ミハエルが案内してくれた、クラークの行き先は少しおかしなものだった。
「……街から随分と離れたね。ここ、現場になってるとは考えにくいんじゃないかな?」
街の南からずっと歩いた先にある森は、クロエの言う通り、事件がこれまで起きてきた現場の特徴から幾つか違うところがあった。
これまでカルト集団は、犯行を見つけてもらう為にわざわざ街から近い場所で生贄を集めてきた。しかも現場はたいてい開けているか明るい地域で、今歩いている森のように鬱蒼と暗い場所ではない。おまけにここは、人が滅多に立ち寄らないのだ。
魔物もおらず、冒険者が欲しがるような珍しい植物も薬草もない。ギルディアに住まう者がここに来る理由がない取っても過言ではないほど、ここは退屈な森なのである。
「この森、魔物、少ない。冒険者、来ない。地味な森」
「師匠、本当にこっちの方角で間違っていないでござるか? ミハエルの案内もずっと前に終わったでござるし、拙者には足跡も匂いも感じないでござるよ」
そんな森へと連れてきたミハエルはというと、今は森の上を、輪を描いて飛ぶだけで、もう道案内はしてくれない。げんなりした調子で肩を竦めるカレンだが、前を歩くフォンとアンジェラは何かが見えているかのように真っ直ぐと進んでいた。
「……何の師匠かは知らないけど、お弟子さんには難しかったかしらね、フォン?」
アンジェラが悪戯っぽく笑うと、フォンも頷いた。
「その口ぶりだと、アンジーは気づいてるみたいだね。カレン、確かにこの辺りには足跡はない。だけど足跡を隠した痕跡は残っているって、気付いたかい?」
「隠した痕跡、でござるか?」
「そう。足跡を消したり、関係ない道の木の枝を折ったりして騙しているけど、かえってあまりにも綺麗に整い過ぎている道筋がある。アジトや根城が近ければ近いほど、心理的に隠蔽が丁寧になり、普通の光景とズレが生じて……一本の道になる」
果たして彼には、しっかりとミハエルが案内したがっている道が見えていた。
わざと折った枝を無視して、丁寧に足跡を消された土を自然に追いかけていた。痕跡ではなく、痕跡とならないものをフォンは追尾していたのだ。アンジェラも同様に追跡ができるのは、彼にとって驚きでもあったが。
とにかく、言われるがまま三人がフォン達について行くと、鬱屈鬱蒼とした森が急に開けた。その先には、木々に囲まれた原っぱが出てきた。
「……あの開けたところ、フォンの言う通りなら綺麗すぎるね」
クロエの言う通り、そこは確かに綺麗だ。まるで、人がいないと必死にアピールしているかのように、たった今整えたかのように綺麗すぎるのだ。
「ということは、あそこに何か手掛かりがあるのでござるな! いざ調査開始!」
「あ、ちょっと、カレン!?」
「カレン、どたばたしてる。サーシャ、追う」
そうと決まればと、カレンがフォンとアンジェラの間を駆け抜けて飛び出した。ゲムナデン山での反省が全く活きていないのかと思うくらい爆走する彼女の跡を、クロエとサーシャが慌てて追いかける。
驚いた顔で慌てるのはフォンも同じだった。ただ、その意味は大きく違っていた。
「三人とも待って! ここまで警戒してるなら、絶対に……」
尤も、彼の制止は遅かった。
――三人の姿が、突然すっぽりと消えてしまったのだ。
「「きゃああああっ!?」」
「で、ござるぅっ!?」
てっきり、どこかに人間を転送させる特殊な魔法でも発動したのかと思ったが、遺された二人の予想は違った。先走ったカレン達は、巨大な落とし穴に嵌ってしまったのだ。
心配そうに駆け寄るフォンとは裏腹に、腕組みをしつつ笑いを堪えているアンジェラはこうなるのをフォンよりも先に予見していたようだ。
「ぷくく……こっちからは見えないけど、足跡を消していないところには落とし穴を仕掛けていたってところかしら。冒険者にしては油断しすぎね」
「何もない森だ、ああなっても仕方ないよ……皆、大丈夫?」
フォンは大きな穴から下を覗き込もうとしたが、それよりも先に返事が聞こえてきた。
「…………大丈夫だけど、ちょっとまずいかも!」
クロエの声だが、いつもの様子ではない。何かの脅威を目の当たりにしたような声を耳にして、フォンは思わず問い返した。
「まずい?」
彼に再度返事をしたのは、クロエではなくカレンだった。
「せ、拙者達の周りに誰かがいるでござる! 何十人も、黒ずくめの連中が!」
「黒ずくめの集団って、まさか――」
これほどまで厳重に隠そうとした地域の落とし穴、そして地下にいる黒ずくめの何者か。何が起きているのか、地下でクロエ達が何を目にしたのかを、フォンは理解した。
「――外にいる連中、こいつらの仲間だな?」
やはり、穴の下から三人のものとは違う声――男の声が聞こえてきた。
「クロエ達の声じゃないな、誰だ?」
「質問しているのはこっちだ。次に許可なく喋ればこいつらを殺す」
冷たい男の声が一つだけ聞こえてきたが、気配は穴の中から山ほど感じられた。
「罠にかかった愚か者共は、既に我々が取り囲んでいる。仲間の命が惜しければ、抵抗せず穴に降りてこい」
人質にとられた三人のうち、カレンがいの一番に叫んだ。
「師匠、拙者の非が起こした事態でござる! ここは拙者に構わず自警団を呼んでくだされ……拙者は失敗の責任を取り、ここで殿を務めるでござる!」
「いや、あたし達も巻き込まれてるんだけど」
「サーシャも」
クロエ達のツッコミを無視して、穴の外のアンジェラはやる気のなさそうな声で返す。
「どうする、フォン? 人質になるのなんてまっぴらごめんだし、私は下の子達の命なんてどうでもいいわ。寧ろ連中が三人を襲ってるうちに始末した方が早くない?」
「あんたに言われるとムカつくんだけど!」
「サーシャも!」
取り囲まれているのも構わずアンジェラに怒鳴り散らすクロエ達を見つめながら、フォンはしばし考えこんだ。仲間を捨てるなど到底有り得ない以外にも、理由はある。
「……そういうわけにはいかないよ。これはチャンスだ」
ちょっと驚いて彼を見るアンジェラの隣で、フォンは穴の奥に向かって言った。
「君達、僕は抵抗しない。今から降りるから、仲間には手出ししないと約束してくれ」
何者かと、仲間達が少し沈黙した。返事まではそう遅くなかった。
「……約束しよう。さあ、二人とも降りてこい」
「……街から随分と離れたね。ここ、現場になってるとは考えにくいんじゃないかな?」
街の南からずっと歩いた先にある森は、クロエの言う通り、事件がこれまで起きてきた現場の特徴から幾つか違うところがあった。
これまでカルト集団は、犯行を見つけてもらう為にわざわざ街から近い場所で生贄を集めてきた。しかも現場はたいてい開けているか明るい地域で、今歩いている森のように鬱蒼と暗い場所ではない。おまけにここは、人が滅多に立ち寄らないのだ。
魔物もおらず、冒険者が欲しがるような珍しい植物も薬草もない。ギルディアに住まう者がここに来る理由がない取っても過言ではないほど、ここは退屈な森なのである。
「この森、魔物、少ない。冒険者、来ない。地味な森」
「師匠、本当にこっちの方角で間違っていないでござるか? ミハエルの案内もずっと前に終わったでござるし、拙者には足跡も匂いも感じないでござるよ」
そんな森へと連れてきたミハエルはというと、今は森の上を、輪を描いて飛ぶだけで、もう道案内はしてくれない。げんなりした調子で肩を竦めるカレンだが、前を歩くフォンとアンジェラは何かが見えているかのように真っ直ぐと進んでいた。
「……何の師匠かは知らないけど、お弟子さんには難しかったかしらね、フォン?」
アンジェラが悪戯っぽく笑うと、フォンも頷いた。
「その口ぶりだと、アンジーは気づいてるみたいだね。カレン、確かにこの辺りには足跡はない。だけど足跡を隠した痕跡は残っているって、気付いたかい?」
「隠した痕跡、でござるか?」
「そう。足跡を消したり、関係ない道の木の枝を折ったりして騙しているけど、かえってあまりにも綺麗に整い過ぎている道筋がある。アジトや根城が近ければ近いほど、心理的に隠蔽が丁寧になり、普通の光景とズレが生じて……一本の道になる」
果たして彼には、しっかりとミハエルが案内したがっている道が見えていた。
わざと折った枝を無視して、丁寧に足跡を消された土を自然に追いかけていた。痕跡ではなく、痕跡とならないものをフォンは追尾していたのだ。アンジェラも同様に追跡ができるのは、彼にとって驚きでもあったが。
とにかく、言われるがまま三人がフォン達について行くと、鬱屈鬱蒼とした森が急に開けた。その先には、木々に囲まれた原っぱが出てきた。
「……あの開けたところ、フォンの言う通りなら綺麗すぎるね」
クロエの言う通り、そこは確かに綺麗だ。まるで、人がいないと必死にアピールしているかのように、たった今整えたかのように綺麗すぎるのだ。
「ということは、あそこに何か手掛かりがあるのでござるな! いざ調査開始!」
「あ、ちょっと、カレン!?」
「カレン、どたばたしてる。サーシャ、追う」
そうと決まればと、カレンがフォンとアンジェラの間を駆け抜けて飛び出した。ゲムナデン山での反省が全く活きていないのかと思うくらい爆走する彼女の跡を、クロエとサーシャが慌てて追いかける。
驚いた顔で慌てるのはフォンも同じだった。ただ、その意味は大きく違っていた。
「三人とも待って! ここまで警戒してるなら、絶対に……」
尤も、彼の制止は遅かった。
――三人の姿が、突然すっぽりと消えてしまったのだ。
「「きゃああああっ!?」」
「で、ござるぅっ!?」
てっきり、どこかに人間を転送させる特殊な魔法でも発動したのかと思ったが、遺された二人の予想は違った。先走ったカレン達は、巨大な落とし穴に嵌ってしまったのだ。
心配そうに駆け寄るフォンとは裏腹に、腕組みをしつつ笑いを堪えているアンジェラはこうなるのをフォンよりも先に予見していたようだ。
「ぷくく……こっちからは見えないけど、足跡を消していないところには落とし穴を仕掛けていたってところかしら。冒険者にしては油断しすぎね」
「何もない森だ、ああなっても仕方ないよ……皆、大丈夫?」
フォンは大きな穴から下を覗き込もうとしたが、それよりも先に返事が聞こえてきた。
「…………大丈夫だけど、ちょっとまずいかも!」
クロエの声だが、いつもの様子ではない。何かの脅威を目の当たりにしたような声を耳にして、フォンは思わず問い返した。
「まずい?」
彼に再度返事をしたのは、クロエではなくカレンだった。
「せ、拙者達の周りに誰かがいるでござる! 何十人も、黒ずくめの連中が!」
「黒ずくめの集団って、まさか――」
これほどまで厳重に隠そうとした地域の落とし穴、そして地下にいる黒ずくめの何者か。何が起きているのか、地下でクロエ達が何を目にしたのかを、フォンは理解した。
「――外にいる連中、こいつらの仲間だな?」
やはり、穴の下から三人のものとは違う声――男の声が聞こえてきた。
「クロエ達の声じゃないな、誰だ?」
「質問しているのはこっちだ。次に許可なく喋ればこいつらを殺す」
冷たい男の声が一つだけ聞こえてきたが、気配は穴の中から山ほど感じられた。
「罠にかかった愚か者共は、既に我々が取り囲んでいる。仲間の命が惜しければ、抵抗せず穴に降りてこい」
人質にとられた三人のうち、カレンがいの一番に叫んだ。
「師匠、拙者の非が起こした事態でござる! ここは拙者に構わず自警団を呼んでくだされ……拙者は失敗の責任を取り、ここで殿を務めるでござる!」
「いや、あたし達も巻き込まれてるんだけど」
「サーシャも」
クロエ達のツッコミを無視して、穴の外のアンジェラはやる気のなさそうな声で返す。
「どうする、フォン? 人質になるのなんてまっぴらごめんだし、私は下の子達の命なんてどうでもいいわ。寧ろ連中が三人を襲ってるうちに始末した方が早くない?」
「あんたに言われるとムカつくんだけど!」
「サーシャも!」
取り囲まれているのも構わずアンジェラに怒鳴り散らすクロエ達を見つめながら、フォンはしばし考えこんだ。仲間を捨てるなど到底有り得ない以外にも、理由はある。
「……そういうわけにはいかないよ。これはチャンスだ」
ちょっと驚いて彼を見るアンジェラの隣で、フォンは穴の奥に向かって言った。
「君達、僕は抵抗しない。今から降りるから、仲間には手出ししないと約束してくれ」
何者かと、仲間達が少し沈黙した。返事まではそう遅くなかった。
「……約束しよう。さあ、二人とも降りてこい」