「フラウ、勝手に行動しない」
「うぅーー。あのお菓子美味しそうなのにぃー。ダメ? 少しだけでもダメ?」

 テオバルトの叱咤に唇を突きだして不服そうな表情を見せるフラウだが、すぐに表情を変え大きな瞳を潤ませお願いをする。
 その表情の豊かさに、精霊って無邪気だねとテオバルトは内心呆れつつも、カラフルな菓子が並ぶ店先で足を止めたフラウを急かすように促す。

「ダメだよ。ほら父様から離れてしまう。急いで」
「もう、ギルベルトはどこに向かうつもりなの?」
「だから、宿で待っていればよかったんだ」
「ダメよ! せっかく顕現してるのよ! この機会に色々と遊ばないと!!」

 興味があるものに足を止めてしまうフラウにテオバルトが注意する。先ほどから同様のやりとりを繰り返している。

 本日の昼過ぎにコアンの町に着いた。
 カツカツカツと軽快な蹄音が響き渡り、マンジェスタ王国の第一騎士団の先鋭たちが、並ぶ姿は圧巻だっただろう。
 名目は、コアン下級ダンジョン内で起きた変異種の調査のためとなっている。
 冒険者ギルドには報告済みで、コアン下級ダンジョンには、現在規制がかかっている。Bランク以上の冒険者は、ダンジョンに入れないのだ。
 コアン下級ダンジョンの主な冒険者はCランク以下であり、相当な不満はでたが、ボスランクがBのダンジョン内に、Bランクの魔物が出現し、それが変異種だとの発表をした。実質Aランクの魔物が出現したとなると話も違う。しかもこの件に関与しているのが、ヴィリバルト・フォン・アーベルであることがわかると、ほとんどの冒険者が口を噤んだ。
 皆『赤の魔術師』には関わりたくないのだ。
 無謀な者も多い冒険者の中でも、一目も二目も置く『赤の魔術師』の効果にテオバルトは苦笑いした。

 実際に調査はするが、おそらく現在は通常のダンジョンであるはずだ。
 コールスパイダーが出現した十九階層も、ダンジョン内の仕様で元に戻っているはずだ。
 ただ、コールスパイダーの繭は残っている可能性が高いと報告を受けていた。ダンジョン内で生みだしたものではない魔物の産物であるからとの結論だが、ではなぜドロップしたと突っ込みたくなるが、その分野は得意ではないので粛々と報告を聞いていた。
 コールスパイダーの残党もいないはずだ。そもそもヴィリバルトが見逃すはずがない。
 エスタニア王国内の反乱が、この件に関与しているはずだが、証拠を残すような首謀者ではないと断言できる。
 反乱から鎮圧されるまでの動きが、誰かが考えた筋書だったと、殊更、綺麗すぎるのだ。
 計算違いだったのは『赤の魔術師』であるヴィリバルト、いやジークベルトが、殺めるはずだった対象を助けてしまったことだろう。

 ギルベルトの足は躊躇することなく、迷路のような路地を右へ左へと進んでいく。
 ハクは、ピッタリとギルベルトの横にいる。
 コアンの中心部より離れたそこは亜人地区だが、ギルベルトが進む先はさらに外れのようだった。
 道中、すれ違う亜人たちの様子がおかしいことに、テオバルトは気づいていた。おそらくギルベルトも気づいている。
 原因はフラウだろう。
 王都では顕現しても、フラウの人並み外れた美しさに注目されることはあったが、亜人たちの反応はそれと異なる。
 まるで精霊が姿を現していることに驚いているようだ。
 亜人は精霊に気づけるのか……と頭を過ぎるが、テオバルトは頭を振る。
 もしそうなら、あの叔父が人間に顕現することを許すはずがない。フラウをわざわざ危険に曝すことはないはずだ。
 それとも他に思惑があるのか……考え過ぎだ。
 今は目前の問題を解決することに、全力を尽くさなければならない。
 アーベル家の者として、また兄として。
 前を歩く父の姿をとらえ、決意を大きく頷くのだった。