誰だって、自分を殺すと宣言されたのならばいい顔はしないだろう。今回の場合、フォンは直接そう言われたわけではなかったが、爆発は殺意の体現も同然である。

「だったら、こんなに平然と外に出ていいの? まだ犯人が近くにいるかも……」

 クロエの問いを聞いて振り返ったフォンは、いつもの穏やかな顔つきだった。

「安心して、僕も意味なく外に出たわけじゃないよ。騒ぎを聞いて宿に寄ってきた人を皆チェックしてたんだ……今のところ、誰からも殺意を感じないし、僕を狙う気配もない」

 毎度、フォンの行動には感心させられる。
 自分を狙った相手に苛立ち、大家に出て行けと言われたから宿の庭に回ってきたのかと思ったが、怒りでも困惑でもなく、フォンの中にあるのは冷静さだった。それこそ、宿の玄関に集まった十数人を全て観察するくらいには落ち着いている。
 そして彼の見立てでは、現時点で自分を狙った何者かはこの辺りにはいない。機を窺っているのでも、傍にいるのでもなく、いないと言ったなら彼の言葉は信用できるだろう。

「……でも、敵は絶対に諦めない。忍者なら確実に」

 ただ、今はそうでも、今後は安全の保障などどこにもない。

「それで、今後の動きだけど、サーシャが言った通りだ。僕は皆と離れようと思う」

 だからこそ、フォンは三人の驚いた顔を予期しながらも、自分の考えを告げた。

「僕とカレンの部屋だけに爆弾を仕掛けたのは、君達がメインターゲットじゃないからだ。仮に狙うような事態があったとしても、あくまで僕の暗殺の邪魔になる場合のみだと思う。だから、僕から距離を取っておけば――」

 ここまでの発言を、三人はおおよそ予測できていた。

「――フォンを守る為に、あたし達が一緒にいる。うん、最善の判断だね」

 今度は、フォンが驚く番だった。
 フォンの考えは真逆だったからだ。クロエ達には別の宿を取ってもらい、自分はなるべく単独で行動して暗殺者の忍者を引きつけるつもりだった。その手段が最も仲間達にとっては安全で、且つ自分が自由に動き回れる。
 だが、クロエは真逆の意見を出した。フォンの周りに固まって、敵を迎え撃つつもりだ。サーシャとカレンも目を合わせて頷き、第二の作戦に乗ったようだ。

「……クロエ、気持ちはありがたいけど、事態を分かってない」

 普段とは違い、彼は努めて温和な口調で彼女の提案を断った。

「敵はカゲミツ達のような半端者でも、ただの悪党じゃない。ここまでやるなら、正真正銘の忍者だ。それを相手にするのが、どれほど危険か分かってるのかい?」
「忍者は滅びたんでしょ? だったら、相手が忍者だって確信はないよ」
「事情はともかく、手口は忍者なんだ。これだけの技術を持つ無法者なら一層無視できない」
「仲間が一人で戦うのを黙って見てるなんて、あたしにはできない」
「君達が心配だから言ってるんだ、どうして分からないのさ」
「じゃあ、フォンが逆の立場なら、あたしや皆を放っておく?」

 じっと瞳を見つめて放ったクロエの言葉に、フォンは言い包める為の台詞を痞えた。
 問いかけではあるが、答えなど分かり切っている。もしもクロエが過去の因縁から一人で戦わなくてはならないとして、危険極まりない相手だとして、自分の問題だから放っておけと言われて――フォンがはいそうですかと納得するはずがない。
 サーシャ、カレンについても同じだ。命が危ぶまれるならばフォンは何としてでも介入する。恨まれようとも、三人の命が失われることだけは絶対に回避する。
 果たして、クロエ達は理解していた。フォンが利己的な理由で孤立しようとしているのではないとも、自分達の身を案じて語気を強めているのだとも。

「拙者達、一度共に居たなら墓までついていくでござる。尤も、師匠を棺桶に入れさせるなど決して許さんでござるが」
「お前、死ぬ時、サーシャとの戦いに負けた時。それ以外で死ぬ、サーシャ、許さない」

 だとしても、弟分への愛、師匠への敬愛、戦士の不器用な愛を否定する理由にはならない。
忍者であった頃の彼がちっとも知らない感情を正面から受け、フォンは困った調子だったが、どこか嬉しそうでもあった。たっぷり迷って、フォンは結論を出した。

「……分かった。君達に、甘えることにするよ」
「素直でよろしい」

 フォンが了承すると、クロエ達はようやく――サーシャも含めて微笑んだ。

「して、師匠、今後はどのように動くでござるか?」
「ひとまず僕とカレンで、使える荷物を部屋から引き出す。二人にも荷物を纏めてもらって、早急に新しい宿を取る。それから然るべきところに相談を……」
 彼が作戦を話していると、背後から中庭に、誰かがやって来る足音が聞こえた。
「ちょっといいかな?」

 四人が振り返ると、五人の男性がこちらに歩いてきた。フォンが構えない辺り、彼らの中に人殺しはいないと思って差し支えないようだ。

「我々はギルディア自警団だ。爆発した部屋を借りていたのは、君達だね?」

 どこかで見た顔だと思ったが、成程、彼らは街の自衛を一手に引き受ける自警団だ。カルト集団の殺人事件でも協力したから、二十代から四十代の男性で構成される彼らを、四人は何となくだが覚えていた。

「自警団が、何か用でござるか?」
「用も何も、宿の爆発について事情聴取に来たんだ。何か知っていることはないか、こちらの集会所で話を聞かせてほしい。同行、願えるかな?」
「どうする、フォン」

 サーシャに問われ、フォンは言った。

「……僕達も、そっちに行こうと思っていたんだ。会いたい人がいる」

 彼の予定でも、自警団の集会所へと向かうつもりだった。といっても、彼らに相談するわけではなく、彼らの常駐する場所に一緒にいるとある人物に事情を説明するのだ。忍者についても、こういった事件についても相談する価値のある人間を、彼は一人知っている。
 王都騎士団所属騎士――アンジェラ・ヴィンセント・バルバロッサだ。

 ◇◇◇◇◇◇

 一方、宿から少し離れたところに、とある五人組がたむろしていた。
 彼らはフォン達が泊まる宿が爆破されたと耳にしても、現場まで見に行かずに、状況だけを確かめに来ていた。後ろめたい事情があるかのように、こっそりと見つめていた。

「……始まったな。ようやくだぜ」

五人組のうち、銀髪のリーダーらしい男はにやりと笑った。
全ては、数日前の依頼から始まった。

フォンと仲間達を殺せると明言した者に、暗殺を頼み込んだ。数日程動きを見せなかったので苛立っていたが、ここでようやく、しかも大々的に攻撃を開始した。彼や仲間である四人の少女達も――一人を除いて、嬉しそうな顔を隠し切れていない。

「あいつらも、これでお終いだね」
「どうかしら。さっき聞いた話だと、怪我人はいても死人はいなかったそうよ」

野次馬の話に聞き耳を立てていた限りでは、フォンはまだ死んでいないらしい。

「だったら全員死ぬまで、暗殺者に働いてもらうだけだよ。ね、パトリス?」
「……そう、ですね」

 魔法使いのマリィ、武闘家サラ、剣士ジャスミン、乗り気でないナイトのパトリス。

「どっちにしろ、フォンはこれで終わりだ。俺達の天下が、じきに戻ってくるぜ」

 そして、勇者クラーク。
 銀髪のナイスガイが率いる勇者パーティは、フォンの災難をにやついて眺めていた。
 憎き敵の死を心から願う彼らの悪意が、暴走してゆくとも知らずに。