ギルベルトは古びた一軒の店の前で足を止めると、ギッギギーと扉を開け中に入っていく。
年季が入った扉だが、細かな装飾がされており、よくよく目を凝らすと装飾と見せかけ魔法陣が描かれている。
「『選択』の魔法陣ね! 悪意あるものを排除する仕様ね! 面白いわ!」
「『選択』? 聞いたことがないな。無属性の魔法かな」
「フフフ、わたしは使用しているところを見たことがあるわよ! 昔ね、ヴィリバルトが使ったの!」
自慢げなフラウをよそに、父が会いに来た人物は、叔父とも親しいのかと、この魔法陣はおそらく叔父が関係している。
防犯のためか、叔父や父が協力する人物である。今後長い付き合いになるとテオバルトは悟りながら、店内へ足を踏み入れた。
店内に入ると、外観とは異なる色鮮やかな魔道具が並べられていた。その一つ々が美しく、高い技術力が垣間見える。
「すごい」と、テオバルトは思わず感嘆の声をあげる。
その横のフラウは翠の瞳を輝かせ「きれいね!」と、魔道具が並べている棚へ吸い込まれるように近づいていった。
すると店内の入口が静かに開き、顎髭を長く生やした小人のような男が現れた。
ドワーフだ。
亜人の中でも生産技術力の高い彼らは国に重宝されている。寿命が長い彼らだが、繁殖能力は低く、近年徐々に数が減り、実物のドワーフを見るのは、テオバルトも初見であった。
ドワーフの男は、ギルベルトの姿を捉えると、小さな背丈をピンと伸ばし、少しうわずった声で挨拶をした。
「ギルベルト殿、久し振りですな!」
「ボフール、久しいな。息災か」
「ええ、お陰様で妻子ともども元気にしておりますかな」
「そうか、それはよかった」
ギルベルトの砕けた口調に、二人が親しい間柄だと、テオバルトは悟った。
「今日は……おぉーーなんとめずらしい。精霊殿が顕現しているとは!」
ボフールの言葉に、魔道具の美しさに見惚れていたフラウはギョッとした顔をして、慌てて言葉を繋ぐ。
「なっ何言ってるの!? わっ私は人間よ! 精霊なんかじゃないわ!」
「フラウ、落ち着いて大丈夫だよ」
動揺するフラウをテオバルトが制し、肩にそっと手を置く。
テオバルトもボフールの言葉に驚きはしたが、やはりとの確信とギルベルトが落ち着いているため、大丈夫だと自身にも言い聞かせる。
「精霊殿、我々ドワーフの祖は妖精です。顕現した精霊殿の気配に気づかぬわけがありません。失礼ですが精霊殿は、精霊の中でも上位で在らされますな。しかし若輩。力の制御が難しいようですな。顕現したにしてもそのような強い気配では、我々ドワーフ以外でも気づいた者がいるでしょう」
ボフールの説明を聞き、ギルベルトが質問する。
「ボフール、亜人は精霊に気づくものなのか」
「種族により異なりますな。全ての亜人が精霊に気づくことはありません。我々ドワーフは別ですがな」
「そうか」
ギルベルトの返答に、ボフールは険しい表情を浮かべる。
「ギルベルト殿、この町は亜人が多い。気づいた者もいるでしょう。ただ精霊殿を害するような者はいませんと、はっきりと申したいのは山々ですが、気をつけなされ、八十年前の悲劇を起こさないためにも」
「わかっている」
ボフールの注意喚起に、ギルベルトは深く頷く。
フラウが精霊ではないと否定することもなく、安易に認めるような発言をギルベルトはした。
当の本人は、精霊だとばれたとムンクの表情で固まっているが、ボフールとギルベルトは気にせず話を続ける。
あとでフォローしようと、テオバルトは固まったままのフラウを放置することにした。
「さてさて、今日はわざわざ何用ですかな」
「あぁ、実は魔道具の修復を頼みたいのだ」
「修復ですとな」
ボフールはギルベルトの手元を見るが、修復する魔道具を所持していない。
はてと後ろも確認するが、誰も所持してないようである。顎髭を一撫でしてギルベルトを見る。
「すまん。実物は今手元にない。明日か明後日にでも届ける予定だ。姿見を認識阻害させる物らしい。ヴィリバルトの見分では、かなり高度な技術が使用されているようだ」
「ふむ。ヴィリバルト殿が高度な技術と、現物を見てみないと判断できかねますな」
ボフールの言い分はもっともだ。
ギルベルトは心得ているように頷き、両の手を挙げた。
「ボフールに修復が難しいようであれば、お手上げだと言っていたからな」
「ガハハハ。そこまで評価されると技術者としては鼻が高いですな!」
「私もそうだが、ボフールほどの技術を我々は知らない。他にも依頼があると思うが、最優先で修復を願いたい」
ギルベルトが頭を下げた。
その姿にテオバルトも驚いたが、頭を下げれたボフールも戸惑っているようだ。
「ふむ。めずらしいですな。誠実なギルベルト殿が……何か事情があるのでしょう。わかりました。届き次第、最優先で対応しましょう」
「恩にきる」
「何をおっしゃいますかな。これぐらいのことで恩をきられると、ギルベルト殿にどれだけ恩ができると思いますがな。幸い今の仕事は納期が先の物ばかりですがな。気にせんでもいいです」
「頼んだ」
「はい。お任せ下さい」
了承の頭を下げた後、ボフールはテオバルトとハクを見て、ギルベルトに問う。
「ご子息と魔獣ですかな」
「あぁ、紹介が遅れたな。次男のテオバルトと、我が家で飼っているブラックキャットの変異種のハクだ」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。テオバルト・フォン・アーベルです」
「ガゥ!(ハクだ!)」
ギルベルトに紹介され、テオバルトとハクは挨拶をする。
「これはご丁寧に。ドワーフのボフールです。お父上には大変お世話になりましてな。何か所用がありましたらなんなりと申しつけてくださいな。とは言っても、魔道具作りしかできないですがな」
「素晴らしい魔道具です! ご依頼していいのですか!」
テオバルトはいつになく興奮した。
ギルベルトやヴィリバルトが愛用している魔道具類は、王都ではどこの店にも置いておらず、入手場所が不明だった。
大半がヴィリバルトが作成しているのかと思ってはいたが、ボフールだったのだ。
テオバルトも冒険者として活躍している際、高性能な魔道具の有り難さを身に染みて感じていた。
市販の魔道具を一度でも使用すればその差は歴然であり、ギルベルトから譲り受けた魔道具は、文句なく一流品である。
度々ニコライから譲ってくれと懇願されていた。
魔導職人の多くは、国や魔道具ギルドに所属する。
一般的に流通している魔道具は、可もなく不可もなくといったところで、丈夫さは当たり外れがある。
しかも高額のため、購入後すぐに壊れ、泣いている冒険者を目にしたことは多い。
稀に一流の魔道具が紛れている場合がある。これは個人依頼でしか魔道具を作成しない魔導職人達が、在庫処理で流した物がほとんどである。
ただ例外はある。魔法都市国家リンネだ。
リンネ製の魔道具は、一定の水準で管理されており、高質ではあるが、リンネ内しか流通されておらず、国内で手に入れることはできない。
魔道具事情は色々と厳しいのが我が国での現状なのだ。
ボフールは、個人依頼のみの魔導職人だ。しかも一流の魔導職人である。
一流の魔導職人達のほとんどは、個人依頼のみで所在が不明だ。
所在が分かっても、職人気質な性格が多い彼らは、顧客にも五月蠅く、相手が気に入らなければ、魔道具を作成してくれない。
王都にも一人、魔道具作成で有名な人物はいるが、ほぼ王族の依頼しかしない。
王族の中でも依頼許可が下りない人物もいるそうで、またS級の冒険者が依頼をしに訪れたが、門前払いだったとの噂だ。
その一流の魔導職人から、個人依頼の許可がでたのだ。興奮せずにはいられない。
「テオバルト、落ち着きなさい。ボフールは、私の知る限り一番腕のいい魔道具職人だ。今後、役に立つ魔道具を作成してくれるだろう」
「父様、紹介頂きありがとうございます。ボフール殿、今後、宜しくお願いします」
「ガハハハ。褒め上手ですな!」
ギルベルトは興奮する息子に声をかけるが、その喜びように連れてきて正解だったと感じた。
テオバルトには何かと不便をかけているのだ。多少なりとも息抜きをさせてやらないと、テオバルトが壊れてしまう。
子供たちには、最高の環境を与えてやりたいと親心ながら思うのだ。
「ボフール、あと二人の息子もお願いしたい」
「ギルベルド殿のご子息の依頼は受けますがな!」
「有難い。一人はハクの飼い主で、末の息子のジークベルトだ。魔道具の修復依頼で顔を合わせることとなるはずだ」
「末のご子息とは、リア殿の面影があると聞いてますがな」
「あぁ、リアにとても似ている」
ここ最近、屋敷内でも滅多に表情を変えなかったギルベルトが、とても穏やかな顔で答え、ハクの頭に手をポンと置く。
ジークベルトの名前が出たため、ハクは嬉しそうに尻尾をピンと伸ばした。
「ガハハハ。好かれておりますな! 会うのが楽しみですな」
「ボフールは気に入ると思うぞ。ただ依頼された魔道具は随時報告をしてくれ」
ギルベルトの真剣な表情に、ボフールが顎髭を一撫でする。
「ほーそれは過保護なことですな」
「ジークベルトはまだ幼い。何かあってからでは遅いのだ」
「幼子が依頼する魔道具などしれておりますがな」
ボフールはあえて子供であることを強調してみた。
それに続くギルベルトの応えに期待する。
「ボフール、会えばわかる」
「ますます会うのが楽しみですな!」
店内にボフールの笑い声が響いた。