牙を持ち帰るべく帰路に就いた二人は、その日のうちには戻れなかった。
 一日かけて進んだ道が、戻るのに一日以上かかるケースは少なくない。日数的に、依頼の期限には間に合いそうだが、その前に話すべきだと、クロエは思った。

「……あのさ、フォン」

 焚火を囲みながら、クロエは言った。火の上にはどこかで狩猟してきた鳥の丸焼きが、骨だけになって残っていた。

「どうしたの、クロエ? もしかして、食事の量が足らなかった?」
「ううん、そうじゃなくて。あたしさ、フォンに謝らないといけないことがあるんだ」
「……?」

 首を傾げるフォンに、少し恥ずかしそうに、クロエが言った。

「ごめんね。あたしはフォンを道具としか見てなかった」

 当初の予定を――話すつもりがなかった真意を、クロエはフォンに教えた。

「あたし、本当はフォンを使い潰すつもりだった。雇ってあげるってのも最初だけで、多分こうして、ちゃんと話し合わない限り、あたしはどこかでフォンをまたクビにしたし、きっといざって時には見捨ててたと思う」
「僕は構わないよ。危機の際には殿を務めるのも、忍者の使命だ」
「あたしもそうするつもりだった。けど、今は違う」

 使い道だけを見れば、フォンは勝手が良いだけでなく、実力もあり、忠実だ。てきとうを言って誤魔化せば騙し切れる間抜けとしてしか、クロエは見ていなかった。
 だが、二日が経った今、彼女の中での、フォンの評価は変わっていた。
 クロエはフォンの中に、単なる使い勝手だけでなく、不安も感じ取っていた。もし、自分がこのまま彼を捨ててしまうと、彼はどこに行ってしまうのだろう。どこにも行けず、信条だけを秘め、ただ擦り減っていくフォンの姿が頭に浮かび、胸が痛んだ。

「有用性とかじゃなくて、フォンを知ったから。力があるとかじゃなくて、なんて言ったらいいんだろう、フォンってさ、ほっとけないんだよね、何となく」
「クロエ、言いたいことがさっぱりなんだけど」
「だよねー……うん、やっぱり、グダグダした言い方はあたしらしくないや」

 これだけ色々と話したが、クロエの結論は最初から決まっている。頭を乱暴に掻いてから、クロエは彼に向き直り、言った。

「フォン、あたしと組んで。雇うとか、上下関係じゃなくて、あたしの仲間になって」
「……!」

 大きく目を見開いたフォンに、彼女は付け加えるように続ける。

「あ、無理にってわけじゃないからね? ついでに言っとくと、命令ってわけでも……」

 言ってしまった言葉を引っ込めようとするかのように、クロエは慌てて修正文を付け足していくが、フォンには分かっていた。彼もまた、クロエと同じ感情を抱いていたし、忍者の掟に背くのだとしても、伝えたいことが山ほどあった。

「……謝る必要があるのは、僕の方だよ。僕はクロエに、色んなことを隠してた。忍者としての力、出自もそうだけど、正直に言うと、もっと色んなことを隠してる」

 彼はまだ、掟や、これまでの在り方を盾にしている。

「誰だって隠し事はある。あたしもね」
「勇者パーティからクビにされた僕だ、周囲の目も冷たい」
「あたし、人の目とか気にしないから」
「けど――」

 だから、言い訳をするフォンの盾を、クロエは取っ払った。

「他人とか、誰かとかじゃない。フォンがどうしたいかを、聞かせて」

 これまでではない。これからを聞いている。
 フォンは迷った。迷い、頭を捻り、くるりと顔を一回転させ、言った。

「……クロエ、君といた二日間、僕はとても楽しかった。誰かに仕えていた間、こんな感情を抱いたことはない。僕は……まだ、君といたい」

 自分の、素直な気持ちを。
 主従でなく、対等な、本当のパーティでいたいと。

「じゃ、パーティ結成ね。よろしく、フォン」

 クロエはにっこりと笑って、彼に手を伸ばした。

「よろしく、クロエ」

 フォンもまた、にっこりと笑って、クロエと握手をした。
 ぱちぱちと音を鳴らす焚火の揺らめきが、二人の新たなる旅立ちを祝っているようだった。