうが、彼らは忍者だ。フォンからたちまち距離を取り、各々が苦無や鎖鎌、刀に手裏剣を構え、彼と敵対する。
 どうなっているのかと、マスター・ニンジャの一人が、ハンゾーに異常事態の原因を問う。

「マスター・ハンゾー! どうなっているのです、フォンの意志は完全に殺したはずでは!」
「……まさか、死を引き金にしおったのか、あやつめ……!」

 質問された老人は、忌々しげに斃れたままの先代フォンを睨んだ。

「最も近しい者の死は感情を揺さぶる……己の死を以って洗脳を無理矢理解き、感情を引き出したとするならば……おのれ、あの小童め……!」

 強い感情の昂りが洗脳を解く切欠になるのだとすれば、と先代フォンは踏んだのだ。
 つまり、自分を殺させる――最も信頼していた可能性のある人間を自ら殺めさせることで、洗脳よりも強い感情の揺さぶりを与えたのだ。半ば賭けのような挑戦ではあったが、果たして先代の望みは叶った。
 フォンは己を取り戻した。最も恐るべき、感情を爆発させた忍者として。
 こうなればもう、ハンゾー達としてもただの道具だと軽視するわけにはいかない。

「フォンも反逆者じゃ! 構わん、殺せ!」

 長の命令で、全ての忍者が一斉にフォンへと襲い掛かった。
 あらゆる凶器が彼目掛けて振り下ろされたが、攻撃を繰り出した時には、彼はもうそこにいなかった。無数も刃が突き刺さった先には、もう誰もいない。

「なんだ、なんなんだこいつは!? この速さ、鋭さ、ただの忍者ではないぞ!?」

 どこだ、どこに行ったのかと探す彼らの背後に、揺らぐ赤い瞳。

「マスター・ニンジャ五人がかりで拮抗すらできんとは……ぎゃばがッ!」

 一人の忍者が背後から袈裟斬りで体を千切られたのを皮切りに虐殺が始まった。
 反撃も許さない。逃亡など能わない。ただあるのは、炎に包まれた里における、無数の忍者とフォンの、一方的な殺戮だけだ。
 ある者は燃え盛る家屋に叩きつけられ、ある者は自分の忍具で斬り刻まれ、ある者は首が刎ねられたことにすら気づけないまま死んだ。多種多様な死が、瞬く間に広がった。

「ごおぉ!」
「がぁあッ!?」
「よせ、やめろおぉ!?」

 死が群がる。爆死、失血死、様々な死が山の如く重なる。
 マスター・ニンジャを悉く殺した彼の次の標的は、レヴォルになった。

「お兄ちゃん、やめて、忍者の使命を思い出してえええぇぇッ!」

 喚きながら苦無を振るうレヴォルだが、意味はない。彼はぎらつく瞳で睨み、苦無を弾く。

「邪魔だあぁッ!」

 無防備となった彼女の腕を、躊躇いなく斬り落とす。

「あが、手が、手があぁ!? んぎッ!? お、おご、ごおぉぉぉぉッ!?」

 腕の後は足を、腹を、助けに入ろうとした他の忍者の心臓を斬り払う。
 死屍累々が無惨にも蔓延していく様を、ハンゾーは嗤っていた。

「……これが……感情を解き放った、フォンの力……素晴らしい……!」

 自らの計画が崩れ落ちていっているというのに、ハンゾーはまるで、忍者の集大成を見ているかのような喜びを包帯の奥に浮かべていた。フォンはというと、レヴォルの四肢を斬り落とし、心臓を貫き、完全に絶命させていた。
 残されたのは、既にフォンとハンゾーだけだった。完全に赤く染まった刀を突き付けた彼は、もうこれまでの無機質な人間ではなかった。

「俺から……よくも俺から奪ったな、忍者……!」

 憤怒と憎悪の化身を前にしても、ハンゾーは微塵も動じない。

「手を汚したのはお主じゃろうて。しかし、この場にいた忍者全てを殺すとは、見事な実力よのう。儂はお主を次の長の候補と見定めていたが……」

 杖を軽く翳し、彼は禁術でもある洗脳の術を使おうとする。
 普通の戦いであれば、ここから始めるのは術の応酬と死闘だ。

「どれ、もう一度洗脳をさせてもらうとするかの。儂の術から逃れるなど――」

 だが、これは忍者の戦い――しかも互いを殺すことだけを目的とした死合だ。
 瞬きと瞬きの間、刹那よりも短い時間で、フォンはハンゾーの懐に潜り込んでいた。

「……な……儂の術よりも、早く……!?」

 あらゆる反撃を許さない。
 一切の小細工を許さない。
 残ったのはただ、炎に煌めく銀の刃。
 躊躇う理由もなく、血濡れの刀を振るい――。

「俺が奪ってやる、お前達から、全部、全部だあぁあ――ッ!」

 フォンは、ハンゾーの体を着物ごと斬り裂いた。

「がッ……!」

 包帯の内側が血に染まり、鮮血がフォンを染め上げた。