もう間違いない。彼女は、自分の正体に気付いている。気づいたうえで暴くのではなく、自白させることに意味があるのだとも理解していた。
しかも、彼はアンジェラが最も知りたがっている事実に関する情報も、残酷な結末も知っていた。彼の目が驚くほどに揺れたのは、これがきっと初めてだ。
だが、嘘偽り、ごまかしなどは通用しない。
フォンは小さく深呼吸をして精神を整え、己の罪を告げる決意をした。

「……彼女なら知ってる。僕が忍者の里にいた頃に、顔を見た」
「やっぱり、貴方って忍者だったのね。だとしたら話が早いわ、彼女のもとへ案内して」

 忍者だと正体を明かすのは、罪でも何でもない。恐ろしい現実は、その続きにある。

「……できない。忍者の里は、僕が滅ぼした。そこにいる全ての忍者と共に」

 フォンは、かつて自分が所属していた里を、自らの手で焼いていた。
 遥か人の未踏の地にある忍者の里は、彼一人によって完全に失われていた。
 その時の光景を、フォンははっきりと覚えている。火の海に沈む訓練場、住居、死屍累々の忍者達。同じ釜の飯を食った者もいれば、一度も顔を合せなかった者もいた。何もかもを殺し、焼き、フォンは忍者の歴史に幕を閉じさせたのだ。

「――は?」

 アンジーが思わず目を見開くのも、無理はない。忍者をフォンが絶滅させたのなら、彼女の追いかけている忍者がどうなったかなど、最早考えるまでもない。

「僕の師匠も、仲間も、偉大なるマスター・ニンジャも、全てだ。その中には君の言う刺青を彫った忍者もいた……どういう意味か、分かるだろう」

 信じたくない真実と現実を刷り込むように、フォンは補足した。彼が殺した忍者の中には、アンジェラがずっと追い続けていた女忍者もいたのだ。

「……殺したの? 私が殺すべき忍者を?」
「そうだ、忍者は僕が全員殺した。アンジー、君が復讐する相手はもういない」

 僅かな沈黙が、二人の間に満ちた。
 フォンは、復讐するべき相手が消えた彼女が剣を収めてくれることを祈っていた。そんなはずはないと、刃がどこに向くかも知っておきながら、願わずにはいられなかった。

「いない? 奪ったのでしょう、貴方が。私の生きがいを奪ったのよ」

 彼の予想は的中した。アンジェラはギミックブレイドを振るい、じゃらじゃらと鳴る刃を引きずりながらフォンへと近寄ってくる。
 ぎろりとフォンを睨む目には、新たな復讐相手しか映っていない。自分から目的を奪った相手こそが、次に殺すべき相手であると、彼女はそうとしか思えなかった。フォンが構えずとも、抵抗する様子を見せずとも、もう関係ない。

「人の生きる理由を奪うとどうなるか――死を以って教えてあげるわ、フォン!」

 握り締めた拳に、血が出るほど食いしばった唇に、地面を蹴って跳躍した足にありったけの殺意を込め、アンジェラはフォン目掛けて剣を叩きつけるべく、刃を放った。

「よせ、やめてくれ、アンジー!」

 叫びながらも、フォンは苦無を握らなかった。
 握れなかった、と言った方が正しいだろうか。ここ数日で、アンジェラがどれだけ悲しい事柄を背負ってきた人間かをフォンは知ったし、真実を告げるということがどんな意味を持っているかも、理解しているつもりだった。
 だが、だからといって、彼の優しさが今のアンジェラに通じるはずがない。
 アンジェラの放ったギミックブレイドは、かまくびをもたげた双頭竜の如く、フォンに喰らい付こうとした。
 彼は咄嗟に身をかがめ、そのままの姿勢で飛び退いた。おかげで刃の節はフォンの体を四つに分割はしなかったが、彼は自分がいた場所が剣の形をした鞭によって抉り取られ、あたかも爆発が起きた後のような痕跡を作り上げているのを見て、ぞっとした。
 この武器は、並ではない。どう考えてもあれだけの威力を生み出せる形をしていないのに、アンジェラの細い腕ではありえないというのに、蛇腹剣は人間どころか魔物すら破壊し尽くす暴虐を剥き出しにしている。
 これだけの攻撃を繰り出していながら、しかも彼女は息切れの一つもおこしていない。

「やめてくれというなら、その忍者を生き返らせなさいッ!」

 叫び、怒りを一層増し、アンジェラは再度蛇腹剣を振るう。
 フォンは狭い洞穴の中で剣と剣の間をすり抜けるように回避するが、クラークの攻撃やサーシャの殴打を避けるのとはわけが違う。常に降り続ける雷に当たらないようかわすが如く、僅かな歩幅の差、動きのずれが死を招く。
 それでも、フォンは必死に彼女を説得しようとする。

「死んだ人間は生き返らない、カゲミツ達を見て知っただろう! 復讐なんて虚しいだけだ!」
「大事なものを失ったことのない人間の戯言よ、それは!」
「失ったからこそ理解できるものもある! アンジー、君のこの力は復讐する為に手に入れたわけじゃないはずだ! 騎士として、人を守る為にッ!」
「戯言だって、そう言ったはずよッ!」

 アンジェラは最早、彼の話を聞かない。
 フォンが説得しようとすればするほど、壁は切り刻まれ、地面は触れる場所がなくなるほど高速で分断される。刃が見えなくなるほど速く振るわれるそれは、既にフォンの目ですら捉えきれない突風へと変貌していた。
 肌に、服に傷が増え始める。台風の勢いを伴った旋毛風は、フォンを抹殺しようとする。
 そんな無抵抗のフォンの心臓を、とうとう彼女は捕まえた。

「死んで償いなさい、フォン!」

 一瞬だけ止まってしまった、フォンの隙。アンジェラはそれを見逃さなかった。
 彼は愚かにも、忍術を使わなかった。
 縄も、忍具も、持ち得る抵抗の手段に一切触れなかった。
 無抵抗の相手を殺すのに、アンジェラは躊躇いを持たなかった。これまで何度でも無抵抗の人間を殺してきたし、ましてや相手は復讐するべき忍者を殺した忍者なのだ。切り刻まない理由などない。
 宙に舞い上がり、鋭く煌めく刃で首を薙ぐ。
死に顔を焼きつけるべく、彼の顔をしっかと見つめる。
ただそれだけのつもりだった、そのはずなのに。

『――お姉ちゃん』

 声が聞こえた。
 いるはずもない家族の声が聞こえた。

「――――ベン?」

 一瞬だけ迷ったアンジェラのギミックブレイドは、フォンを掠めた。
 しかし、彼の命を奪いはしなかった。