昨夜、ヴィリバルトから連絡が入り、明日ダンジョンボスに挑むとの報告をフラウから受けていた。
ジークベルトも順調にレベルアップをしていて「実力は折り紙つきよ」と、フラウが自身のことのように自慢げに話す姿にギルベルトは苦笑いした。
フラウは、ヴィリバルトの契約精霊だが、ヴィリバルトの身内を守る対象としている。
ギルベルトが、初めて顔を合わせた時「あなたがヴィリバルトのお兄さん? 嫌いじゃないわ! 私が守ってあげる」と、声高に宣言した光景は今でも思い出せる。
ギルベルトに興味本位でまとわりつき、あの当時はまだ可愛らしかった弟が恐縮した様子でギルベルトに頭を下げていた。
フラウが「ヴィリバルトの家族は大好きよ。そばにいて心地いいもの!」と、ヴィリバルトに釈明していた。
ヴィリバルトを外せば、フラウの中で好感度が一番高いのは、間違いなくジークベルトだ。
フラウの態度を見れば一目瞭然。
ジークベルトはやはり精霊に好かれるのだろう。いずれ精霊と魔契約をする未来を想像し、精霊同志で覇権争いしそうだと、未確定な事柄にギルベルトは大きく溜息をついた。
「父様? どうされました?」
テオバルトの声にハッと我にかえる。「気にするな」と手で制し、宿屋の大部屋で待機していたのだと気を引き締めた。
昼が過ぎ、一向に踏破の連絡がない状況に、ギルベルトは表情には出さないが焦ってはいた。
ジークベルトの実力を考えても遅すぎる。何かあったかと、一抹の不安が過ぎるが頭を振る。ヴィリバルトがいるのだ。最悪の事態にはならないと、弟に絶大な信頼を寄せ依存する現状に、甘え過ぎだと内心苦笑いした。
例の件、話を進めるかと決断する。
「ギルベルト、ヴィリバルトから伝言よ」
フラウが突然、顕現して現れる。
ギルベルトは慣れているため、微動だにしなかったが、テオバルトは違った。
心臓に悪すぎる。あとで注意して言い聞かさないと、教育係の心に火がついていた。
「ダンジョンボスを討伐後、エスタニア王国の介入あり、負傷者が一人。聖魔術師の派遣求むとのことよ」
「わかった」
ギルベルトは承諾すると席を立ち、大部屋の隅にいるハクに声をかけた。
「ハク、来なさい」
「ガウッ?(なに?)」
「今からジークベルトたちを迎えに行く。私と一緒に来なさい」
「ガウ!(わかった!)」
ハクは、尻尾をピンと伸ばし、ギルベルトのそばに寄る。その頭を優しく一撫でし、テオバルトに視線を合わせる。
「テオバルト、フラウを頼む」
「はい。父様」
「えぇーー! ギルベルト、わたしも連れて行ってよ!」
フラウが非難めいた声をだすが、ギルベルトは首を横に振る。
「だめだ。顕現した姿で街中を歩いて、フラウを精霊ではないかと疑っている者がいる。この町は人族より亜人が多い。特に感覚が鋭い者は、声には出さないが精霊だと確信している。ボフールでさえ精霊かと驚いていただろう。亜人は精霊との繋がりが深い。下手に動いて危険な目にはあわせられない。騎士団ご用達のこの宿に奇襲をするような馬鹿はいないはずだが、護衛に騎士をおいていく」
「むぅーー。そうだわ! 顕現をしなければいいわ!」
ギルベルトの言い分は筋が通っているが、フラウも譲れない。
ヴィリバルトに会いたいのだ。もう数週間もそばにいない。契約で無事だと理解できているが一刻でも早く姿を確認したい。
妙案を思いつきギルベルトに提案したが、それも却下される。
「だめだ。すでに目立ち過ぎている。騎士団の者たちにどう説明する。我が騎士団の先鋭を甘くみないでくれ。フラウを精霊だと一部の亜人たちが騒いでいると報告が騎士から入っている。騎士たちは、フラウの美しさからでた亜人たちの虚言だと思っているようだ。まぁヴィリバルトの連れのため、これ以上の追及はしたくないようだがな」
「うぅーー。顕現しても王都ではバレなかったのに……」
フラウは俯くと、拗ねたように言葉を詰まらせた。
「私も油断した。王都では、認識阻害の魔法をヴィリバルトが施していたのだろう。今はボフールの魔道具で何とかなっているが、簡易版だと強く主張していた。下手に動き、万が一、魔道具が壊れた場合どうする」
「わかったわ。大人しくここで待つわ」
フラウが不承不承ながら聞き入れた様子に、ギルベルトは頷くと部屋を後にした。
残されたフラウは、ギルベルトが出て行った扉をジッと口を尖らせ見ていた。その様子をソファで静観していたテオバルトは、満面の笑みでフラウに近づき肩に手を置く。
「フラウ。話があるんだ」
「テオ…バルト……?」
普段と違うテオバルトに、フラウは後ずさる。顔は笑っているのに、なぜか、テオバルトのそばにいないほうがいいような気がした。逃げようと心に決めるが『拘束』の魔法を発動されていた。
「テオバルト! どうして?」
「今、逃げようとしたでしょ。いい機会だからゆっくりと話合おうね」
どの行動が、テオバルトの地雷を踏んだのだろうか。今のテオバルトを止める人はいない。「いやーー」と、声をあげるが、テオバルトは抜け目がない。部屋には『遮断』が施されていた。
***
宿の大部屋の扉の前で、二人の人物が小声で会話をしていた。
「ねぇまだなの? ヴィリバルトの気配がするわ! わたし約束した通り大人しくしたわ! もういいでしょ?」
「だめだよ。今は大事な話の最中だから」
「大事な話? ならわたしも聞くわ!」
「ちょフラウ!」
テオバルトの静止も聞かず、顕現した大人のフラウが、大部屋の扉を勢いよく開けた。
部屋にいた全員の視線が、フラウに注目する。
「ヴィリバルトもジークベルトも帰ってきたのに、わたしに、ただいまの挨拶がないわ!」
「すみません。いまはダメだといったんですが……」
テオバルトはフラウの突然の行動に、まだ話合いが足りなかったかと、次はもう少し強く話会おうと心に決める。
フラウは、背中に悪寒が走り後ろを振り向こうとしたがやめた。
ヴィリバルトが労わるように、テオバルトの肩を叩き「テオは悪くないよ」と伝える。
やっと保護者が帰ってきた。心底安堵し肩の荷が下りる。
テオバルトは、スーッと横に動き、ヴィリバルトに場所を譲る。二人の再会を純粋に喜んだ。
それに満足したフラウは、大事な話の続きを促すが、ヴィリバルトから「終わったよ」と聞き、またもやムンクの表情で固まった。
フラウの再起動後「テオバルトが邪魔するから間に合わなかった」と、キッと睨まれたテオバルトだが、あえて笑顔で答えた。
テオバルトにとって、とても長い数週間だった。