ギルディアを揺るがす大事件となった決闘から、十日余りが過ぎた。
 人々の生活自体は決闘の翌日から元に戻ったが、広場やその周囲にはいまだに大きな爪痕が残っていた。自警団や近隣に住む男達は、今日も復興作業に勤しんでいる。
 心なしいつもより人通りが多いように見えるギルディアの大通りは、それでも変わらず人々の往来の場だ。街の四方にある門を繋ぐ道には露店や飲み屋が立ち並ぶ。
 そんな街の東側の門に、普段は並ばないはずの四人が向かい合っていた。

「――本当に、本当にすみませんでしたっ!」

 一人は、門を背にして深々と頭を下げる勇者パーティの元一員、ナイトのパトリス。
 ナイトとは呼んだが、もう鎧は着用しておらず、所々に巻いた包帯の上から白いワンピースを着て、荷物を詰め込んだバッグを両手に提げている。後ろで出発を待っている馬車も、彼女が手配しているようだ。

「謝らなくてもいいよ、事情はアンジェラから全部聞いたから。あたしと戦ったのも、クラークに脅されてたからだって教えてもらったしね」

 一方、彼女と向かい合っているのは、クロエとサーシャ、カレンだ。
 傷の度合いで言うなれば彼女達の方が酷かったはずだが、不思議と残っている怪我は少なかった。頭や肘にガーゼを貼っている程度で、特にサーシャは血塗れになるほどの重傷があっさりと治っているのは、ここにいないフォンの薬の効果だろうか。
 そんな彼女達は決闘の後、やはり治療に専念して、暫くの日数を経てから診療所を出た。そうしていつもの宿に戻ってきたある日、部屋にパトリスがやってきたのだ。
 彼女を含めた勇者パーティは、決闘の後王都まで連行されたはずだが、彼女だけ特別な事情があるのを三人とも知っていた。だからこうして、蟠りもなくどこかへと旅立つらしい様子のパトリスを見送りに来たのである。

「クラークの仲間は違法薬物の濫用と、過去の罪状が暴かれてとある牢獄に収監されたって、アンジェラが言ってたよ。殺人や強盗に近い犯罪も幾つか重ねてて、暗殺者を雇ったのもほぼ裏が取れたよ……パトリスの自白のおかげでね」

 勇者パーティの悪行を聞くパトリスの顔が、少し曇る。

「それはありがたいんですが……私も、罰を受けるべきだと……」

 悪意や殺意はなかったとはいえ、彼女も罪を見逃し、ある意味では加担した一人だ。しかも、決闘の際には薬物を使い、クロエを殺しかけた。
 だからこそ、罰を受ける必要があると思い込んでいたが、カレンは首を横に振った。

「お主はもう、罰を受けたでござるよ。三日も牢獄に収監されて、一昨日に出てきたのだから、立派な仕置きでござる」
「でも、クラーク達は……」
「お前、ちゃんと罪を認めた。あいつら、違う。罪を認めない、全員、ずっと檻の中」
「パトリスは協力してくれたから、アンジェラの恩情もあって直ぐに出られたんだよ。だからさ、後ろめたい気持ちなんて抱くことないんだから、安心して」

 他のメンバーとパトリスの唯一の違いは、彼女が罪を自白した点だ。
 罪の重さに耐え兼ねたパトリスは、たとえ元の仲間達から裏切り者と罵られようと、周囲から恥さらしと石を投げられようと、アンジェラの前で真実を洗いざらい話した。だからこそ王都の騎士は、彼女の罪を軽くするよう計ってくれたのだ。
 そうしてギルディアに戻って来られた彼女だが、冒険者を続けるつもりもないらしい。

「……ありがとうございます……私、広場で言った通り、冒険者を辞めて、田舎に戻って家業を継ごうと思います。家出同然にここに来て、両親にも迷惑をかけましたし……」

 決闘の時に話したように、パトリスは田舎に戻るつもりでいた。どうやら彼女は、家族とひと悶着起こした末にギルディアに来ていたようだ。

「それがいいよ、パトリスはそっちの方が合ってそうだしね」

 クロエが小さく頷くと、カレンが思い出したように口を尖らせた。

「罪の重さなら、ウォンディも同罪でござるよ。あいつの場合はもっと卑劣でござるがな」

 彼女が思い浮かべたのは、ウォンディ組合長のことだ。
 彼もまた、勇者パーティと癒着して犯罪を裏で重ねていた。組合長という立場を使えば、ある意味ではルールを捻じ曲げて合法にできるのだが、アンジェラが許すはずがない。

「でも、アンジェラがきっちり尋問して罪を吐かせたから。全く、クラーク達を押し上げる為に影で他の冒険者に難癖でペナルティを課したり、書類を偽造して実績をあげたりしてたなんて、どうして今まで誰も気づかなかったんだか」
「受付嬢、不満、チクった。組合長、味方、いない」
「組合は新しい組合長を立てるので大忙しでござるな。この十日ほど依頼も受けられない状態だったし……けど、その間に怪我を治せたのは幸いだったでござる」

 一時的にではあるが無法状態となっている冒険者組合の現状を話し合う三人の会話に割って入るように、ふとパトリスが、彼女達に聞いた。

「怪我といえば……フォンさんは、どこにいるんですか?」

 三人同時に、少し顔をしかめた。
 ここにいないフォンがどうしているかを聞いただけなのに、死んだ人間について聞かれたような表情をするなど、パトリスは思っても見なかった。
 しかし、もしかすると悪いことを聞いてしまったのかと考えたパトリスは、慌ててまたも頭を下げて謝ろうとした。ところが、それよりも先に、クロエが口を開いた。

「……フォンなら、三日前に目を覚ましたよ。怪我は酷かったけど、用意してあった軟膏と薬のおかげで、昨日には外に出られるくらい回復してる」
「けど、ずっと何かを考えこんでるみたいでござる。それで、今日は一人にして欲しいと言われたもので、今日は拙者達だけで見送りに来たでござるよ」

 クロエとカレンの言い分には何か含まれたものがあったが、無事ならば何よりと、パトリスは心の底から安堵した。純粋な彼女の笑顔に中てられて、三人も少しだけ口角が上がり、どことなく救われた気持ちだった。

「よかった、目が覚めたのなら本当によかったです! 無事が聞けて、本当に!」

 もう一度、今度は感謝として頭を下げたパトリスは、馬車の方に向かって歩き出した。もう戻ってこない、別れの意味を込め、手を振りながら。

「じゃあ、私、もう行きますね。皆さん、本当にありがとうございました!」
「体に気を付けてね、パトリス」

 クロエ達が手を振り、馬車に乗ったパトリスが手を振り返す。
 門の外に出て、夢破れながらも幸せな道を見つけ直した少女の姿が見えなくなるまで、三人はずっと手を振っていた。やがて点ほども小さくなった時、彼女達は手を下ろした。

「……行ったな」

 サーシャの呟きに、カレンが返事をする。

「うむ。では、拙者達も行くとするでござる」

 クロエも同様に言った。
 小さな決意を秘めた炎は、三人の目に灯っていた。

「――そうだね、行こっか」

 三人は顔を見合わせ、笑った。
 足元に置いていた、大きな荷物を背負って。