誰も口を挟まなかった。クロエですら、フォンに問いかけもしなかった。

「村自体は相当な森の奥にあった。僕じゃなければ、三日どころか十日かかっても辿り着けなかったと思うよ。これなら仮に故郷がばれても、誰も追及はできないだろうね」

 ただ、淡々とフォンの声だけが広場に聞こえてきた。彼の声は決して大きくないのだが、あまりに静かなので、外にまで聞こえてしまいそうだった。

「幸い、村の皆は僕を警戒しなかった。だから、君の話もしてくれたよ」
「やめろ、やめろよ、フォン!」

 汗を滝のように流すクラークが必死に声を張るが、最早か細く、あってないようなものだ。

「クラーク、君は勇者ではないが、ミミカ村が勇者を輩出した村であるのは事実だ。君の正体は、勇者が村を出る時に選んだ付き人、いわば弟子のようなものだね」

 ましてや、フォンの発言が悉く正論だからか、クラークの反論はたちまち掻き消された。きっと、勇者が別にいるのも、クラークが彼の付き人として村を旅立ったのも正しいはずだ。なんせ、当の村の住人から聞いているのだから。

「なら、君が付き添った本物の勇者はどこに行ったのか。ここからは単なる推測だから、聞き流してもらっても構わない。事実と違うなら、反論も聞きたいくらいだ」
「……この……!」

 歯ぎしりするクラークを無視するかの如く、フォンはまたも語り出す。

「結論から言うと、恐らく本物の勇者はもう死んでる。村の住民が知らないくらいだろうから、きっと相当離れた場所で死んだんだろうね。それが事故死か、魔物との戦いの末の戦死か、はたまた……」

 こうすれば、クラークがむきになって自ら話し出すと知っていたからだ。

「違う、俺はやってねえ! 魔物が襲ってきて……あっ!?」

 彼が自分の発言に戸惑い、慌てても後の祭り。
 クラークは自ら、勇者の付き人としてその死を見届けてしまったことと、死因をばらしてしまったのだ。幾ら彼が邪悪であるとはいえ、これだけ追い詰められていれば真実しか話さないだろう。少なくとも、この状況で嘘がつけるほど、彼は器用ではない。
 俯き、ぎりぎりと歯を鳴らすクラーク。一方でフォンは、推理を続ける。

「……証言ありがとう、クラーク。とにかく、彼はどこかの折で死んだ。そうなると、遺されたのは勇者の弟子として魔法を用いた剣技を教わった君だけだ」

 フォンの脳裏に、死の間際の光景が浮かぶ。
 魔物の不意打ちに斃れた勇者だが、付き人が生きているところから察するに、彼を守り切って死んだようだ。死屍累々に塗れるクラークが抱いたのは怖れでも、勇気でもなく、腹にずっと抱えていた不満と、邪悪な計画である。

「勇者が選ぶくらいだから、才能はあったと思う。黄金の魔力を操れるが……ここからはまた推測になるけど、君はどう頑張っても勇者の付き人、止まりだった。行く先々で魔物を倒し、力を示しても、世間に感謝されるのは勇者だ。君は覚えられすらしない」

 どうして勇者の付き人に選ばれるほどの才覚の持ち主が闇に足を踏み入れたのかも、あくまで仮説ではあるものの、想像はついた。
 勇者は方々で魔物から人を助け、感謝された。クラークも彼から技術を学び、付き人と呼ぶには勿体ないほどの力を得たが、戦いが終わると感謝されるのは勇者ばかり。どこまでいってもクラークは付き人で、手助けした程度にしか思われない。
 それをサイドキックと捉えるか、添え物と捉えるかは個人の問題だが、クラークの場合は後者だった。旅の目的も彼の中でだけ挿げ代わり、いつの間にかどうすれば勇者を上回る名声を手に入れられるかだけが、クラークの望みとなっていた。

「力があっても認められない、誰にも知られない。クラークの性格なら、さぞ鬱屈した日々を送っていたはずだ。仮にも勇者の付き人なのに、と思っていただろう」
「ぐ……!」

 このまま付き人としての余生を過ごすだけの運命が決められていたが――他にも未来はあっただろうが、彼はもう盲目的になっていたようである――宿命は、唐突に訪れた。

「そんな中、勇者が死んだんだ。君はミミカ村以外では誰も存在を知らない、しかも剣技を持ち、黄金の波動を使える。証さえあれば、君は勇者になれた。だから、躊躇わなかった」

 死した勇者。その力を受け継いだ付き人。亡骸の右腕には、自分にはない証。
 彼が勇者だと知らない地域であれば――勇者のいない場所であれば、証は偽物だとばれない。例え、自分の手で彫ったものだとしても、他の例がなければ問題ない。
 腰に提げた剣を抜き、冷たく、しかし震える切っ先で右腕に触れて――。

「刃物で証を彫りこみ、勇者を森の奥に埋め、自分を知らない地域に赴く。そして証と力を誇示して、自分が勇者であると周囲に植え付ける。これで君は、晴れて勇者になった――ここまでが、僕の推理だよ」

 彼、クラークは勇者となった。
 そしてギルディアに赴き、誰にも知られぬまま、勇者パーティを築き上げたのだ。

「クラーク、君の全てが虚構である、これが僕の答えだ」

 フォンの推理が終わり、再び完全な静寂が訪れた。
 誰も、何も話さない。話す資格がないと思っているのかどうかはともかく、この場に於ける発言権がフォンと、クラークにしかないようだった。
 怒りとも戸惑いともとれる仕草の全てが、右腕の傷を隠す左の掌に凝縮されていた。それでも、だとしても突き付けられた過去を認められず、クラークはただ吼えた。

「…………でたらめじゃねえか、全部。証拠がねえんだよ、証拠が!」

 もうどうにもならないと知っていながら、クラークは喚くほかなかった。周りに、パーティの面々に、フォンの仲間になんと思われようと、誤魔化すしかなかった。

「ああ、あるよ、証拠なら」
「出せるもんなら出してみやが……えっ」

 それほどまで児戯に等しい言い訳すら、フォンは対策を講じていた。
 というよりは、とどめとでも記すべきだろうか。彼はクラークに背中を向けて、観客席に聞こえるように声を上げた。

「ちょうどアンジーも帰ってきたみたいだし、連れてきてもらおうか。すいません、アンジーと一緒に、こちらに来てもらえますか?」

 彼に呼ばれて、観客達の間を縫って出てきたのは、マリィを叩きのめしてこちらに戻ってきたらしいアンジェラ。彼女のことだ、マリィの身柄は既に拘束しているだろう。
 それだけなら、クラークは驚かなかった。
 彼が顔を上げ、吐き気を催すほど驚愕したのは、彼女が連れてきた女性を見たからだ。

「なんで、嘘だ、どうして、ここに……!?」

 がくがくと震え、呼吸すら危うくなってしまったクラークの前までアンジェラ達が来ると、フォンはもう一度クラークに向き直り、とある女性に手を翳して言った。
 皺だらけの顔。曲がった低い背、腰まで届く白髪。麻で出来た、古臭い衣服。
 全てが、クラークの礎を打ち砕くのに足りた。

「彼女に見覚えがあるだろう? この方は、ミミカ村の長老だ」

 勇者の付き人を知る者が、ただ一人、ここにいた。