ボフールと今後の話を詰め、簡易版の認識阻害の魔道具を譲って貰い、店を後にする。
 ムンク精霊は、忘れずに起動させた。
 あの体制で長時間固まっていたフラウに驚いた。精霊とは特殊なのだと、ギルベルトは認識を改めた。
 その場にヴィリバルトがいれば、一般的な精霊は違うと、即座に否定が入っただろう。

 行きと違い、ゆったりとした歩調で歩くギルベルトに、テオバルトは声をかける。

「父様、アル兄さんを、連れてこなくてよかったのですか」
「あぁ、アルベルトには私から魔道具を渡している。アルベルトにはまた機会を作るので安心しなさい。今後魔道具が必要となるのは、アルベルトよりテオバルトだろう。第五騎士団への入隊に了承したと聞いてる」

 ギルベルトの配慮にテオバルトは感謝した。
 世間では、寡黙で厳しいイメージのあるギルベルトだが、子供たちに関することは些細な事でも見逃さない。子煩悩である。
 そんなギルベルトをテオバルトは、父親としても大人としても尊敬している。

「はい。まだ入隊が確定ではないため、報告が遅れて申し訳ありません」
「いやいい。私も多忙だったからな。ヴィリバルトからの推薦だ。了承したとなれば入隊は確定だ。またその話は屋敷に戻ってからだ」
「はい」
「いや、屋敷に戻る前に話そう。マリアンネが暴走して話す機会が遠のくだろう」
「そうですね」

 マリアンネの話題が出た瞬間、父と子は遠い目をした。

 ――コアンに出発する前、我が家では一悶着があった。
 例の如く、アルベルトとマリアンネのブラコン兄姉が、駄々を捏ねたのだ。

「お父様! 私も一緒にコアンへ連れて行ってください!」
「父上! 私も一緒に行きます!」
「ならん」

 二人の要望をギルベルトが否定する。
 納得のいかない二人は、ギルベルトに詰め寄る。

「どうしてですかお父様! 私は、頑張ったジークを迎えに行きたいのです!」
「そうです! 兄として可愛い弟を迎えに行くのです!」

 ギルベルトはマリアンネに視線を合わせると、淡々と自身の考えを伝える。

「マリアンネ、ジークベルトは数週間慣れぬ野宿をして、心身ともに疲れている。屋敷に戻った時に、マリアンネが出迎えたら、帰ってきたのだと心底安心するのではないか」
「そっそれは……そうですけど」

 その内容に、マリアンネの勢いがなくなる。
 ギルベルトは、その姿を確認すると、アルベルトの方に視線を向けた。

「アルベルト、ジークベルトが可愛いのはわかるが、兄が自分のために仕事を蔑ろにしたと聞けば、ジークベルトはさぞかし心を痛めるだろうな」
「うっ……」

 アルベルトが言葉を失った瞬間、マリアンネが突っ込んだ。
 ギルベルトの口上に騙されてはいけない。

「お父様、コアンでも出迎えはできます」
「マリアンネは、まだまだだな。心から休まる場所で、大好きな姉には待っていて欲しいものだ」
「そうなのですか」

 またしてもギルベルトの言葉に惑わされるマリアンネ。
 ギルベルトは止めを刺す勢いで、マリアンネを説得する。

「そうだ。マリアンネには、屋敷の管理を任せる。ハンスとアンナと相談し、ジークベルトが帰宅後、疲れを癒すためにはからってくれ。母代わり(・・・・)のマリアンネにしかできないことだ。頼んだぞ」
「はい!」

 マリアンネは、喜色満面の笑みで返事をすると「母親代わり…ジークの母親代わりは私しかできないのよ。うふふ」と、某精霊を思い出す様に「しまった。少し煽りすぎたか……」と、その場を抑えるためとはいえ、拍車をかけ過ぎたと後悔したが、当の本人は素知らぬ顔で、妄想を膨らませていた。
 マリアンネの態度に若干引き気味のギルベルトだが、やはり親である。
 ふと将来娘は結婚できるのだろうかと心配になった。

 ほんの数分でマリアンネを説得した父の采配に、静観していたテオバルトは関心した。
 さすが父様、日常と変わらない事をさも非日常であるかのように伝え、姉様のコアン行きを阻止した。
 キナ臭い状況で、非戦闘員のマリアンネを連れて行くのは得策でない。
 執務室での話合いで、マリアンネは屋敷で待機させると事前に決めていた。
 だがアルベルトが王都に残るとは微塵も思っていなかった。
 残す理由があるのか……とテオバルトは考えるが、父様たちの策は到底考えに及ばない。いずれその策を見通せるように、今は父様たちの指示に従い経験を積もうと、改めて決意した。
 それにしても、父様は、ジークが帰宅した後、マリー姉様の暴走を止める手段はあるのだろうかと、マリアンネの様子に心配するのだった――。