兄妹は、髪型以外は似ても似つかない様相だった。
 兄のカゲミツは筋骨隆々で長身、細い目と高い鼻、傷だらけの顔の持ち主。妹のカゲチヨは兄同様に細い目と高い鼻を持つが、顔も体も枯木のように細い。兄妹ともに瞳の色は黒く、赤黒い色のおかっぱ頭だが、カゲチヨの方が髪は長い。
 忍者を模倣し、無理やり似せたかのような二人は勇者の傍で立ち止まり、言った。

「カゲトラの名も知っているのね。そうよ、私達は父カゲトラの隠し子にして、彼の後継者。同じ忍者によって始末された父の無念を晴らす為に立ち上がったのよ」

 カゲチヨの甲高い声に、カゲミツの沈んだ暗い声が応じる。

「我らだけではない。ここにいる者は全て、カゲトラの偉大なる功績を信奉する者である。シャドウ・タイガーとしての伝説、カゲトラの存在、全てを知った上でなおついてくる者達のおかげで、我々はこの組織を創り上げた」
「じゃあ、依頼人を装って冒険者を攫っていたのは、そこのしもべ達ってことね?」

 アンジェラが問うと、カゲチヨはこれ以上ないくらい嬉しそうに答えた。

「そうよ。兄上と私は『禁術』を以って父上を蘇らせる為に、彼らに協力してもらったわ。冒険者の血を魔法陣に捧げるべくおびき寄せ、生贄をここに集めたのよ」
「ここに……なら、冒険者はまだ無事なんだな?」
「如何にも。しっかりと数を集めてからでないと人柱とする意味がない。奥の牢に閉じ込めてあるが……お前達には、必要ないだろう」

 カゲミツが必要ないと言ったのは、フォン達はここで殺すつもりだからだろう。

「随分とエグいことをするんだね」
「あの言い分だと、把握しているよりよりずっと人を攫っていたかもしれんでござるな」

 シャドウ・タイガーに子供がいることを除いて、全ては予測通りだった。恐るべき儀式の為に冒険者は犠牲になっていたのだ。
 いくら大義があるとはいえ、これ以上の犠牲者を出させるわけにはいかない。しかも、人を蘇らせる術があるとは、フォンには到底思えないのだ。

「お前達、人間を蘇らせるに術なんて存在しないんだ! 忍者は生死を操れるような奇術師でも、ましてや全知全能の神でもない、死んだ人は……」

 彼はカゲチヨを説得しようとしたが、それよりも先に右の頬が裂かれた。

「フォン!?」

 クロエが驚いて彼を見ると、頬に一筋の線が入り、血が流れていた。一行は視線を後ろに向けられなかったが、フォンには自分の背後の岩に刺さるものの正体が分かっていた。

「これは、苦無の一撃……君達も、やはり忍者なのか!」

 フォンを黙らせるべくカゲチヨがローブの裾から取り出し、投げつけたのは、忍者の武器である苦無だった。忍者の子供であれば忍者であってもおかしくはないのだが、カゲチヨはフォンの問いに対し、大きく首を横に振った。

「いいえ、私達は父上から忍術を教わらなかったわ。手に入れたのは忍者の武器だけ」

 忍者を侮辱されたかのように聞こえたのか、彼女はフォンを睨んでいた。

「だけど武器の作り方は父上が記してあったし、唯一学んだ忍術、禁術『死者蘇生の術』だけは遺された書物で学んだわ。そして貴方のような、忍者について齧った程度の人間が、何を知っているというの?」

 自らが忍者の識者であると言わんばかりの妹に、カゲミツも同意する。

「貧弱な冒険者だけでは復活できないなど、予想の範疇だ。今回はとうとう勇者を攫ってきた。父上も満足されるかと思っていたが……とんだ見当違いだったようだ!」

 カゲミツは自分達の儀式が成功しなかった理由を生贄のせいにして――そして、見込み違いへの怒りを込めて、クラークの脇腹を蹴り上げた。

「うぎぃ!?」

 勇者は一切の抵抗ができないまま、悶え苦しんだ。サラ達前衛役は殆ど動きもせず、マリィとパトリスはさめざめと泣いているばかりだ。
 そんな連中に興味などすっかりなくなったのか、カゲミツはフォン達を見つめた。彼は騎士までついてきたフォン一行が、単に落とし穴に落ちた連中ではなく、ここまで自力でやってきた相応の実力者であると見抜いていたのだ。

「しかし、我らは幸運でもある。お前達、見たところ上物のようだ。少なくとも、勇者パーティよりはずっと生贄にする価値があると睨んでいる……そこで、聞いておこう」

 だからこそ、カゲミツはクラークの銀髪を掴み上げ、フォンを指差しながら聞いた。

「勇者クラーク、どうだ? あいつらはお前より強いか?」

 即ち、生贄をどちらかにすると言っているのだ。
 ここでもし、クラークが自分をフォンよりも弱いと言えば、カルト集団は彼を生贄に捧げる価値を見出さなくなる。代わりにフォン達を殺せばいいのだが、彼の選択を聞いていたクロエは縛られながらも肩を竦めた。

「言っておくけど、そいつらの強情さはなかなかのものだよ。そう簡単に馬鹿でかいプライドをへし折るなんて無理だと思うけど――」

 彼女に限らず、クラークの傲慢さは知っている。自分よりも強い人間を決して認めないし、勇者としてのプライドは並の人間のそれではない。
 だから、簡単には曲がらないし、フォンに対して負けを認めないと思っていた。

「――づ、づよいっ! おれよりずっどづよい! いげにえにはあいづらがうっでづげだとおぼいばず、まじで、だがらだずげでぐだざい!」

 思っていたのだが、それこそ買い被りだったようだ。
 クラークは泣き縋りながら、自分達の保身を優先した。フォン達を生贄にしてもいいから、どうにか自分を助けてほしいと言い放った。縮こまるマリィ達も、我が身可愛さにただただ必死に頷くばかりだった。
 無様、ひたすらに無様。フォンですらため息をつくほど醜悪なさま。

「……勇者の称号なんてさっさと返上しちまえ、クソ野郎」

 同情の余地すらいよいよなくなってしまったクラークの顔を見たカゲミツですら、彼の在り方を良しとしていないのは明らかだった。
ただ、そう言ったならば約束を守るのも、彼の性分らしい。

「分かった、ではこいつらを生贄としてカゲトラを蘇らせるとしよう。お前達、勇者諸君を牢へと閉じ込めておけ。あとで他の冒険者と共に纏めて人柱にする」

 カゲミツが狂信者達に命令すると、クラークと仲間達は黒ずくめの連中に引きずられていった。ここから出してもらえると思っていたのか、勇者達は暴れ回るが、後の祭り。

「え、ちょっど、はなじがぢがう、はなぜ、ばなぜええ――……」

 前衛達は抵抗せず、他の仲間達は無意味なじたばたを繰り返しながら、洞穴の奥へと連れ去られてしまった。残されたのは多数の狂信者と兄妹、フォン一行のみ。
 彼らにとって、悲願が達成される。兄妹共に、喜びを隠そうともしない。

「さて、邪魔者はいなくなった。先ずはお前達の分から、儀式を始めようか」

 黒づくめ達はギラリと光るナイフを、各々の服の裾から取り出した。
 兄妹もまた、苦無を構える。五人に向かって距離を縮める彼らと共に、狂信者の円は小さくなる中、妹は半ば歓喜に打ち震えつつあった。

「感謝しなさい、貴方達の血で父上は蘇られるのよ。家族共に再び王都を恐怖の底に陥れ、百人斬りの伝説を再来させる糧として……」

 しかし、カゲチヨは途中で宣言を止めた。
 ――フォンの口元が、笑っているの気付いたのだ。