周囲のざわめきが、これまでないくらいに大きくなった。
「おい、決闘だって!?」
「いつ以来だ、最後に決闘を見たのなんて! しかもフォンと勇者達のだぜ!?」
久方ぶりの決闘を見られると思ったのか、冒険者どころか、受付嬢やスタッフまで集まってくる。ウォンディ組合長はいないが、騒ぎのおかげでじきにやって来るだろう。
フォンは顔色一つ変えなかったが、クロエ達は違った。汗を一筋垂らす彼女達が投げつけた決闘という解決法は、敗北すれば全てを失う、いわば最後の手段でもあるのだ。
「……正気か? 俺達と決闘だと?」
だから、クラーク達も想定していなかったようで、目を丸くした。クロエやカレンのように覚悟を決めた顔つきでないのは、彼らがあくまで受ける側の立場であるからだ。
「決闘の意味ってのを理解してんのか? 物事の決着を賭けて戦う裁判なんて言われてるがな、冒険者同士の殺し合いだぜ?」
「分かっているよ。分かった上で、僕達は君達に挑む」
「……イカれてんじゃねえのか。てめえらみたいなのに構ってる時間はねえんだよ。おい、ウォンディ組合長を呼んでくれ。この馬鹿共が案内所の治安を乱してるって……」
クラークは首を横に振って決闘を拒んだが、これくらいは想定内の問題だ。
「――負けるのが怖ければ、最初からそう言えばいい。所詮は臆病者の群れだな」
こう言ってやれば、クラークは必ず決闘を受けるのだから。
「…………あァ?」
マリィが制止するよりも先に、パトリスが抑え込もうとするより先に、クラーク達はぎょろりとフォンを睨んだ。胸倉を掴みかねない形相でまたも顔を寄せ、荒い鼻息を彼に吹きかけるが、フォンは表情一つ変えない。
「卑怯な手を、卑劣な手を使わなければ勝てない。今もこうして、組合長を呼ばないと僕達を退かせることすらできない。そんな人間が勇者なんて、滑稽極まりない」
「……殺されてえのか、クソが」
「自分の手で殺す度胸もないのに、言葉だけは一丁前だな。弱い相手にしか喧嘩を売らず、いざとなれば賄賂を渡した組合長頼り。気づいてないとでも思ったのか、今の地位を築く為にウォンディ組合長と癒着してると?」
今度は受付嬢達の方から、どよめきが起きた。
クラークの怒りの中に、僅かな動揺が見えるが、彼も直ぐに取り繕う。
「妄想をべらべらと喋ってんじゃねえ、キチガイ集団が!」
「そうか、妄想か。確かにクラークの言う通りかもしれないな」
これでも提案を呑まないのならばと、フォンはとどめを叩き込む態勢に入った。
「じゃあ、クラーク。君についてはどうだ? 君は『勇者』ではなく――」
『勇者』。クラークの根幹に関わる最悪の秘密を、フォンは既に見抜いていた。
彼が全てを言い終えるより先に、クラークは剣を引き抜いていた。
まさか斬りかかるつもりかと、クロエ達も武器を構えたが、勇者は床に勢いよく剣を突き刺しただけだった。みしみしと床板が砕けたのを見て、フォンは口を閉じる。
「……いいぜ、フォン……乗ってやるよ」
恐れたからではなく、歯を割らんばかりに食い縛るクラークが、話に乗ってくれたからだ。
「決闘を受けてやる……もう撤回はさせねえぞ、いいな、お前らァ!?」
振り返ったクラークの怒号に慄いたのは、パトリスだけだった。マリィやサラ、ジャスミンはクラークほど怒りに満ち満ちてはいなかったが、これまでの因縁を打ち潰してやろうと言わんばかりに、目が闘志で燃えていた。
勿論、フォンの後ろに控えているクロエ達も同じか、それ以上だ。どうしようもない邪悪を今度こそ打ちのめし、命を狙うといった愚行を考える脳味噌を叩き潰し、二度と関わりたくないと思わせてやる気に満ち溢れている。
衆人の興奮で肉が焼けてしまうほど沸き上がる案内所だったが、冒険者達を掻き分けて、ようやく禿げ頭のウォンディ組合長がやって来た。
「な、なんだね、何の騒ぎだね!?」
本来ならばフォンを追い出す為に呼ばれた彼だが、今のクラークの目的は違う。
「ウォンディ組合長、こいつらが俺達と決闘をしたいんだってよ! そんでもって、俺達勇者パーティはそれを受けた! 立会人として俺はあんたを指名するぜ!」
「え、えぇっ!? いきなりそんな、組合長である私の承認もなく……」
「うるせえよ、いいからつべこべ言わずに俺の言う通りにしてろ!」
組合長はクラークに一喝されると、たちまち委縮してしまい、小さく頷いてしまった。
つまり、決闘はここに成立したのだ。
「日付はそうだな、十日後だ! 傷を治してからじゃねえと、後で文句を言われそうだからな! 場所は街の西部にある噴水広場、方式はお前らの数に合わせて四人と四人、一対一での真剣勝負! 改めて言っておいてやるが、命の保証はねえからな!」
「ああ、異論はない。それで、何を賭けるかだね……僕らはもう、決まってる」
存外にもクラークがフェアな条件を提示してくれたおかげで、日程も、ルールもあっさりと決まった。あとはこの本題における最重要点、即ち何を賭けるかを、改めてこの場にいる全員の前で公言するだけである。
フォンはカーゴパンツのポケットから折り畳んだ紙を取り出し、クラークに見せた。
「この確約書にサインをして欲しい。ただそれだけでいいよ」
「……なんだ、この紙は?」
「二度と僕達に関わらないと誓う為の書類だ。君にも分かりやすく話しかけるなと説明するのに、これ以上適したものはないだろう?」
「命がかかってるってのに、それだけでいいんだな?」
「構わない。で、そっちは何を望む?」
「俺達は……そうだな、お前ら四人の冒険者登録の永久除名と街からの追放、衣服と資産の全没収と、ついでに丸刈りにでもしてやるってのはどうだ!? 素っ裸の丸坊主で街から出ていく様が見れりゃあ十分だが、どうせなら徹底的にやってやりてえ性分でなァ!」
ここでようやく、彼の恋人であるマリィが口を挟んだ。
「待って、クラーク。フォンだけは元々私達の仲間よ。とち狂っているとはいえ、やり直す機会を与えてやってもいいんじゃないかしら」
「あァ!? マリィ、何言ってんだ……」
クラークがとてつもない形相でマリィに詰め寄るが、彼女の醜悪な笑顔を見て、唾を吐くのを止めた。自分の恋人に良心などないと、再認識できたからだ。
「フォンには、また私達の仲間になってもらうわ。永遠に離脱できない条件付きでね」
加えて、彼女が自分以上に残虐だとも知れたのである。
マリィは今度こそ、フォンを逃がさないつもりだ。あの時はクラークの権威等につられて彼を選んだが、性能だけを見ればフォンの方が何かと優れている。仲間に酷使させる為と嘯いて、どちらも手に入れるつもりなのだ。
クラークは彼女の真意を見抜けなかったが、クロエ達は違う。
「この期に及んでフォンを奪うなんて許さないからね、性悪女」
彼女が口を開けば、詰め寄ってきた勇者パーティが喚く。当然、フォンの仲間も言い返す。
「言ってればー? 私達と兄ちゃんに喧嘩売ったこと、後悔しても遅いからねー?」
「一対一、必要ない。サーシャ、一人で全員、叩き潰す」
「けッ! そのムカつく顔を今度こそあたしの拳でミンチにしてやるっての!」
「師匠が提案しなくても、お主ら全員裸で土下座させてやる故な。覚悟するでござるよ」
「うう、こんなことになるなんて……」
様々な意志が蠢く案内所の空気は、灼熱の如く燃え上がる。禿げ頭が不安から滝のような汗をかくのも構わず、受付嬢達ですら歓声を上げる群衆の一員に混ざっている。
街全体を巻き込むお祭り騒ぎの主役は睨み合い、初めて殺意をぶつけ合った。
「十日後――俺達の決着だ、フォン! ブチ殺してやるからよ!」
「何もかも終わらせよう、クラーク」
忍者と勇者。善と悪。光と闇の、命懸けの戦い。
――即ち、ギルディア史上最大の決闘が、始まろうとしていた。
「おい、決闘だって!?」
「いつ以来だ、最後に決闘を見たのなんて! しかもフォンと勇者達のだぜ!?」
久方ぶりの決闘を見られると思ったのか、冒険者どころか、受付嬢やスタッフまで集まってくる。ウォンディ組合長はいないが、騒ぎのおかげでじきにやって来るだろう。
フォンは顔色一つ変えなかったが、クロエ達は違った。汗を一筋垂らす彼女達が投げつけた決闘という解決法は、敗北すれば全てを失う、いわば最後の手段でもあるのだ。
「……正気か? 俺達と決闘だと?」
だから、クラーク達も想定していなかったようで、目を丸くした。クロエやカレンのように覚悟を決めた顔つきでないのは、彼らがあくまで受ける側の立場であるからだ。
「決闘の意味ってのを理解してんのか? 物事の決着を賭けて戦う裁判なんて言われてるがな、冒険者同士の殺し合いだぜ?」
「分かっているよ。分かった上で、僕達は君達に挑む」
「……イカれてんじゃねえのか。てめえらみたいなのに構ってる時間はねえんだよ。おい、ウォンディ組合長を呼んでくれ。この馬鹿共が案内所の治安を乱してるって……」
クラークは首を横に振って決闘を拒んだが、これくらいは想定内の問題だ。
「――負けるのが怖ければ、最初からそう言えばいい。所詮は臆病者の群れだな」
こう言ってやれば、クラークは必ず決闘を受けるのだから。
「…………あァ?」
マリィが制止するよりも先に、パトリスが抑え込もうとするより先に、クラーク達はぎょろりとフォンを睨んだ。胸倉を掴みかねない形相でまたも顔を寄せ、荒い鼻息を彼に吹きかけるが、フォンは表情一つ変えない。
「卑怯な手を、卑劣な手を使わなければ勝てない。今もこうして、組合長を呼ばないと僕達を退かせることすらできない。そんな人間が勇者なんて、滑稽極まりない」
「……殺されてえのか、クソが」
「自分の手で殺す度胸もないのに、言葉だけは一丁前だな。弱い相手にしか喧嘩を売らず、いざとなれば賄賂を渡した組合長頼り。気づいてないとでも思ったのか、今の地位を築く為にウォンディ組合長と癒着してると?」
今度は受付嬢達の方から、どよめきが起きた。
クラークの怒りの中に、僅かな動揺が見えるが、彼も直ぐに取り繕う。
「妄想をべらべらと喋ってんじゃねえ、キチガイ集団が!」
「そうか、妄想か。確かにクラークの言う通りかもしれないな」
これでも提案を呑まないのならばと、フォンはとどめを叩き込む態勢に入った。
「じゃあ、クラーク。君についてはどうだ? 君は『勇者』ではなく――」
『勇者』。クラークの根幹に関わる最悪の秘密を、フォンは既に見抜いていた。
彼が全てを言い終えるより先に、クラークは剣を引き抜いていた。
まさか斬りかかるつもりかと、クロエ達も武器を構えたが、勇者は床に勢いよく剣を突き刺しただけだった。みしみしと床板が砕けたのを見て、フォンは口を閉じる。
「……いいぜ、フォン……乗ってやるよ」
恐れたからではなく、歯を割らんばかりに食い縛るクラークが、話に乗ってくれたからだ。
「決闘を受けてやる……もう撤回はさせねえぞ、いいな、お前らァ!?」
振り返ったクラークの怒号に慄いたのは、パトリスだけだった。マリィやサラ、ジャスミンはクラークほど怒りに満ち満ちてはいなかったが、これまでの因縁を打ち潰してやろうと言わんばかりに、目が闘志で燃えていた。
勿論、フォンの後ろに控えているクロエ達も同じか、それ以上だ。どうしようもない邪悪を今度こそ打ちのめし、命を狙うといった愚行を考える脳味噌を叩き潰し、二度と関わりたくないと思わせてやる気に満ち溢れている。
衆人の興奮で肉が焼けてしまうほど沸き上がる案内所だったが、冒険者達を掻き分けて、ようやく禿げ頭のウォンディ組合長がやって来た。
「な、なんだね、何の騒ぎだね!?」
本来ならばフォンを追い出す為に呼ばれた彼だが、今のクラークの目的は違う。
「ウォンディ組合長、こいつらが俺達と決闘をしたいんだってよ! そんでもって、俺達勇者パーティはそれを受けた! 立会人として俺はあんたを指名するぜ!」
「え、えぇっ!? いきなりそんな、組合長である私の承認もなく……」
「うるせえよ、いいからつべこべ言わずに俺の言う通りにしてろ!」
組合長はクラークに一喝されると、たちまち委縮してしまい、小さく頷いてしまった。
つまり、決闘はここに成立したのだ。
「日付はそうだな、十日後だ! 傷を治してからじゃねえと、後で文句を言われそうだからな! 場所は街の西部にある噴水広場、方式はお前らの数に合わせて四人と四人、一対一での真剣勝負! 改めて言っておいてやるが、命の保証はねえからな!」
「ああ、異論はない。それで、何を賭けるかだね……僕らはもう、決まってる」
存外にもクラークがフェアな条件を提示してくれたおかげで、日程も、ルールもあっさりと決まった。あとはこの本題における最重要点、即ち何を賭けるかを、改めてこの場にいる全員の前で公言するだけである。
フォンはカーゴパンツのポケットから折り畳んだ紙を取り出し、クラークに見せた。
「この確約書にサインをして欲しい。ただそれだけでいいよ」
「……なんだ、この紙は?」
「二度と僕達に関わらないと誓う為の書類だ。君にも分かりやすく話しかけるなと説明するのに、これ以上適したものはないだろう?」
「命がかかってるってのに、それだけでいいんだな?」
「構わない。で、そっちは何を望む?」
「俺達は……そうだな、お前ら四人の冒険者登録の永久除名と街からの追放、衣服と資産の全没収と、ついでに丸刈りにでもしてやるってのはどうだ!? 素っ裸の丸坊主で街から出ていく様が見れりゃあ十分だが、どうせなら徹底的にやってやりてえ性分でなァ!」
ここでようやく、彼の恋人であるマリィが口を挟んだ。
「待って、クラーク。フォンだけは元々私達の仲間よ。とち狂っているとはいえ、やり直す機会を与えてやってもいいんじゃないかしら」
「あァ!? マリィ、何言ってんだ……」
クラークがとてつもない形相でマリィに詰め寄るが、彼女の醜悪な笑顔を見て、唾を吐くのを止めた。自分の恋人に良心などないと、再認識できたからだ。
「フォンには、また私達の仲間になってもらうわ。永遠に離脱できない条件付きでね」
加えて、彼女が自分以上に残虐だとも知れたのである。
マリィは今度こそ、フォンを逃がさないつもりだ。あの時はクラークの権威等につられて彼を選んだが、性能だけを見ればフォンの方が何かと優れている。仲間に酷使させる為と嘯いて、どちらも手に入れるつもりなのだ。
クラークは彼女の真意を見抜けなかったが、クロエ達は違う。
「この期に及んでフォンを奪うなんて許さないからね、性悪女」
彼女が口を開けば、詰め寄ってきた勇者パーティが喚く。当然、フォンの仲間も言い返す。
「言ってればー? 私達と兄ちゃんに喧嘩売ったこと、後悔しても遅いからねー?」
「一対一、必要ない。サーシャ、一人で全員、叩き潰す」
「けッ! そのムカつく顔を今度こそあたしの拳でミンチにしてやるっての!」
「師匠が提案しなくても、お主ら全員裸で土下座させてやる故な。覚悟するでござるよ」
「うう、こんなことになるなんて……」
様々な意志が蠢く案内所の空気は、灼熱の如く燃え上がる。禿げ頭が不安から滝のような汗をかくのも構わず、受付嬢達ですら歓声を上げる群衆の一員に混ざっている。
街全体を巻き込むお祭り騒ぎの主役は睨み合い、初めて殺意をぶつけ合った。
「十日後――俺達の決着だ、フォン! ブチ殺してやるからよ!」
「何もかも終わらせよう、クラーク」
忍者と勇者。善と悪。光と闇の、命懸けの戦い。
――即ち、ギルディア史上最大の決闘が、始まろうとしていた。