フードを被ったまま、サラを殴り飛ばした女性は、沈黙する一同の前をすたすたと歩いて、マントの中をまさぐって取り出した銅貨を何枚か、カウンターに置いた。

「食事代と、テーブルの修理費」
「あ、はい……」

 そして、さも何事もなかったかのように案内所を出て行こうとしたが、鼻から流れ出る血を抑えながら、よろよろと立ち上がったサラが、背を向けた女性に怒鳴った。

「ま、待ちなよ、あんた! 勇者パーティのサラ、このあたしに手を挙げておいて、このまま帰すと思ってんの!?」
「彼女の言う通りだ。誰だか知らないが、仲間を殴られて黙っちゃおかねえぞ」

 剣を抜く準備をするクラークにもそう言われ、彼女は立ち止まった。勇者のどの言葉が引っ掛かったのかは分からないが、振り返り、フードを脱いだ。
 黒く長い髪を赤いゴムで縛ったポニーテール。瞳の色は血のような赤。ぼろぼろの白い半袖シャツと七分丈の青いズボン、サンダルを着用。防塵用の大きなカーキ色の布をマントのようにして身に纏っている。両手足に包帯を巻いている。
 背中に何やら巨大な棒状のものを背負っており、身長はフォンより頭一つ分ほど大きい。美人ではあるが、狂戦士にも思える彼女は、敵を睨みつけながら、淡々と言った。

「お前、サーシャの食事の邪魔をした。一族の掟、食べ物を粗末にする奴、罰せられる」
「何を言ってやがる、一族だと!?」
「サーシャは、トレイル一族のサーシャ。誇り高い戦士、お前は戦士の食事を穢した。これ以上文句あるなら、外に出る。サーシャ、お前達と殺し合う」

 どうやら、彼女はどこかの部族の出身らしい。食事が貴ばれ、決闘をして、死を以って罪を購わなければならないほど野蛮な部族であると察し、クロエとフォンはクラーク達との喧嘩を一旦脇にどかして、そっと距離を置いた。

「どこかの部族なんだろうけど、関わらない方が良さそうだね、ありゃ」

 一方で喧嘩を売られたサラは、ジャスミンですら冷静さを取り戻しているというのに、鼻血を拭いて、ファイティングポーズを取った。

「上等だ、やってやる! むしゃくしゃしてるんだよ、今のあたしは!」
「挑戦、受ける。けど、お前、サーシャに勝てない」

 不動のサーシャに対し、サラはずかずかと歩み寄り、攻撃を叩き込もうとした。

「どうだか! あたしの武術は洗練されてる、両手を縛られたって並のモンスター相手なら簡単にっぶ!?」

 しかし、マントの中に隠れていたサーシャの拳が、先にサラに叩き込まれた。もんどり打つ彼女に、サーシャが指の関節を鳴らしながら、ゆっくりと近づく。

「サーシャ、言った。殺し合う、お前は受けた。覚悟しろ」
「ま、待って……」

 今更及び腰になるサラだが、手遅れだ。サーシャの目は、確実に殺すと言っている。
 ここまで来ると、洒落にならない。危険を感じたマリィが、仲間に助けを求めた。

「サラ! 誰か止めて、危険だよ!」
「止めてっつったって、サラでダメなら、負傷してる俺達じゃ……」

 クラークやジャスミンは、武器に手をかけてこそいるが、介入する気にはなれないらしい。あんな凶暴な敵を相手にして、自分達が酷い目に遭う姿を想像してしまったのだ。
 このままだと、仲間に見捨てられ、周りの人も恐怖で近寄らず、サラは殴り殺される。サーシャもそのつもりで、右腕を振りかぶり、サラの顔面を叩き潰そうとした。
 だが、振り上げた腕は、ぐっと掴まれた。

「……?」

 いつの間にか、クロエの隣から姿を消したフォンが、サーシャの腕を掴んでいたのだ。

「ちょっと、フォン!?」

 驚くクロエを他所に、フォンはサーシャを宥めるように言った。

「サラは負けを認めてる。トレイルさん、これ以上の戦いは不要だよ」
「お前、誰?」
「フォン、ただのフォンだよ」

 サーシャの怒りは、今やサラではなく、戦いに割って入ったフォンに向けられていた。

「……フォン。お前、サーシャの戦い、止めた。戦士への侮辱、決闘の掟に背いた」

 フォンから手を振り払ったサーシャは、フォンの目を見て、告げた。

「宣戦布告だ。お前、この女の代わりに、サーシャと戦え。それでこの女、許す」
「分かった。だから彼女は……」
「外に出ろ」

 彼の言葉を最後まで聞かずに、サーシャは案内所の外に出て行った。扉の前は大きな広場になっている。彼女はそこで、決着をつけようとしているのだ。
 サラの周りにクラーク達が駆け寄るのを見ながら、フォンは外に向かって歩き出す。それについていくクロエは、とことん呆れた様子で、彼に話しかける。

「あたしなら逃げるけどね、フォン。どう考えたって厄介事の極みだよ、これ」

「駄目だよ、今逃げたら、トレイルさんは本当にサラを殺すまでやる。掟だって言ってた、ならそれを遵守するよ……僕みたいにね」

「……ったく、首突っ込みたがりなんだから、ほんとに」

 フォンの優しさに呆れながらも、クロエは彼についていくことを決めた。