一夜が明け、翌日の夕方の手前になって、二人はギルディアの街に戻ってきていた。
街の中央の冒険者総合案内所は、依頼された品を納品する場所でもある。冒険者らしくない格好の人が出入りしているのは、納品された物の見定めをするケースが多いからだ。
今回、タスクウルフの牙を納品するのにも、同じ内容が言えた。
「……これは、凄いですねえ……」
カウンターの上の、布に包まれた牙を開いた時、受付嬢が感嘆の声を漏らした。
「うん、あたしもそう思う。こんなに綺麗で大きなタスクウルフの牙、そうそうないよね。これさ、追加報酬とか、出たりしないかな?」
「ちょっと相談してみましょうか? ちょうど今、依頼人さんが来てますし」
クロエが頷くと、受付嬢は布ごと牙を持っていった。牙を見た白髪の老人は大喜びして、フォン達を見て身振り手振りではしゃぐと、何度も頷いた。
そうして、受付嬢がとたとたと戻ってきて、二人に笑顔で告げた。
「二人とも、ラッキーですよ! 依頼人さんは大喜びで、通常の報酬に、更に銀貨五枚を上乗せしてくれるみたいですよ!」
銀貨五枚、朝食付きの並の宿、五泊分の価値がある。二人は顔を見合わせて、喜んだ。
「お、やった! 言ってみるもんだね、フォン!」
「これで次の活動資金は心配しなくてよさそうだ」
二人とも、対等な関係で喜びを分かち合っている。この二日間で沢山の想いを交換し合ったのだろうと思うと、彼女の顔も、自然と綻んだ。
「よかったですね、フォンさん。良い仲間ができたみたいで」
「僕もそう思うよ。クロエに会えてよかった」
「あたしもだよ。さーて、予定外の収入も入ったし、今日の宿を決めてから、依頼達成兼パーティ結成の祝杯でも挙げよっか!」
この辺りには、酒場が多い。フォンも、酒は嫌いな方ではない。
「クロエ、お酒は飲めるの?」
「あたぼうよー! そういうフォンこそ、見たところ下戸っぽいけど、大丈夫なの?」
「僕は酔わないように訓練されてるから、大丈夫だよ。大ジョッキ五十杯分のレッドビールなら素面でいられるようには……」
「あー、はいはい、忍者と常人を比べたあたしが悪かったですよっと――」
クロエがまたもや、忍者のハイスペックに半ば呆れて肩をすくめた。
それと同時に、案内所の扉が乱暴に開かれた。
扉が外れてしまうのではないかと思うほど強い力で開いた入り口から、ゆっくりと案内所の中に入ってきたのは、ぼろぼろになった、五人のパーティ。
いずれも悲惨な有様で、剣士らしい子供は泣きべそをかいているし、ナイトは呆然として、まだ正気を取り戻せていないようだ。武闘家の女性は苛立ちを隠し切れないのか、床や近くの椅子を乱暴に蹴り上げる。
先頭の二人は、傷だらけだが冷静なのか、無言で歩いてゆく。
二人はカウンターからそそくさと離れた。クロエは、フォンに耳打ちした。
「……あれって……」
フォンは、というよりここにいる全員が、彼らが誰かを知っていた。
「クラーク……」
勇者パーティと、クラークだった。こんな酷い様子を見たことがない受付嬢は、何があったのかと思い、カウンター越しに彼らに近寄った。
「あの、クラークさん、これは……?」
そんな彼女の前で、クラークはこれ以上ないくらい不快さを隠さず、ぼそっと言った。
「……依頼はリタイアだ。処理しとけ」
まさか、勇者パーティが依頼をリタイアするなど。
協力無比なドラゴンや、聖職者ですら逃げ出すようなデーモンが相手ならまだしも、大きな猪相手に逃げ帰ってくるなんて。予想外の結果に、周囲が騒めき出す。
「おいおい、勇者パーティがリタイア? 今まで一度もなかったぜ、そんなの」
「ツインヘッドブルっつっても、そこまで強いもんかね……?」
皆は失敗した点ばかりを見ていたが、クロエとフォンは違った。準備も敵の実力も見図れない冒険の初心者が、手痛く失敗した時のような無惨なやられ方は、盛栄を誇った勇者パーティとは思えない。
「どう見てもおかしいよ、あの様子。全員傷だらけで、あのナイトなんか憔悴して、動くのすらままならないみたい。ポーションの一つも、持って行ってなかったのかな」
「きっと準備不足だったんだよ。それにしても……」
陰惨たる敗北者達の集まりに、フォンは歩み寄って声をかけた。
「クラーク、一体どうしたのさ? なんでこんなことに、皆酷い怪我を負って……」
いくら理不尽にクビにしたとしても、彼らも同じ冒険者だ。これだけ酷い目に遭っているとするなら、何か事情があるのだろうと、心から心配していた。
だが、フォンに話しかけられたクラークとサラは、鬼のような形相で彼を睨んだ。
「――テメェが仕組んだからだろうが! 俺達が失敗するように!」
「そうだよ、あたし達に何を隠してんだ! この裏切り者!」
そして、あんまりな言い訳を、彼にぶつけた。