妖の木漏れ日カフェ

 朝日がまだ登り切っていない時間、私はカイさんと森に来た。

 そこには、昨日まではなかった井戸があって、多分これが人間界に帰る入り口だと思う。

「本当に、最後に会わなくていいのか? せめてキキョウにだけでも」

「いいんです。だって、皆の顔見たら…………帰りたくなくなっちゃいますから」

 キキョウさんの顔を思い浮かべると、胸が締め付けられる。

「真由……」

 カイさんの手がぽんと頭の上に乗る。

 この大きな手から伝わってくる温もりも、今日で最後。

「たくさん、この世界のために頑張ってくれたな」

 カイさんの言葉に、我慢していた涙が一筋溢れて、草の上に落ちる。

 せっかく、最後まで笑顔でいようと決めたのに。

「私、カイさんの役に立てましたか?」

「ああ、もちろんだよ」

「それなら……よかった、です」

 堰を切ったように、涙が次から次へと溢れ出し頰を濡らした。

「私、もう行きます」

 カイさんの手が私から離れる。

「元気でな」

「カイさんも」

 井戸に近づくと、1年前のあの時のように強い力で吸い込まれた。

「真由っ」

 懐かしい声が聞こえてくる。

「お爺、ちゃん?」

 お父さんやお母さんも居て、1年ぶりの家族との再会を果たすことができた。

 でも……当たり前にカイさんやキキョウさん、ハトリさんはいなくて、寂寥感が心の中に広まる。

「よかった、急に姿が消えるから、お母さん本当に心配で」

「ごめんね、心配かけて」

「でも、よかったよ」

 お父さんもお母さんも、大粒の雫を目から流している。

 でも、お爺ちゃんだけは涙を流していなかった。





 部屋で1人休んでいると、「真由、ちょっといいか?」とお爺ちゃんが訪ねてきた。

「真由は、妖の世界に行ってきたのか?」

「お爺ちゃん、なんでそれを」

「昔から我が家に言い伝えがあってな。多分お婆さんもそこに行ったんだろう」

「うん……お婆ちゃんに会ったよ。お婆ちゃんが、動物たちの苦しみや痛みを救ってくれたの」

「そうかい、それはよかった」

「……うん」

 あの世界の話をすると記憶が湧き水のように込み上げてくる。

 もう一度会いたい。皆に会いたい。

 でもきっと、次に行ったらそれこそ帰りたくなくなる。ずっとそこにいたくなってしまう。

「真由も頑張ったんだろう? だから帰って来られた」

「……そうだね、心が折れそうな時も…………皆がいてくれたから」

 目が潤んでくるのが分かる。

「真由は、真由の好きなように生きなさい。お爺ちゃんは、それを望む」

「お爺ちゃん……」

 それを言うとお爺ちゃんは部屋から出て行った。
「先生、私理系に行きます。薬学の勉強、したいんです」

「おおっ、目標が見つかったのか。先生は嬉しいぞ」

 結局、夏の間に私があの世界に行くことはなかった。

 もっとこっちの世界でやることがあるって分かってたから。

「それじゃあ、とりあえず……成績あげないとな」

「……ですよね…………」

「大丈夫だっ、まだ時間はあるっ。これから死ぬほど勉強するんだ」

 はっはっはっと担任は笑いながら分厚い問題集を私の前に突き出した。

 それにため息が出そうになるけど、自分で決めた道だもん、最後までやり抜かないと。

 人のために、自分ができることを精一杯やる。

 私があの世界で教わったこと。

 大切なあの日々の思い出を胸に、いつかきっとまた、皆と会う日を楽しみに私は頑張りますっ!
皆さま、最後まで読んでいただきありがとうございます。

初めて書くジャンルだったのですが、最後まで書ききれて良かったと思います。

もっと恋愛色を濃い目に作ろうかなあなんて考えたのですが、結局こうなりました。

何かご意見ご感想ありましたらぜひ!

では、最後に、本当に読んでいただきありがとうございます!

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