フォンは、反射的にカレンを庇っていた。
それでも轟炎の勢いと爆風は封じきれず、彼は弟子を抱きかかえたまま手すりを砕き、階段へと叩き落とされた。
「ぐあッ!」
「師匠!?」
カレンを守る意志は二人を吹き飛ばす爆弾の威力よりも強かったらしく、落下した時にはフォンが下になり、階段に激突する際の衝撃はカレンには通らなかった。
ただし、カレンが無傷であること以外は悲惨な有様だった。背中に破壊の衝撃を受けたフォンは苦悶の表情を浮かべ、手すりどころか二階の廊下の一部すら爆砕されている。両隣の部屋は壁に軽い穴が開いた程度だったが、二人の部屋は黒焦げで原形を留めていない。
そんなとんでもない事件が起きたのだから、他の部屋から人が飛び出してくる。
「どうしたの、フォン!? 何があったの!?」
特に、仲間であるクロエとサーシャが扉を破るかの如く出てきたのは当然だ。ついでに言うならば、二人の部屋にも衝撃が伝わり、小さな穴が開いたのだから。
「大丈夫だ……僕らの部屋が、消し飛ばされただけだよ」
カレンに介抱されながら、フォンは起き上がり、クロエに向かって言った。
「消し飛ばされたって、まさか、カレンの忍術で!?」
「拙者ではないでござる! ドアを開けようとしたら、師匠が拙者を庇って、そしたら急に爆発が……もう、訳が分からないでござるよ!」
いくらカレンの得意な忍術が、火を司る『火遁の術』だとしても、これだけの爆発を瞬時に葉繰り出せないだろう。だとすれば、フォンの中では推測はついている。
「……誰かが部屋に罠を仕掛けたんだ。行こう、事情を聴かないと」
サーシャやクロエが階段に向かってくる音を聞きながら、フォンはカレンを置いて一階へと降りていった。
「ま、待つでござる、師匠!」
慌てて彼を追いかけるカレンも、フォンは無視する。
早朝から一部屋に風穴を開けるくらいの爆発が起きたのだ、一階でも半ばパニックのように人々が慌てふためいていた。シャワーを浴びたまま飛び出した者、半裸でうろつく冒険者、その他諸々の視線を無視して、フォンは大家の元へと歩み寄った。
「大家さん、聞きたいことが……」
だが、彼女は太った体を狂ったように揺らし、フォンに怒鳴り散らした。
「また、あんたかい! 扉を壊して、床に穴を開けるだけじゃ飽き足らず、今度は部屋で何をしでかしたってんだ! 下まで音が響いてきたよ!」
「それは申し訳ない、けどやったのは僕じゃない。ついでに聞きたいんだけど――」
「二度も部屋に戻ってきたのも、わざわざ部屋を壊す為にかい!?」
「だから部屋は――何だって?」
フォンが問い返すと、辺りの騒音に負けないくらいの大声で、大家は喚いた。
「あんたが仲間と帰ってくるより先に、真っ黒な格好をした、誰か知らない女と戻ってきただろう! あんたも黒い服を着てたから、何かあったんだろうと思って! 私が声をかけても無視して二階に上ってってさ、愛想が悪いだけならまだしも、ねえ!?」
「……僕が、戻ってきた?」
「そうだよ、何度も言わせないでちょうだい! とにかく、もうあんたをこの宿には置いておけないよ! 修理費はいらないから、荷物を纏めてとっとと出てっとくれ!」
大家がもうたくさんだと言わんばかりに叫ぶと、これ以上会話が成立しないと判断したフォンとカレンは、なるべく怒りを爆発させないように距離を取った。
「……師匠、大家殿の言っていたことは、まことでござるか?」
「僕がこの世に二人いるなら、有り得るだろうね」
「では、違うと。ならば大家が見た師匠とはいったい、何者でござるか……?」
言うまでもないが、彼が大家の証言通りに部屋に戻ってきた記憶などない。仕事で記憶を喪失させるほど疲れてもいないし、長く宿に泊まっているのだから大家が顔を見間違えるとも思えない。つまり、自分の顔をした誰かが来たのだろう。
自分で言っておいて何なのだが、奇々怪々な言い分である。
「……手口は分かるけど、何者かまでは、さっぱりだ」
ついでに宿も失ってしまったわけで、大きなため息と共に、フォン達は宿の外に出た。
今も尚、煙が立ち込める二階を見つめていると、焦った様子で、宿に戻ってきたのと同じ格好のままのクロエとサーシャが駆け寄ってきた。
「フォン、さっきの爆発は何なの? 何が起きたのか、説明して?」
後ろからついてくるクロエも、無言の圧力をかけるサーシャも、フォンに説明を求めている。なんせ爆発で部屋を失った張本人が、宿の外に出て外を眺めてばかりなのだから。
「とりあえず、大家に出て行けと怒鳴られたよ。残った荷物を集めて、他の宿を探しに行くつもりだ……やるべきことを、やってからね」
「説明になってないよ。あたしは何が起きたのかを聞いたの」
「爆発だよ、見ての通り。誰かが罠を仕掛けたらしい」
「それも説明になってない。フォン、仲間に隠し事はしないで」
「サーシャ、分かる。お前、一人になろうとしてる」
こういう時、サーシャの勘は鋭い。
彼女の言う通り、フォンは宿を変えて、こっそり単独行動をとるつもりだった。
フォンとしてはてきとうにはぐらかそうとしたのだが、人だかりができ始めている状況でも、戦士の視線は彼に突き刺さっている。真実を話すまで食らいつくと言われているような気がして、入口に集まりつつある野次馬を避け、一行は宿の庭に出る。
「師匠……」
カレンからも、自分に黙っているのかと言われているような気がして――実際そう思っているのだろう――とうとう、フォンは観念した。
「――爆発は内側から発動してあの威力、しかも爆弾は高威力な特注品。糸を使った罠は僕の同類が使う常套手段。おまけに潜入はわざわざ僕の姿に変装して正面からだ」
「バクダン?」
「忍者が使う武器の一つだよ。詳しい説明は省くけど、火をつけるとさっきみたいな爆発を起こす。魔法よりもずっと手軽で簡単に人を殺せる、危険な兵器だ」
「やはり、さっきの不意打ちを仕掛けたのは忍者でござったか!」
忍者が襲われた事件だ、三人は相手が忍者であると察していたらしい。
サーシャとカレンはこの説明で納得したが、クロエだけは首を傾げる。
「待って、フォンに変装? それっておかしくない?」
フォンは頷いた。
「クロエは鋭いね。誰にも気づかれずに爆弾を用意できるなら、僕に変装するメリットがないんだ。僕の部屋は日陰側で人に見られ辛いし、昨夜のうちに窓から潜入すればいい」
「そうせずに、フォンに変装して暗殺を企んだ……つまり?」
宿の玄関から聞こえてくる騒音を背に受けながら、フォンは言った。
「僕への実力の誇示だ。いつでも僕を殺せるって、そう言いたいのさ」
口調は笑っていたが、彼の顔は欠片も笑っていなかった。
それでも轟炎の勢いと爆風は封じきれず、彼は弟子を抱きかかえたまま手すりを砕き、階段へと叩き落とされた。
「ぐあッ!」
「師匠!?」
カレンを守る意志は二人を吹き飛ばす爆弾の威力よりも強かったらしく、落下した時にはフォンが下になり、階段に激突する際の衝撃はカレンには通らなかった。
ただし、カレンが無傷であること以外は悲惨な有様だった。背中に破壊の衝撃を受けたフォンは苦悶の表情を浮かべ、手すりどころか二階の廊下の一部すら爆砕されている。両隣の部屋は壁に軽い穴が開いた程度だったが、二人の部屋は黒焦げで原形を留めていない。
そんなとんでもない事件が起きたのだから、他の部屋から人が飛び出してくる。
「どうしたの、フォン!? 何があったの!?」
特に、仲間であるクロエとサーシャが扉を破るかの如く出てきたのは当然だ。ついでに言うならば、二人の部屋にも衝撃が伝わり、小さな穴が開いたのだから。
「大丈夫だ……僕らの部屋が、消し飛ばされただけだよ」
カレンに介抱されながら、フォンは起き上がり、クロエに向かって言った。
「消し飛ばされたって、まさか、カレンの忍術で!?」
「拙者ではないでござる! ドアを開けようとしたら、師匠が拙者を庇って、そしたら急に爆発が……もう、訳が分からないでござるよ!」
いくらカレンの得意な忍術が、火を司る『火遁の術』だとしても、これだけの爆発を瞬時に葉繰り出せないだろう。だとすれば、フォンの中では推測はついている。
「……誰かが部屋に罠を仕掛けたんだ。行こう、事情を聴かないと」
サーシャやクロエが階段に向かってくる音を聞きながら、フォンはカレンを置いて一階へと降りていった。
「ま、待つでござる、師匠!」
慌てて彼を追いかけるカレンも、フォンは無視する。
早朝から一部屋に風穴を開けるくらいの爆発が起きたのだ、一階でも半ばパニックのように人々が慌てふためいていた。シャワーを浴びたまま飛び出した者、半裸でうろつく冒険者、その他諸々の視線を無視して、フォンは大家の元へと歩み寄った。
「大家さん、聞きたいことが……」
だが、彼女は太った体を狂ったように揺らし、フォンに怒鳴り散らした。
「また、あんたかい! 扉を壊して、床に穴を開けるだけじゃ飽き足らず、今度は部屋で何をしでかしたってんだ! 下まで音が響いてきたよ!」
「それは申し訳ない、けどやったのは僕じゃない。ついでに聞きたいんだけど――」
「二度も部屋に戻ってきたのも、わざわざ部屋を壊す為にかい!?」
「だから部屋は――何だって?」
フォンが問い返すと、辺りの騒音に負けないくらいの大声で、大家は喚いた。
「あんたが仲間と帰ってくるより先に、真っ黒な格好をした、誰か知らない女と戻ってきただろう! あんたも黒い服を着てたから、何かあったんだろうと思って! 私が声をかけても無視して二階に上ってってさ、愛想が悪いだけならまだしも、ねえ!?」
「……僕が、戻ってきた?」
「そうだよ、何度も言わせないでちょうだい! とにかく、もうあんたをこの宿には置いておけないよ! 修理費はいらないから、荷物を纏めてとっとと出てっとくれ!」
大家がもうたくさんだと言わんばかりに叫ぶと、これ以上会話が成立しないと判断したフォンとカレンは、なるべく怒りを爆発させないように距離を取った。
「……師匠、大家殿の言っていたことは、まことでござるか?」
「僕がこの世に二人いるなら、有り得るだろうね」
「では、違うと。ならば大家が見た師匠とはいったい、何者でござるか……?」
言うまでもないが、彼が大家の証言通りに部屋に戻ってきた記憶などない。仕事で記憶を喪失させるほど疲れてもいないし、長く宿に泊まっているのだから大家が顔を見間違えるとも思えない。つまり、自分の顔をした誰かが来たのだろう。
自分で言っておいて何なのだが、奇々怪々な言い分である。
「……手口は分かるけど、何者かまでは、さっぱりだ」
ついでに宿も失ってしまったわけで、大きなため息と共に、フォン達は宿の外に出た。
今も尚、煙が立ち込める二階を見つめていると、焦った様子で、宿に戻ってきたのと同じ格好のままのクロエとサーシャが駆け寄ってきた。
「フォン、さっきの爆発は何なの? 何が起きたのか、説明して?」
後ろからついてくるクロエも、無言の圧力をかけるサーシャも、フォンに説明を求めている。なんせ爆発で部屋を失った張本人が、宿の外に出て外を眺めてばかりなのだから。
「とりあえず、大家に出て行けと怒鳴られたよ。残った荷物を集めて、他の宿を探しに行くつもりだ……やるべきことを、やってからね」
「説明になってないよ。あたしは何が起きたのかを聞いたの」
「爆発だよ、見ての通り。誰かが罠を仕掛けたらしい」
「それも説明になってない。フォン、仲間に隠し事はしないで」
「サーシャ、分かる。お前、一人になろうとしてる」
こういう時、サーシャの勘は鋭い。
彼女の言う通り、フォンは宿を変えて、こっそり単独行動をとるつもりだった。
フォンとしてはてきとうにはぐらかそうとしたのだが、人だかりができ始めている状況でも、戦士の視線は彼に突き刺さっている。真実を話すまで食らいつくと言われているような気がして、入口に集まりつつある野次馬を避け、一行は宿の庭に出る。
「師匠……」
カレンからも、自分に黙っているのかと言われているような気がして――実際そう思っているのだろう――とうとう、フォンは観念した。
「――爆発は内側から発動してあの威力、しかも爆弾は高威力な特注品。糸を使った罠は僕の同類が使う常套手段。おまけに潜入はわざわざ僕の姿に変装して正面からだ」
「バクダン?」
「忍者が使う武器の一つだよ。詳しい説明は省くけど、火をつけるとさっきみたいな爆発を起こす。魔法よりもずっと手軽で簡単に人を殺せる、危険な兵器だ」
「やはり、さっきの不意打ちを仕掛けたのは忍者でござったか!」
忍者が襲われた事件だ、三人は相手が忍者であると察していたらしい。
サーシャとカレンはこの説明で納得したが、クロエだけは首を傾げる。
「待って、フォンに変装? それっておかしくない?」
フォンは頷いた。
「クロエは鋭いね。誰にも気づかれずに爆弾を用意できるなら、僕に変装するメリットがないんだ。僕の部屋は日陰側で人に見られ辛いし、昨夜のうちに窓から潜入すればいい」
「そうせずに、フォンに変装して暗殺を企んだ……つまり?」
宿の玄関から聞こえてくる騒音を背に受けながら、フォンは言った。
「僕への実力の誇示だ。いつでも僕を殺せるって、そう言いたいのさ」
口調は笑っていたが、彼の顔は欠片も笑っていなかった。