「……何がおかしいの? そこの男、何故笑っているの?」

 カゲチヨはてっきり、彼が恐怖のあまり狂ってしまったのかと思った。絶対に覆せない状況を前にして、発狂という名の現実逃避をしてしまったのかと思った。
 しかし、明らかに狂人とは違う。何かしらの確信がなければ、こんな顔にはなれない。事実、フォンは淡々と敵を前に口を開いた。

「邪魔者がいなくなったのはお互い様だと思ってね。これだけの数で僕の仲間を倒せると思っているなら、認識を改めた方がいい」

 彼のやけに強気な態度をへし折るように、カゲミツは唸るように威嚇する。

「自分達が縛られていると忘れたのか? 言っておくが、その縄は特殊な素材で作ってある。魔物が引っ張り合っても千切れない縄だ、人間如きには解けんぞ」
「それに私達の同胞は、どれも鍛え上げているのよ! たかだか五人の冒険者で抵抗出来ると思わないことね!」

 カゲチヨどころか、彼女の同胞達も相当強気に迫ってくる。彼らが何をしようとも確実に始末できるよう、ナイフを片手にじりじりと距離を縮めてくる。
 一方で、フォンどころか、アンジェラやクロエまで余裕の態度だ。

「私まで冒険者の一員扱いなんて、やんなっちゃうわ」
「それはこっちの台詞だよ、こんなのが冒険者だなんて思いたくないよ」
「やめなよ、こんな時まで……とにかく、僕達が五人だけだなんてのはとんだ勘違いだ」

 その理由は、フォンが通ってきた洞穴の奥から聞こえてくる、風の音。

「……どういう意味?」

 フォンは知っている。仲間達もまた、カゲミツ達兄妹の大々的な演説の間に彼から伝えてられいたおかげで、余裕綽々の態度だったのだ。
 風の音は、正確に言えば風を翼で切り、暗い闇に差し込む白い存在――。

「こういう意味だよ――やれ、ミハエル!」

 即ち、洞穴から飛び出し、凄まじい勢いで信奉者達に突撃した鷹の魔物――バトルホークのミハエルだ。何とフォンは、飼い慣らした鷹を上空にずっと旋回させ、地下に降りた時点で襲撃するようこっそり命令していたのだ。
 ただの鷹ならまだしも、人よりもずっと巨大な鷹だ。それが洞窟の中で、しかも自分目掛けて嘴と爪をぎらつかせて突進してくるのだから、信奉者達が慌てるのは当然だ。

「うわああぁ!?」
「なんだ、鷹の、魔物だと!?」

 嘴で肌を裂かれ、翼で殴り飛ばされる。魔物に蹂躙される同胞達を落ち着かせるように、カゲミツはフォン達を指差して叫ぶ。

「落ち着け、お前達! いくら敵が魔物を操っていようとも、敵は拘束されて――」

 敵は拘束されているから、そちらを狙え。
 そう言おうとしたが、まるで意味はなかった。

「――な、に?」

 兄妹の前にいたのは、縄をとうの昔に解き両手を上にあげたフォンだった。
 しかも、彼だけではない。フォンの仲間達も全員、手を縛っていた縄を解かれて自由になっていた。彼らを拘束するのならば、まずフォンの両手足を五重に縛らなければ意味がないと知っていれば良かったのだろうが、もう後の祭りだ。

「残念だけど、これくらいの縄を五人分解くのに時間なんてかからない! 念の為でも武器を回収しておくべきだったね!」
「ナイスだよ、フォン! サーシャ、カレン、思いっきり暴れちゃって!」
「承知ぃ!」
「サーシャも承知!」

 クロエがすかさず弓を手に取り、矢で最も近い敵の顔面を射抜いたのを皮切りに、サーシャとカレンが躍り出て、文字通りの大暴れを始めた。
 メイスを構えたサーシャが大袈裟に武器を振り回すだけで、武器を持った程度の人間は体を叩き折られる。顔が潰れ、腕が砕ける人間だったものを量産する彼女の隙は、クロエの矢がカバーする。手足を射抜かれて動ける者は、そういないだろう。
カレンは忍術を使わずとも、四脚獣の如き姿勢で敵に飛び掛かり、顔中を引っ掻き回す。顔を血塗れにした敵が動かなくなれば次の黒づくめを襲撃し、ナイフをひらりとかわしながら指や腕にギザギザの歯で噛み付く。
 フォンとアンジェラが動くまでもなく、敵の数はどんどん減っていく。想定していたよりもずっと強い――いや、強すぎる。冒険者どころか、王国騎士に匹敵しかねない。

「どうなっているんだ、こいつら!? 並の冒険者どころの強さじゃないぞ!」

 焦るカゲミツに、カゲチヨは彼の手を引いて提言する。

「兄上、ここは一旦退きましょう! 捕まりさえしなければ何度でも儀式を執り行い、父上を復活させる好機はあるわ!」
「チィ……!」

 このままでは自分達までやられてしまうと判断したのは、良い考えだ。
 渋々ではあるが、兄妹は苦々しい顔をしながら、クラーク達を連行した方向とは逆の洞穴へと走っていった。しかもご丁寧に、二人とも別々の方角へと逃げ去ったのだ。

「逃げたか、でも……」

 フォンは彼らを追いかけたかったが、クラークの身も案じていた。彼らを捕えるべきか、クラークに何かが起きる前に助けるべきか。
 彼が一瞬だけ迷ったのを、クロエは見逃さなかった。

「フォン、あの馬鹿連中と冒険者はあたし達が助け出すから、あいつらを追って!」

 やはり、こんな時に頼れるのは仲間である。にっとフォンは微笑んで、アンジェラと共にカゲミツ達を追いかけるべく駆け出した。

「ありがとう、クロエ! アンジー、僕はカゲミツを追う! 妹の方は頼んだ!」
「言われなくても、ここからは好きにさせてもらうわ!」
「なら、ミハエルはクロエ達を補助するんだ、いいね!」

 白い鷹は小さく頷くと、サーシャ達の猛攻を助けるかのように再び敵に襲いかかった。
 フォン達が分かれて洞穴の中へと消えていったのを確かめて、クロエは近くの敵の頭を弓で殴りつけて昏倒させると、仲間を奮い立たせるべく吼えた。

「それじゃあ皆、残った雑魚をさっさとぶっ飛ばして、あのどうしようもない勇者パーティに借りを一個作りに行くよ!」
「おう!」
「でござる!」

 敵の数は、未だ自分達の倍以上。
 なのに彼女達は、欠片も負ける気はしなかった。